フルアーマー皇女様 ~皇女はフルプレートの隙間から勇者を拝見しております~
「ブモオオオオオオオオオオオーッ!!」
つんざくような雄叫びをあげて、三メールト近い筋肉と脂肪の塊のような《オークキング》が、勇者に向かって体当たりを仕掛けてきた。
「ちっ――!」
幹部クラスの《オークジェネラル》二体を相手取って、優位に立ちまわっていた勇者は、仲間を蹴散らす勢いで向かってくる《オークキング》を相手すべきか、先に《オークジェネラル》たちを始末すべきか、一瞬判断に迷って躊躇する。
「いかん! 動きが止まっておるぞ、アドルよ! まずは目前の敵に集中すべきじゃ!」
白髪白髭がよく似合う。宮廷魔術師長にして『魔法使い』の称号を持つ(※国家の命運を左右できるレベルの魔術師のことで、一国に一人いるかいないかの大魔術師のことである)魔術の碩学であるアイブリンガー老師が切迫した声で警告を放った。
慌てて聖剣を目前の《オークジェネラル》へと向ける勇者。
だが、一瞬でも注意が逸れたのを好機と見たか、《オークジェネラル》二体が示し合わせたかのように、上下左右からならコンビネーションを勇者に向けて放った。
咄嗟に勇者が袈裟懸けに《オークジェネラル》一体を、相手の武器である鉄製の棍棒ごと聖剣で叩き切ったものの、もう一体が下から放った手斧の一撃は受け止められない。
「――くっ!?」
致命傷を負う覚悟を決めた勇者であったが、ギリギリのところで『ガシャン!』と金属同士がぶつかる騒々しい音と火花が散った。
「おいおい、油断し過ぎだぜ、勇者サマよ」
危ういところで割って入ったのは、目の前の《オークジェネラル》にも負けぬ上背と圧倒的な筋肉を誇る髭面の中年男であった。
元剣闘士にして無敗のチャンピオン。ついでにその前の職業は山賊の親分という。見るからに厳つくムさい『野蛮人』バルトルトが、愛用の斧槍を手に、勇者を茶化す。
「ブモッ!」
手斧を止められた《オークジェネラル》が激昂してそのまま力任せに押し込もうとするのを、
「ふふん。俺様の相手をするにゃ、非力すぎるぜ豚頭!」
逆に軽々と押し返して、《オークジェネラル》の上体が泳いだところを、
「おりゃああああああああああっ!!」
力任せに頭から一刀両断するバルトルト。
「助かった、ありがとうバル!」
「けけっ、これが仕事だからな。それよか、まだ親玉が残っているぜ、勇者!」
その言葉に勇者が改めて気合を入れ直して《オークキング》に向かい合えば、残りの仲間である完全甲冑をまとった『聖騎士』セリオが、自身の身の丈ほどもあるヒーターシールドでその突進を受け止め、もう一人の仲間である顔の半分を覆面で隠した暗殺者? 盗賊? 当人曰く『ニンジャ』という職業らしいカトーが、毒矢や投げナイフで牽制をしている。
「ブモッ! ブフゥブフゥ!!」
見た目自分の胸ほどしかない小柄な――甲冑はやたらごつくて横幅はあるものの、身長自体は騎士としてかなり小兵である――セリオに突進を止められ、さらにチクチクとアウトレンジから嫌がらせのような攻撃をしてくるカトーを相手に、鬱陶しげな唸り声を放つ《オークキング》。
いったん距離を置て、再度全力で突進をしようと構えたところへ――、
「〝大火炎”!」
この機会を狙っていたアイブリンガー老師の魔術がさく裂した。
「ブモ~~~~~~~~~~~ッ!?!」
五メールトほど離れていても前髪が焦げそうな炎の竜巻に巻き込まれた《オークキング》の断末魔の絶叫があたりに響き渡る。
「けっ、焼き豚だぜ!」
バルトルトが歯を剥き出しにして喝采を放つが、
「ブモオオオオオオッ!!!」
炎の渦を破って満身創痍の《オークキング》が飛び出してきた。
「ちっ、しぶといでござるな」
カトーが舌打ちをしてショートソードを構えるが、それよりも前に勇者とその傍らに寄り添うようにして、セリオが勇者に対する防御の体勢でヒーターシールドを構えて並走する。
「でやあああああああああああああっ!!」
最後の悪あがきで振り下ろされた大斧を、バッシュアタックで弾き返すセリオ。そのまま気合一閃! 体勢を崩した《オークキング》を、聖剣で一刀両断する勇者であった。
* * * * *
「「「「「「乾杯~~っ!!」」」」」」
冒険者ギルドに併設された酒場の個室にて、まだ日も沈まないうちから祝杯をあげている勇者パーティの姿があった。
「がははははっ、余裕だったな余裕! このあたりを支配している魔物の集団だっていうから期待していたが、半日もかからずに全滅だ。俺たち強すぎだぜっ! なあ、面倒臭いからもう前倒しで魔王を斃しに向かってもいいんじゃねえのか、勇者サマよ」
髭の周りにビール髭を作りながら、バルトルトが豪放磊落に言い放つ。
良くも悪くも単純明快な男の無責任な発言に、アイブリンガー老師が渋面を、勇者が苦笑いを浮かべた。
「そういうわけにはいかないよ。対魔王戦は各国が協力して挙国一致体制を取らないと、さすがに数で押されたらどうしようもないからね。それに今日の戦いでもまだまだ反省すべき点はいくつもあったし」
「うむ。いまは焦らず臥薪嘗胆をして、まずは我ら勇者パーティの実力を底上げすべきじゃ」
首を横に振る勇者とそれに同意するアイブリンガー老師。
こぞって反対されたバルトルトが白けた表情で、鶏肉の照り焼きを骨ごと齧る勢いで口に運びながら、
「はぁ、覇気がねえな。俺はそういうみみっちいのは性に合わねえんだがよぉ。魔王を斃せば俺も晴れて自由の身。ついでに爵位までもらえる上に英雄だぜ。一発勝負をかけてみてもいいんじゃねえか。それに勇者。お前さんだって魔王を斃したら愛しの皇女様と結婚できるんだろう? ちんたらしてたら他の男に獲られるんじゃねーのか?」
揶揄するようにそう焚きつける。
「「ぶふぁーーっ!!!」」
途端、おちょくられた勇者と、その隣で林檎酒をストローで飲んでいたセリオが同時に噴き出した。
「ごほごほっ……な、な、そんなことは……」
「げほっ……げほっ! そんなことは、ゴホン……神に誓って絶対にあり得ません!」
半ば自分に言い聞かせる勇者と、咳き込みながらも断固たる口調で否定するセリオ。
「……いまさらだが、なんでセリオとカトーはこんな場でもフルフェイスと覆面を取らねーんだ?」
どうでもいい口調で聞き流しながら、いまだ咳き込んだままのセリオと、黙々とレンズマメを肴にワインを飲んでいるカトーを見比べて、バルトルトが首を捻った。
「拙者は里の掟により、いかなる場合でも余人に素顔を見せることはないでござる」
淡々と答えるカトー。
『こいつ、覆面越しによく飲み食いできるな……』
手品のように、いつの間にか消えていく料理を眺めながら、ある意味感心をするバルトルト。
「げほん……げほん。わ、私も聖騎士として、常時戦場の心づもりを崩すことのないあらわれとして、常にこの完全甲冑をまとっているのですよ」
落ち着いたらしい、セリオが謹厳実直そうな――声の感じからして二〇代半ばほどの青年だとあたりが付けられる――声でそう返す。
「はあぁ、神殿騎士様も大変だな。肩こらねえか?」
呆れたようなため息をついて、ラガーに代わって酒精の濃い火酒の瓶に手を伸ばすバルトルト。
元盗賊の親分と敬虔な聖職者の間には、いまだに広くて深い価値観の溝があるようだ。
そうして、すっかり日も傾きだした頃合いを見て――。
「よ~~し! そろそろ花街へ繰り出そうぜ、お前らっ!!」
バルトルトがそう気勢を上げた。
「はああああああああああああっ!?」
と、素っ頓狂な声を張り上げるセリオ。
「は、花街って、そ、そんな破廉恥な……あわわわっ……」
慌てふためくその様子を眺めて、「やれやれ」と言いたげな表情を浮かべるアイブリンガー老師。
「かかかっ! いい歳こいて、なーにをカマトトぶってやがるんだ。街に来たお楽しみっていやあ、酒と女と飯以外何がある? 夜はこれからだぜ!」
すでに気もそぞろに椅子から腰を浮かすバルトルトと、無言で追随するカトー。
「おっ、その気だな、カトー!」
「花街、色町といえば表に出ない情報の坩堝と相場が決まっているでござるよ。行かぬ道理はあるまい」
「がははははっ、なんでもいいや。男はそうじゃねえとなぁ! 勇者サマに聖職者サマ、魔法使いの爺さんは……さすがに無理か?」
水を向けられたアイブリンガー老師は、手酌でちびちびと地酒を呑みながら、
「生憎と昔から女は魔法使いの天敵と決まっておるでな。そろそろ退散して部屋で休ませてもらうとするわい」
そう言って残り少なくなった酒瓶を持って、ふらりと立ち上がった。
「ふん。まあ老体には酷か。――で、どうする勇者? セリオ?」
再度の誘いに一瞬躊躇した勇者だが、心なしか隣のセリオから氷点下のような――フルプレートで顔は見えないがバイザーの隙間から感じられる――圧に屈する形で、
「……い、いや、やめておくよ。セレス――セレスティナ皇女様を裏切るようなことはできない」
そう首を横に振るのだった。
「なんでぇ、お堅いこった。だいたいこんな辺境にお姫様の目はないぜ。ちったぁ羽目を外したほうがいいんじゃねえのか? 社会勉強ってやつだ。だいたい結婚した後で男がリードできないとバカにされるぞ。初夜で『下手くそ』とか言われたくはねーだろう?」
鼻白らんだ様子でバルトルトが肩をすくめながら、しつこく悪魔の誘惑を連ねる。
「――うっ!」
勇者はクリティカルなダメージを受けた。
「余計なお世話です! いい加減にアベル――勇者様を不浄な場所へ連れて行こうとそそのかすのはやめてください。第一、わた……セレスティナ皇女様の目として、自分が同行していることをお忘れなく!」
断固とした口調で言い放ったセリオのかたくなな態度に、辟易した様子でバルトルトが席を立ってカトーとともに、個室の出入り口へと向かう。
「わかったわかった。ったく、口うるさい女房みたいな奴だな」
ブツブツ不平をこぼしながら部屋から出ていくバルトルトと、音もなく続くカトー。
「……どれ、儂も退室するとするかのぉ」
続いてアイブリンガー老師も立ち上がって、矍鑠たる足取りで出口へと向かう。
そうして部屋から出ていく瞬間、セレスへ向かって意味ありげな目配せを送った。
「うぅ……うう……」
必然的に部屋にふたりきりになった勇者アドル――帝国伯爵子アドルフィト――と、神殿騎士にして聖騎士セリオ……と、偽名を名乗っている帝国皇女にしてアベルの幼馴染であるセレスティナ皇女は、甲冑の中でこの思いがけない(事実を知っているアイブリンガー老師は図ったようだが)逢瀬に際して混乱していた。
「それにしも、今日はいろいろと助かったよ、セリオ」
フルーツの盛り合わせから適当に抓める程度の果実を取っては口に運びながら、アドルがしみじみとした口調で、隣のセレスティナ皇女へと礼を言う。
「え? ああ、昼間の戦闘の事ですか……あれくらいは勇者様に従う騎士として当然です」
フルフェイスの冑に付与された魔術によって、若い男性のものへ声音が変わっているセレスティナ皇女が気負いなく答える。
「そういえば確認していませんでしたが、怪我などされていませんか、アドル? この場で治癒しますが?」
思いったセレスティナ皇女が、右手に癒しの光を集中しだした。
「大丈夫! 大丈夫だよ。どっちかというと生傷ならオークの兵隊たちを相手していたバルトルトの方が多かったぐらいで……」
「……ああ、あんなのは唾でもつけとけば治りますよ」
素っ気なく言い放って癒しの光を消すセレスティナ皇女。
勇者アドルはその様子に苦笑いしながら、
「そういえばセレス――セレスティナ皇女様も神殿で癒しの奇跡を習得して、『聖女』の称号を得たんだったっけな。セリオも会ったことがあるかい?」
「ええ、まあ、あるような、ないような……」
歯切れの悪いセリオの返答に、『まあ相手は大国の皇女様だからね。滅多に会えるもんじゃないか』と納得するアドルであった。
「子供の頃は結構おてんばだったんだけれど、『聖女』って言われるくらいだから、いまじゃさぞかしお淑やかなお姫様になったんだろうな~」
夢見るようなアドルの幻想の皇女様――その中の人は、
「(ごめん。相変わらず体を使うほうが得意で、『聖女』の他に『盾術』と『肉体強化』のスキルも習得して『聖騎士』の称号も得ちゃった)」
無言でダラダラと脂汗を流すのだった。
「聞いた話だけど、当初はセレスティナ皇女様が僕らのパーティに同行するって言っていたそうなんだけど、さすがに皇帝陛下が許可するわけないしね」
「(うん。だから「許さないんだったらお父様の浮気の証拠をお母様にバラします」と書置きして勝手に出てきちゃった)」
まあさすがに対外的に男ばかりのパーティに女一人で同行するわけにもいかず、急遽皇帝陛下に懇願されて旅の共になったアイブリンガー老師謹製の完全甲冑を着込んで男装(?)しての旅となったが。
「あ~~っ、だけどバルにあんなこと言われたら気になって仕方ない!」
ぐしゃぐしゃと頭をかきむしるアドル。
「セレスはすごく綺麗だし……子供の頃はお互いの身分を気にしないで遊べたけど、いまじゃ魔王討伐への旅の出立式で五年ぶりくらいに会ったくらいで、昔のことなんて覚えているかどうか」
「いやいや、覚えています! 子供の頃プロポーズされたことまで、すごく鮮明に――」
話している内にどんどんとネガティブになってきたアドル相手に、勢いでそう口走ったセレスティナ皇女。ハッと気が付いて、
「――と、この旅に出る前にセレスティナ皇女様から伺っています」
そう付け加えた。
「……そっか」
それを聞いて恥ずかしさと嬉しさが入り混じった笑みを浮かべるアドル。
「覚えていてくれたんだ……セレス。――そうさ、セレスもきっとこの同じ空の下で僕のことを見守ってくれているはずだ」
「(目の前で見守っています)」
「僕を信じてくれる彼女のためにも無様な真似はできない!」
「(ごめん。いまいち信じられなかったので、黙ってついてきています)」
「必ず魔王を斃して、セレスと結婚するんだ!」
「その意気です、勇者様!」
俄然やる気を取り戻した勇者を鼓舞するセレスティナ皇女。
「将来的にはセレスとふたり、風光明媚な領地でももらって、悠々自適な生活もいいな」
「ええ、いいと思います」
「子供は多いほどいいな。可能なら男女ともに十人くらい」
「え゛っ!?! ちょっ、ちょっと、それは多いのでは?! か、体がもつか心配……」
「うちは多産系なんだよね。側室もいないのに十人以上が普通だし……まあ子供は天からの授かりものだから、どうなるかはわからないけど。でもセレスと結婚したら、僕自制できる自信がないな。毎晩、体力の続く限り子作りに励みそうだなぁ」
「(魔物を瞬殺する勇者であるアドルが体力の限界まで攻めてくる!? た、耐えられるかしら?? いっそ側室を――いいえ弱気はだめよ、私! アドルの気持ちに応えなきゃ!!)」
「まあその前に魔王を斃して、平和を取り戻さなければどうしようもないんだけれどね」
「勇者様っ、私、死ぬ気で頑張ります!!」
直前の話を聞いていなかったセレスティナ皇女が、拳を振り上げて決意を固めた口調でそう言い切った。
「お……おうっ。頼りにしているよ、セリオ」
思った以上に手ごたえに微妙に気押されながら頷くアドル。
こうして若干の行き違いを交えながら、勇者パーティの夜は更けていくのだった。