15-2.二人のマザー
お待たせしましたぁあああ
───────…………ただの『チャロナ』だった頃。
特に、小さい時の私は、今のように大声を上げて泣くことが多かった。
それは、物心つく前辺りから見始めた、怖い夢のせい。
黒い怖い人達が、私の大切な『何か』を破壊すると言うだけの夢を、繰り返し見るからだ。
その度に、私は担当になっていたマザーのリリアンさんの部屋に行った。
『マザー……っ! マザー、マザーぁ! 怖いよぉ……!』
『よしよし、チャロナ。また怖い夢を見たのね? おいで?』
同室の子達を起こさないように気をつけてから行くのは、もうお約束。
リリアンさんも私が怖がってる理由はわかってるから、扉を開けて優しく迎え入れてくれた。
そして、まだ小さかった時は、すぐに抱き上げてくれるのも。
『また……また、壊され……たの。チャロナの大事なの、壊されたの!』
『そう。怖かっただろうね? 壊れたものはなかなか直らないかもしれないけど、せめてあなたが安心して寝られるように一緒に居ましょう』
『うん……うん!』
世界一で大好きなマザー・リリアン。
けど、いつか私はこの孤児院から巣立たなくてはいけない。
だから、側にいられる間は目一杯甘えさせてもらった。
あの優しくて、本当のお母さんのような温かな空気が。
今、出会ったばかりのマザー・ライアにも感じてしまったのだ。
込み上げてくる懐かしさと、無意識に張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい、私はただのチャロナだった時のように大泣きしてしまったのだ。
「ちゃ、チャロナ! どどど、どうしたんだぞ!」
「ちょっと、シュラ! あんたチーちゃん泣かしたの!?」
「違うんだぞ!」
お二人の声が遠い。
微かだが、ロティが叫んでるような声も聞こえてきた。
だけど、泣く事が止められない私にはどうすればいいのか自分でわからない。
「あらあらまあまあ。女の子が泣いているのに、慌ててしまう殿方はいけませんよ? シュライゼン様、少し失礼しますわね?」
次の瞬間、私は片手をシュライゼン様に掴まれたまま、何か温かくて優しいモノに包まれた。
(あ、あったかい……マザーと同じ)
役職は同じだとしても、他人なのにリリアンさんと似てる。
マザー・ライアは私を優しく抱きしめていて、背に回した手でぽんぽんとさすってくださった。
「事情は深く存じ上げていませんが、あなたも孤児院の出身とシュライゼン様にお聞きしました。同じようなマザーの私がいて、少し驚いたのでしょう? それと、懐かしく感じてしまったのですね?」
「…………は………………い」
不思議。
リリアンさんとは全然違うとわかっているのに。
あの人が私を泣き止ませてくれたのと同じようなあやし方。
子供達の世話が日常の彼女らだから、こう言うのはお手の物だもの。
私も、少しずつ嗚咽と涙が落ち着いてきたため、空いてる方の手で擦った。
「あらあら、可愛らしい顔に跡がつきますよ?」
擦り続けてたら、少し離れてハンカチを差し出してくださった。
ここはご厚意に甘えて素直に受け取り、柔らかい薄紫のハンカチをぽんぽんと目元に当てた。
「びっっっくりしたんだぞ!」
ようやく涙が出なくなった頃に、まだ手を握ったままのシュライゼン様が、ぎゅっと握ってきた。
「……すみません、驚かせてしまって」
「あ、いや。そうじゃないんだぞ! 泣くのが悪いんじゃない! 俺も……ちょっと無神経だったぞ」
「…………え?」
「こうなるのは、ほんの少し予想はしてた。けど、君がそこまで泣くのは予想外だったんだぞ」
「まあ、無理もありませんよ。シュライゼン様……顔はあまり似てませんが、私は彼女の担当だったリリアンの姪ですし」
「…………は?」
マザー・ライア、今なんと?
ぐぎぎっと音が鳴ったかと思うくらいに首を動かせば、マザー・ライアはどこか見た事がある笑顔を私に向けてきた。
「シュライゼン様は驚かせたかったようなのですが……リリアンは私の父方の叔母ですの。私は母似のようなのであまり似てませんが、彼女に憧れて修道女になったのです。手紙で時々やり取りはするので、ホムラの孤児院のことは少しだけ知っていますのよ」
まさか、まさかの偶然と思うだろうか。
リリアンさんは、ホムラの出身じゃないとは聞いていたけど。
それが、あそこからは遠いセルディアスにお身内さんがいらっしゃると思うか?
しかも、同じ役職で!
「うむ。ここを真っ先に推薦したのも、チャロナの近親者の縁戚がいたからなんだぞ。少し調べたのはすまなかったが」
「あ、いえ……」
調べられるのは、この世界の常識的には別におかしくはない。
ましてや、貴族でいらっしゃるシュライゼン様としては、依頼する相手を調べるのも別に普通。
前世の記憶が戻っても、私はれっきとしたこの世界の人間で、元冒険者だったからそこは気にしない。
役には立たずとも、リーダー達からはそう言うノウハウは叩き込まれてたから。
「……ところで。遠目から拝見した時から思いましたが、お二人はまるでご兄妹のようですわね。仲良く手を繋がれて」
「あ!」
「んふふー、俺はお兄ちゃんだからな!」
未だに手を繋いだままだったのを改めて思い出し、離そうとしてもシュライゼン様はぎゅっぎゅと握ってるために無理だった。
「きょ、今日は見学だけなのに、恥ずかしいです!」
「いいじゃないか! 俺は嬉しいんだぞ!」
「もう、いい加減離しなさい! チーちゃんにはロティちゃんがいるから!」
悠花さんが無理矢理引き離してくれたかと思えば、レイ君から何かを渡された。
腕に抱っこされたのは、泣きじゃくってるロティ!
『ふ、ふぇ……ふぇええ』
「ろ、ろろろ、ロティ? どうしたの!」
『ご、ご主人様が〜〜泣いて……ちゃからで……ふぅう』
泣きわめくのは落ち着いてるみたいだが、まだ涙は全然だったので借りたままのハンカチで優しく拭いてあげた。
何回か、背中も撫でてやるとロティはぎゅっと胸元に抱きついてきた。
『ご主人様の気持ちがぁ〜〜きゅーに、ちゅたわってきたんでふ〜〜〜〜悲しくなったんでふ〜〜』
『初期段階の症状でやんす。契約精霊は、慣れてないうちはマスターの感情をもろに受けやすいんで』
「そ、そうなんだ……」
でも、ここまでなるのは感情が爆発する時くらいで。普段は気にしなくていいようだ。
少し、安心はしたけど。
「まあまあ、お若いのに契約精霊まで。愛らしい方ですね?」
『にゅ? 自分はロティでふぅ!』
「ロティちゃんね? 私はマザー・ライアと言います。呼びにくいようでしたら、ライアでいいですよ? ここにはマザーがたくさんいますから」
『あい』
色々すっ飛ばしちゃったけど。
私はまだ自分から自己紹介をしていない。
ロティを抱き直してからきちんと、マザー・ライアに向き直った。
「カイルキア=ディス=ローザリオン様のお屋敷で厄介になっております、チャロナ=マンシェリーです。先ほどはありがとうございました」
「……ご丁寧にありがとうございますわ。シュライゼン様からのお願いで、子供達にパンを作っていただけるとか」
「はい。精一杯作らせていただきます!」
『でっふぅ!』
それと、せっかくなのでライアさんにも伝えておこうと思う。
「私が作ったの以外にも……子供達にのおやつにもぴったりで、自分達でも作れそうなのを提案したいんですが」
「まあ、お菓子ならいいですね! シュライゼン様からお一つだけパンの味見はさせていただたので腕前は承知していますが、自分達で作れるようになれればあの子達も喜びます」
「シュライゼン様!?」
「そりゃぁ、責任者には一個くらい食べてもらわないと?」
「そ、そうですが……」
「まだ忘れられませんわ。あのペポロンを使ったふわふわのパン……」
「え」
昨日の今日って、行動力早すぎやしないだろうか?
「俺が魔法でちょいちょいっと移動して配達したんだぞ!」
「…………普通なら褒められないけどぉ、あんたにしては上出来じゃない」
「あらあら、マックス様も相変わらずで」
「少し久しぶりね、マザー」
おや、顔見知り?なのだろうか?
口調もいつものまんま(オネエの)だし、知り合い以上の関係?
「ふふ、チャロナさんは不思議に思われてるでしょうが。この方達以外にも領主様……カイルキア様やレクター様も含めて、お小さい頃はここをかくれんぼの遊び場にされてましたの」
「……か、カイル様が?」
「主に提案者は、そこのシュラだけど〜」
「えっへん!」
「威張るな!」
なんとなく人物相関のようなのは出来たけど。
それからは、子供達にはまだ会わず、建物の外観をぐるっと案内してもらいながら、二日後の提案を少し話す事にした。
「焼くよりも蒸すことでふわふわもちもちの食感になるパンなんです。これを作って食べてもらってから、私のパンを出そうかと」
「それはいいですわね。あのパンを知ってしまうと、今までのパンの概念が覆されるだけですみませんから、まずはそこから」
ライアさんともすっかり仲良くなり、帰る時にはわざわざ門を出てまでに見送ってくださった。
休日の朝は難しいですね(眠気で
午後も頑張ります!