22-3.お兄ちゃん呼び
お待たせしましたぁあああ
*・*・*
なんて事だ。
リンお兄ちゃんに報告を兼ねたおしゃべりをしてる内に寝落ちとか。小学生でもあるまいし。
しかも、リンお兄ちゃんの膝枕で寝ちゃってたとか贅沢過ぎる!
起きた時には、何故か悠花さんと不機嫌度MAXなシュライゼン様が向かい側に座ってた。
だから、お兄ちゃんの膝枕で寝てた事実を理解してから、慌てて離れた訳で。
「おおお、お兄ちゃんごめんなさい!」
「別に気にしないが。とりあえず、シュライゼン様をどうにかしてもらえないか?」
「ふぇ?」
リンお兄ちゃんが、くいっと親指で軽くシュライゼン様の方を指すと……それはもう、鬼の形相のシュライゼン様が鎮座していらした。
「うぐぐ…………お兄ちゃんって、お兄ちゃんって……」
相変わらず諦めの悪いこの人は、私がリンお兄ちゃんをお兄ちゃん呼びするのが、まだ気に食わないと言うか面白く無いようで。
隣の悠花さんも面倒なのか、お茶を飲んでるだけで放っておいてる。
もう一度、リンお兄ちゃんを見ても困ったように肩を落としただけだった。
(……なんで、そんなにもこだわるんだろ?)
髪色以外は、特に似てないだけの他人のはずなのに?
でも、このままでいさせてもよくないから。
私は、無限∞収納棚を開いて、もともとシュライゼン様に渡す予定だったパンの紙袋を取り出す。
そして、私が近づくとシュライゼン様は形相を解いて、ぽかんとした表情で私を見上げてきた。
「……これで、機嫌直してもらえますか? しゅ……シュラお兄ちゃん?」
「っ!?」
本当は、一切呼ぶつもりはなかったけど。
ここまで来ると、シュライゼン様の根気に当てられて、諦めたと言うべきか。
リンお兄ちゃんからのお願いもあったし、仕方ない。
ただ、余程衝撃的だったのか、この人いつまで固まってるのだろうか?
「…………あの」
「……ちど」
「え?」
「もう一度呼んでくれないかい!?」
「え、ダメです」
「oh......(´・ω・`)」
即答するも何も。
リンお兄ちゃんとは違って、幼馴染みでもないのに呼べる訳がない。
ましてや、本当の家族でもないんだから。
なので、速攻で否定して紙袋を抱えさせると『諦めないんだぞ……』とか言いながら、彼は袋の中を漁り出した。
「お、これなんだぞ! 子供達が一番好きって言ってたパン!」
そう言って取り出したのは、何重もの紙に包まれたカレーパン。
残りを卓に置いてから包み紙を剥がすと、シュライゼン様は迷う事なく食べ出した。
「んむむ! 外はサクッとしてて中には少しスパイシーな具材。これ、なんなんだい?」
「カレーと言う料理を包んだ、揚げたパンなんです。辛さを控えめにしてみました」
「うん、美味しいんだぞ! カイルもこれなら食べれそうだなぁ?」
「むしろお代わりしまくってたわよ?」
「む〜、雇い主の特権だからってズルいんだぞ!」
「あ、そうだ」
まだ少しだけならパンは残ってたから、もう一度収納棚を確認して個数を確かめる。
このお店の人全員には行き渡らないけど、何人かなら。
「リンお兄ちゃん、大きなお皿とか貸してもらっていいかな?」
「構わないが?」
「ミュファンさんやお兄ちゃん達の分しか残ってないけど、カレーパンとかバターロール、食べてもらえる?」
「それは……いい、のか?」
「もらっときなさいよ、シュー。あたしやシュラはほぼ毎日食べれるけど、あんた達は違うんだから」
「うん、せっかくだから」
次にいつ、食料の調達日の関係でリュシアに来るかわからないし。お菓子教室もまだ日程は未定。
先に、エイマーさんのお見合いの件があるし。
「あ」
「どうした?」
「ううん、なんでもない!」
お兄ちゃんの前で話してもいいかもしれないが、今ここにはシュライゼン様もいる。
この人に、破談させるって事を話したら、絶対に面白がって、めちゃくちゃにしそう。勝手な想像だけど。
「あ、チーちゃん。エイマーについてなら、シュラにはもう伝えてあるわよ?」
「はわぁ!? な、なんで!」
「こいつの家の力もちょいと借りたくて」
「うん? エイマーの見合いの件なら、うちの父上が叔父上経由で薦めたんだが?」
「「……………………おい」」
「へ?」
「シュライゼン様……お覚悟された方がよろしいかと」
「なんでだい!?」
その後、私はシュライゼン様にお兄ちゃん呼びよりも酷い折檻を、悠花さんとしたと……思う。
ブチ切れてしまい、記憶がなかったもので。あとでリンお兄ちゃんに教えてもらいました。
*・*・*(シュィリン視点)
無事?になんとか、シュライゼン様達を見送り。
俺は、受け取ったパンの皿を抱えながら店長の部屋へと向かう。
そして、告げられる事をいくらか覚悟していたんだが。
「言えなかっただろうが、俺達には言えよ!」
「ほんま、薄情もんやなぁ!」
部屋に入るなり、何故か号泣してる部隊の双翼に突撃されかけた。
「まあまあ、二人とも。訳あっての事ですし、シュィリンも10年以上抱え込んでたんですから、それで良しとしましょう」
「店長……」
責められるどころか、受け入れてもらえた。
俺は、むしろ店長以上にオーナーにも多大な迷惑をかけてしまってたのに。
虫のいい話過ぎやしないだろうか。
それにしても、サイドにすがりついてくる二人がいい加減ウザい。
「パンを落とすだろうが。ひとまず退け」
「お、姫様のパン!」
「なんや、もらえたん?」
「余ってたのと、今日の礼だそうだ。ミュファンにもと」
「私は離れて見守ってただけですけどね」
結局、影の護衛どころか普通に会話して知り合うきっかけとなったが。そのきっかけ自体が俺自身になるとは思ってもみなかった。
10年以上も経つのに、彼女はよく覚えていたものだ。
「例の異能にある空間技能のお陰でまだ温かいそうだ」
「っしゃ、食おうぜ!」
「わい、ジャムとバター取ってくる!」
八つ時には遅いが、夕飯前には小腹が空いていたので。
ちょうどいいかと、店長が紅茶も淹れてから実食会となった。
「うっわ。マジで柔らかっ!」
フェリクスが持ったのは、普段俺達も自分では作るバターロールだったが。
俺も持ってみたが予想以上に柔らかい。そして、優しいぬくもりを感じる。
「こっちの黄色いのもうんま!」
「ええ。何か野菜が練りこんでいるようですが……この時期だとかぼちゃかペポロン?」
「ペポロンだそうだ」
眺めていても仕方がないので、ちぎってみればこれも思ってた以上に柔らかく。
せっかくなので、一口食べてみれば、小麦の強い香りにバターの風味が相まって……なんとも言い難い幸福感に包まれた。
『私が持ってる異能って、幸福の錬金術って書いて『ハッピー・クッキング』って言うの!』
会話の時に出してくれた、彼女の持つ異能の名前。
たしかに、名前通りに幸福を人々に与えてくれる錬金術だと、俺はひと口食べただけで理解出来た。
「お、こっちの紙に包んであるの……ガキ達がはしゃいでた揚げてるパンか? あんま辛くねーけど、うめぇぞ!」
「一個じゃ物足りんわ〜」
その後に食べた、ペポロンのもだが。シュライゼン様も気に入られてたカレーパンも大変に美味で。
辛さはたしかに物足りないが、パンを楽しむのであればこれがちょうどいいと納得がいく。
そして、全員が三つとも食べ終えてから。
店長は口元についたパン屑をハンカチで拭い、立ち上がった。
「結局は全員が、王女殿下と接触してしまいましたが。オーナーからの依頼で、次はエイマーさんのお見合いを破談にする件です」
「「「はっ」」」
チャロナ……姫は、少し隠したがってたが、俺達も騒動にはもともと加わるつもりではいた。
彼女が知れば、また飛び上がらんばかりに驚くだろうなと、内心苦笑するしかない。
では、また明日!