23-2.王道を歩むためにも
お待たせしましたぁああああ
*・*・*
やってしまった。
やってしまったよぉお!
寝落ちは、悠花さんの前だからって安心し切っていたんだけど。
目が覚めたら、誰かに抱えられてて。てっきり、その悠花さんだと思ったら、違った。
彼女?からは匂わない、汗の匂いと少しグリーンに近い香水の香り。
以前にお姫様抱っこされた時には、悠花さんの場合だと石鹸とスズランのような花の香りがしたから。
なので、先に到着されたシュライゼン様が縄から抜け出したのかと思って目を開ければ。
細身のシュライゼン様からは、想像も出来ない綺麗な筋肉のついた胸板とご対面。
「……起きたか?」
そして、きわめつけは私が起きたと察知して、聞いてきたフィーガスさんよりも耳通りのいい美低音。
それが誰かとわかった途端、抱えられているのに腰が砕けそうになった。
「か、かかか、カイル……様?」
「ああ。寝てたから、マックスから受け取って俺が運んでる」
「そ、そうですか」
いやいやいや、『そうですか』じゃないんですが!
なんで悠花さんに任せずに、使用人の一人を旦那様自ら運んでしまわれてるんですか!
降りたくても、ご本人の美声のせいで腰の力が抜けてしまってる今、足が役立たずだもんで甘えるしかない。
それに自分だけじゃなく、まだ寝てるロティを抱えてもいるので。
「あ〜ら、チーちゃんやっと起きたの〜? グッモーニン!」
そうじゃないと言い返したいのに、旦那様に抱えられてる今は出来ない訳で。
あの人、絶対楽しんでる!
私が、ひょっとしたらカイルキア様の事が好きかもしれないからって!
人として尊敬はしてるし、雇ってくださった人だから一定の好意は持ってはいる。
だけど、それが恋愛感情かと聞かれたら、正直言ってわかんない。
この世界での初恋は、シュィリンお兄ちゃんだったけど。何故か、今日再会しても会えて嬉しい以上の感情は出てこなかった。
「主人に抱えられる機会もそうないんだぞ! 若いうちは甘えてていいんじゃないかい?」
聞こえてきた声に前方を向けば、何故かふてくされた表情のシュライゼン様が頭の後ろで腕を組みながら歩いていた。
「あ、甘えって!」
「君は成人したてでも、まだ若い少女と変わらないんだぞ。親兄弟もいないなら、近しい存在となった主人にはね?」
「シュ……ライゼン様?」
何を言いたいのだろうか?
私が、甘えにくいタイプの人間なのは、チャロナも千里も同じではあるが。
何故、この人達は見抜いているのだろうか?
「…………ああ。気負い過ぎるなとは言わないが、お前は責任感が強過ぎる。今日のように、見事貴族の依頼を成し遂げたんだ。胸を張ってもいいし、誰かにもっと頼れ。俺でも構わない」
「カイル……様にですか?」
「ああ」
たしかに、気を張り詰め過ぎて、力を抜くとすぐに眠ってしまう事態にはなったが。
パン作り以外、ほぼ能力がない人間に、何故ここまで優しくしてくださるのだろう。
悠花さんは、共通の部分があるからわかるけども。
この人達には、むしろ手を差し伸べてくださった側なのに。
「それと、俺にはお兄ちゃんってもっと呼んで欲しいんだぞ!」
「……………………あれは、特別です」
「えー」
せっかく、シュライゼン様にも感心しかけたのに。ムードクラッシャーを自ら起こすから台無しだ。
思いっ切りため息を吐いてから、ようやくたどり着いたのはカイルキア様の執務室。
全員で中に入ると、既にメイミーさんがいらして応接スペースに簡単なアフタヌーンティーセットが用意されていた。
「お帰りなさいませ。チャロナちゃんも、お疲れ様」
「ただいま戻りました。……こんな状態ですみません」
「あら、いいのよ。ロティちゃんに何か羽織るものでも持ってくるわね?」
そう言って出て行かれてから、私はカイルキア様に応接スペースにあるソファへと降ろされた。シュライゼン様は何故か隣で、悠花さんは向かい側。
カイルキア様にはお礼を言っても、気にするなと言われただけでなんだか申し訳なさが増していく。
多分だけど。パンは自分で作ってても、シェトラスさん達のご飯美味し過ぎるから!
絶対、拾われる前より太ってるはずなのに!
『むにゃにゃ、むにゃぁ……』
同じくらいの食事量を取ってても、精霊だから物理的な重みが現れないロティ。私が膝に乗せても一切起きず、幸せそうな表情で寝てるだけだ。
「……では、報告についてだが。チャロナ、話してくれるか?」
「は、はい!」
そうだ。まだ、ミッションは完了していない。
依頼主であるシュライゼン様が同行されてても、私の雇い主は執務机の方に腰掛けられたカイルキア様。
きちんと自分の言葉で言わなきゃ、と気を引き締めた。
「差し入れのパンについては、全員に召し上がっていただいて、結果は好評でした。お菓子教室の方も、目立った事故もなく無事に完了しました」
「そうか。それは何よりだ。シュライゼン、お前から見てどうだった?」
「うむ。ほとんど完璧だったんだぞ! パンについては定期的に差し入れ出来ないかと問い合わせもあったが保留にしておいた。あと、子供達からの希望で、こっちは定期的にお菓子あるいは料理の教室は続けられないかと聞かれてね?」
「なるほど。パンについては、検討しておくと伝えてくれ。その教室の方は……チャロナ、お前は可能と思うか?」
「え、えっと……私の意見で決めてしまっていいんでしょうか?」
「構わない。率直な意見を聞かせてくれ」
今回の提案自体、すべてシュライゼン様のお考えではあるが。
パンについては、私しか作れないし製造数も限度があるから……たとえ週一でも厳しい。
レベルアップして、ロティの変換の内容も増えたり変わってきたりはしたけど、それも同じだ。
せめて、シェトラスさん達の技術がもう少し安定してくれば、話は別。
けど、差し入れについては今日明日の決定じゃないようだから、今は気にしなくてもいい。
問題は、お菓子教室か料理教室。
これについては、少し考えがあったけども。
「そうですね。今日参加してださった年齢層ならば……種類によっては可能です。ただ、刃物……包丁を必要とすると少し人数を絞った方がいいかもしれないですが」
「あら。ってことは、学校とかでやってた家庭科の授業感覚?」
「うん、そう思ってたの」
今日お願いしてきた、ケイミーちゃんの年齢ならギリギリってとこだ。
と言うのも、子供向けのセラミック包丁がある世界じゃないし、鋭利なもので怪我をする可能性が高いのを、極力減らしたい。
だから、低学年あたりの子供達には、申し訳ないが別の教室を開くとか。
「それは……年齢に合わせた訓練と似てるのか?」
「えっと……そ、そうですね。小さ過ぎて重い物を持てないのと同じで、刃物の扱いに慣れてる子とかそうじゃない子とかで。まずは、分けて指導するのとかですが」
カイルキア様のおっしゃる事も間違ってはいないんだけど。
なんでだろう。筋肉質が凄い人が言うと、戦闘訓練を思い浮かべちゃう!
実際、本人はそう言う意味で言ってたかもしれないが!
「それは面白いんだぞ! 指導員には、俺とかが増えればいいし。先に俺に教えてくれれば、二手に分かれられるし!」
「シュライゼン、様にですか?」
「うん。視察ついでにお菓子を持ってったり、あそこを借りて作ったりはするからさ!」
「こいつは好きに使え。では、日程についてはシュライゼンが決めるとして……チャロナ、仕事が増えてしまうがいいか?」
「はい。ペース配分は守って、無理のないよう頑張ります!」
「わかった。では、そうしよう」
「っ!」
了承の言葉を口にされただけなのに。
ほんの少しだけ、カイルキア様の表情がほころんだ気がした。
口元が、少し弧を描いたような、そんな気が。
「チーちゃん、顔真っ赤?」
「ななな、なんでもないよ!」
気づいてるかもしれない悠花さん。
頼むから、王道テンプレに持って行こうとしないで!
変にニヨニヨしないで!
(だって……流されたくない)
流されたら、またいつかのように、離れなくなってしまう時が来るかもしれない。
転生者であり、生産チートじゃない私じゃなかったら。
きっと、こんな充実した日々を送れるはずがないから。
明日は、用事があるので19時以降になりますノ