15-4.裏の顔と美味しくないクッキー
午前の更新
「あら、そのご様子ですと。マザーにお会いになられたのは……つい先程?」
「あ、はい! シュライゼン様に案内していただいたもので」
「そうですか。ここ最近は忙しくてお会い出来てませんが」
私が大泣きしちゃった事は恥ずかしくて言えなかったが、マザー・ライアさんの事を話すとにこりと笑われた。
その表情も、大変美しいです。
同じ男性でも、カイルキア様が武の象徴と例えるなら、この人は美。
そして、中性的なイメージだ。どちらかと言えば女性寄りだけど。
「ただ、ミュファンは根っからの孤児じゃなくて、戦災孤児なのよ。5歳くらいまでは家族と過ごしてたらしいわ」
「ええ。あの戦争が始まる前までは……一応子爵の家柄の者でした。今はもう没落していますが」
元お貴族様。
子爵って、今日のあの変態野郎と同じ位だけど、この人の方が相応しいと思う。
でも、戦争のせいで没落しちゃってるみたいだし、本人も再興される気はないようだ。
「あ、チーちゃん。同じ子爵だったあいつとミュファン、一応親戚だったのよ。こいつん家の土地を戦争で横取りしたのがその親父だけど」
「え」
「っ! オーナー……シャイン=リブーシャが捕まったのは、本当だったんですね?」
「ええ。あたしの形態変化には目もくれず、連れだったカイルんとこの使用人狙いだったの。あたしもだけど、ほとんど止めてくれたのがチーちゃんで捕まえたのはそこのバカ」
「俺はバカじゃないんだぞ!」
「…………報せが届いた時は、本当に驚きましたが」
シュライゼン様の叫びはスルーされ、ミュファンさんは酷く安心したように息を吐いた。
「あれは、昔はあそこまで女癖が悪い奴ではなかったんです。その父親が……戦争を機に狂ってしまったと……私の父が亡くなる前に話してくれました。ですが、それもまた運命。更生したとしても、シャインはもう世には戻れません。脱獄した場合は、私自ら動きます」
「それは無いようにしたいんだが、君の覚悟は聞いたぞミュファン?」
「はい、今はカフェの店長ですが。裏の力を尽くします。チャロナさんも関わられたのでしたら、万が一の事もありますし」
「う、裏……ですか?」
このカフェを経営されてるだけでも大変そうなのにと思ってると、ミュファンさんはにこりと笑われた。
「はい。このカフェは、表向きは女装店員がいる少し趣向を変えた店ですが……本業は隠密。ユーシェンシー伯爵様より、見込みのある人間だけを集めた精鋭集団なんですよ」
「女装は、面白がってる子達が多いけど。変装の練習も兼ねてるのよ? 一部は出来てないように見えてても、あれはあれで面白いけど。仕事は別ね」
「は〜〜……」
すっごくカッコいい。
オネエについては、悠花さんの普段口調が面白いからって、段々と広まっていったからだとか。
あのゴツい人達でも、ケースバイケースではちゃんと変装されると思うと気になる。
ロティも意味はわかったのか、キラキラした表情になっててまぶしい。
『おねーしゃん?、カッコよくなりゅんでふか?』
「ふふ。気になるでしょうが、あまり普段は見せないようにしてるので機会あればですね」
『じゃーんねんでふぅ』
うん、たしかに残念だ。
「その話はこれまで。しかし、オーナーとほぼ同じ出自で料理の腕前がかなりお有りになられるのでしたら……護衛が必要では?」
「それが、あたしなの。仕事の方は、ギルドの方は減らしてくし。ここはいつも通りあんたの好きにしていいわ。今日は、その報告もあったのよ」
「そうですか。オーナー自ら動かれるのでしたら、私達は必要ありませんからね」
ミュファンさん達がどれだけ強いかはわからないけど、悠花さんのランクは冒険者最高に近いSS。
今日もしあの食堂で暴れられてたら、店の損害は凄かったに違いない。私の乱入のせいで、それはなかったらしいから少し安心したけど。
「さ。少しお茶でも飲みましょ? パンはここも美味しく出来ないけど、クッキーとかはわりかしいい方なの。チーちゃん、アドバイスしてもらえる?」
「い、いいんですか?」
出されたお茶菓子のクッキーは、見た目なら合格点の絞り出しクッキー、『ヴィエノワ』。
焼き加減もいい感じだし、サクサクしてて美味しそう。
ちらっとミュファンさんを見ても、少し苦笑いされてるだけだ。
『ロティも食べまふ〜』
「じゃ、じゃあ、いただきます」
一個が大きかったので、ロティと半分こ。
ちょうど三日月のような形になったので、端っこをかじったけど口の中に広がった味がこれまた微妙だった。
「……たしかに。すごく美味しくないわけでもないですが、少し生焼けで粉っぽさが出てますね?」
正直に言うと、ミュファンさんと悠花さんが大きく息を吐いた。
「今日のは、レイリアですしね……」
「あの子ね? あー、たしかに粉っぽい」
悠花さんもすぐに手を伸ばして口に入れると、少し微妙な顔をされた。
卓に座りながら食べてたロティも、同じく微妙な顔に。
『にゅ〜……まじゅくはないでふが、おいちくもないでふ』
「こりゃ、一度チーちゃんにも指導入ってもらった方がいいかもね? そうだわ。チーちゃん、例の収納棚になんか作ったのって入れてない?」
「え?」
「その美味しさを、ミュファンとこのクッキー作った子にわかってもらいたいのよ。ダメ?」
「え、えっと……」
本当ならカイルキア様の許可もだけど、今まだソファでいつのまにかクッキーをかじかじ食べてるシュライゼン様の許可もないといけない。
でも、割り込んで来ない感じだから、いいはいいみたい。
それか、ここのお店じゃ一応悠花さんの持ち物だから、彼女?のためを思って言わないでいるだけか。
「えっと……ロティ、収納棚の中身見せてもらえる?」
『あいでふ! きゃも〜〜ん! 無限♾収納棚ぁ〜〜!』
ロティが両手を上にかかげると、ピコンって電子音とともに青いステータス画面が浮かび上がってきた。
【《無限♾収納棚》
・銀製器具
・ふわもちペポロンパン……15個
・ふわふわバターロール……5個
】
まだまだ余裕がある技能だけど、今あるのは二種類。
残数は少ないけど、二人分出すには十分だ。
出せる旨を伝えれば、ミュファンさんはレイリアさん?を呼びに行かれ。
戻ってきた時には、これまたどう見ても女性にしか見えない可愛らしい男の子がやってきた。
ぱっと見年齢は……悠花さんよりちょっと下?の18歳くらいに見える。
ただ、一点困った事が。
「て、ててて、店長ぉ〜〜〜! あ、あああ、あたしまた何かやらかしちゃったんですか〜〜〜〜!?」
極度のビビリ屋さんのようです。
「落ち着きなさい、レイリア。あなたに少し食べてもらいたいものがあるので、呼んだだけなの」
「し、ししししし、試食、ですか?」
「そうよん、レイリア。ここに出てるパンよ」
『美味いでやんすよ〜』
出来るだけ落ち着かせるために、レイ君も参加。
レイ君は、この部屋に着いてからずっと少し小型の虎さんに戻ってシュライゼン様の近くで寝そべってたのだ。
「…………え、え、パンが……おい、しい?」
レイリアさんは、私の前に置かれてるペポロンパンとバターロールの皿を目にしても、まだ信じられないようで。
とりあえず、ミュファンさんの隣に腰掛けてもパンを凝視するだけだった。
「あ、じゃあ。少し温めますね?」
ミュファンさんは食べてくれる気満々だから、まずは彼の分に加熱をゆるくかけた。
差し出すと、彼はすぐにおしぼりで軽く手を拭いて、迷わずバターロールを手にする。
「これは……香ばしくていい匂いですね。……こんなにも、柔らかい!」
少しの間手触りを楽しまれてから、半分に切った時の顔はまるで少女のようで。
そして、割った片方をさらに小さくちぎってこれも迷わずに口に入れられた。
その様子を、レイリアさんはポカーンとしながら見つめていた。
「───────これはっ! 私のような没落貴族の者でも、簡単に口にしてはいけませんよ! 美味しすぎます! オーナー、この方は天才だけで済みません!」
すっごい賞賛のされ方だけど、美味しいと言ってもらえて何より。
その評価に少しほっとしてると、向かい側からちょいちょいと手を突かれた。
顔を上げると、震えながらもレイリアさんが少しほっぺを赤くしていた。
「あ……あたしも、いい、です……か?」
「あ、はい。待っててください」
ささっと、レイリアさんの分も温めて差し出すと、彼はミュファンさんと同じバターロールを手にして……割った半分に豪快にかぶりついた。
ここは実に男らしいです。
「っ! むせない……すっごくきめ細やかで優しい食感と甘さ……これ、本当に美味しい!」
「ありがとうございます」
「こ、こここ、これ、本当にあなたが……?」
『しょーしんしょーめーご主人様が作ったパンでふ!』
「え……契約精霊、持ち?」
ミュファンさん程じゃないけど、軽く事情説明したら納得してくださり。
ペポロンの方も、お二人とも何もつけずとも美味しそうに食べてくれました。
「これは納得の味ですね。我々の出身であるあの孤児院を基盤に技術が広まれば……世界の主食事情に革命が起きますよ」
「で、ですね、店長。あたしのクッキー……美味しくなかったでしょう?」
「そ、そんな悪くなかったですよ? 多分、混ぜ方と温度管理……だと思うんですが」
「「温度??」」
「説明や指導はまたおいおいね? アドバイスちょこっとはもらえたし、あたし達もそろそろ帰りましょ? シュラもでしょ?」
「うむ、俺が先に帰るんだぞ!」
先に出て行かれると思いきや。
立ち上がると、何故か手を上げてそのまま指鳴らし。
途端、シュライゼン様の姿が溶け込むように消えてしまい、いなくなった!
『でっふぅ!』
「瞬間移動……て、テレポーターなんですか!?」
魔法師の職業でも、かなりの高ランク保持者じゃなきゃ出来ない技能だったはず。
「あいつはあたしと違って冒険者だったわけじゃないんだけどぉ……趣味が高じて、魔法技術が異常過ぎんのよ。下手したら、高ランク高レベルの冒険者にも匹敵するよねぇ? ほとんど、サボりに使ってるんだけど」
「さ、サボり……」
なんだろう……あのキャラクターだからか、ものすっごく理解出来ちゃうかも!
そして、私達もすぐにお暇する事になり。
レイリアさんには、最後物凄い手を振られてしまった。
「絶対、絶対待ってますから! チャロナ姐さん!」
いや、私の方が年下だろうに……その呼び方は恥ずかしいです!
おかしい、新キャラ出す予定じゃwww
お出かけ編ようやく終わりそうです_:( _ ́ω`):_