12-4.ペポロン尽くし
本日二話目!
今回のパンはほとんど白パンと同じなので、一次発酵と二次発酵も時間を除けばほぼ同じ段取り。
一次が終われば分割と簡単に丸める作業が必要。
だから分割だけは、私とロティ以外全員にお願いしました。
『こ、こここ、これ、目がチラつくでやんすぅ!』
「大丈夫だ、レイ殿。私も今だに同じだよ」
「まぁ〜、異世界道具だしぃ? OLだった頃はあんま使ってなかったけどぉ、便利っちゃ便利よね〜? 『電子計』」
悠花さんの言うように、皆さんに使ってもらってるのは、銀製器具の鞄から出した電子計。
バターロールの時はロティが変化してくれたが、アイテムを入手してからは、限界個数は見てないけど所有者の私が取り出せばいくらでも出てくる。
ただ、表示される目盛り部分が意外と小さいので、魔法のようにチカチカ数字が変わるのは、レイ君の言う通り目が痛くなりがち。
私と悠花さんの場合は、前世の経験で慣れてるから平気なだけ。
『しっかし、チャロナはん早いでやんすね〜? 俺っちら三人がかりで生地分けてても、あっちゅーまに』
「ただ丸めるだけだしね?」
と言っても、パン職人修行の基本の基本を披露してるだけ。
両の手にそれぞれ生地を持ち、軽く打ち粉を振った台の上で表面を艶やかにしながら、生地をお団子のよう丸め込んでくだけ。
ただ、これはやり手の癖なんかが非常に出やすく、一朝一夕で出来る技術じゃない。
試しにエイマーさんにやってもらった事はあるが、見事に潰れてしまってた。最初に食べたパンが美味しくない原因の一つもそれでわかったけど。
分割の途中で、試しに悠花さん達にもやってもらったが……それはもう酷かった。
なので、やる事は多いけど、唯一経験者の私が丸めて鉄板に適量乗せては、ロティに待機してもらってる冷蔵の発酵器に入れてく。
ベンチタイムでもいいが、発酵止めも兼ねてしばらく冷やして寝かす方法もあります。
これは、パン屋さんによって違うから、私も勤めだしてから知った。
「おっしまい!」
一個のサイズが小さいので、300個以上になったけれど。
ペポロンのペーストはまだあるので、どうしようか?とエイマーさんと悩んだが。結局は冷製のポタージュスープに決定。
「あらそうだわ! 追加でサラダにしてもいいんじゃなぁい?」
『「サラダに??」』
「あ、そうです。あのカッテージチーズも使えば」
「うんうん。かぼちゃのチーズサラダ好きなの〜ぉ」
かぼちゃ尽くしだけど、悪くない。
エイマーさんとレイ君にはマヨネーズ作り。
私は悠花さんとカッテージチーズ作り。
ペーストにそれらを適量加え、ただ混ぜて冷やせば完成。
出来上がったら、スプーンで軽くひと口。
『「うっま〜〜〜〜っ!」』
「甘過ぎず、酸味が和らいで……なんとも言えない味だね!」
「皮付きのまま茹でたのを加えても美味しいんですよ」
もっとごろっとした状態でもいいが、全部ペーストにしちゃったので仕方ない。
でも美味しいのにかわりなく、ロティにあげても『おいちー』と返事がもらえた。
「これ、食パンでサンドイッチする時に……あとレーズン入れると美味しいんですよ」
「今試そう!」
そう言って、エイマーさんはあっという間に出て行ったと思いきやレーズンを貯蔵庫から持ってきてくださった。
「じゃ、じゃあ……エイマーさんにはレーズンをカットしていただいて。悠花さん達は、パンの片面にマヨネーズを塗ってください」
私はカットされたレーズンを混ぜて、パンにたっぷり塗る作業。
これが出来たら、パンを潰さないようにカットしてまた試食だ。
『……ペポロンにパン……つまりは、かぼちゃにパン』
「物は試しに食べてみなさぁい? レイの好きな味よん」
『なら遠慮なく!』
ちらっと見えた牙が光った気もしたけど、レイ君は口に入れるもぐもぐと食べてくれた。
『なんでやんすか〜〜! パンに挟んだだけなのに、ふんわふわでしっとりしてて……サラダの時以上に合う! パンがこんなにも美味いから、余計に合う!』
「うう〜ん、レーズンを隠し味っぽくしてるのもオツよねぇ〜ん。ラムレーズンにしたら、もっと大人の味だけど〜、パンにならこれくらいでいいわ〜」
『それっすよ、マスター! レーズン入れてるのに甘さ控えめ!』
「あんたいちいちうるさい」
『きゃぅん!』
賞賛してくれたのは嬉しかったが、たしかにうるさくもあった。
けど、殴られたレイ君の声が犬か猫のようなうめき声に聞こえたのが、ちょっと可愛かったです。
「しかし、これはひと手間加えるだけでまた違った味わいになるね? 酒のつまみにまた追加されてしまいそうだ」
「あははは……」
唐揚げの時もだったけど、エスメラルダさん達が結構騒いでたのはサイラ君に聞いた。
私はこの世界じゃ成人年齢だけど、お酒を飲んだのも随分前。
あのパーティーにいた時でも、成人祝いをささやかなものでもしてくれた機会以来?
(……まだ、抜けて半月も経ってないけど)
あの人達が、あれ以降元気にしてるかどうかまだ少し心配になってしまう。
ほとんど雑用係でしかなかった私でも、出来るだけ彼らの健康を見守っていた立場だったから。
今が、とても恵まれてる状態でいるのが、運が良かっただけにしても少し申し訳ない気がした。
「はーっははは! 何か美味しそうな物を食べてるね、諸君!」
少し考えに浸っていたら、背後からいきなりシュライゼン様の声が聞こえてきた!
「しゅ、シュライゼン様!」
「やっほー、チャロナ。……今日もお兄ちゃんと呼んでくれないのかい?」
「呼べません!」
その執念、まだ諦めていなかったのか!
依頼をされる時の、少し怖いようなカッコ良かったあの雰囲気はどこにもなく、すねすねぷーとほっぺを膨らませた駄々っ子のような顔。
エイマーさんもため息を吐いて呆れてはいたが、突っ込む気もないのか今日は何もしない。
代わりに、ではないが私の横から屈強な腕が伸びてきた!
「シュ〜ラ〜ぁ? あんた、立場っての一応わかってんじゃないの〜?」
「げ、マックス……」
当然、それは悠花さんで。
やっぱりお知り合いだったシュライゼン様の、しかも頭を掴んで持ち上げてしまった!
「この子に呼んで欲しいの、わからなくもないけどぉ……ダメな時くらいあるのわかってな〜い?」
「うぐぐぐ! 俺は、一応年上なのに!」
「あたしよりも年上だからって、あんたはガキか!」
「だ〜〜って〜〜」
悠花さんとも上下関係が逆みたい。
レイ君を見ても、肩を落として苦笑いされた。
「…………大丈夫なんでしょうか?」
「構いやしないよ。二人もああ見えて幼馴染みだしね?」
「? あれ? 冒険者になられてた他の方の中に、シュライゼン様はいらっしゃらなかったようですが」
『そいや、チャロナはんこの国の人じゃないでやんすね。あの方は──ぐっ』
「「そこ、余計な事言わない」」
何が起きたかと言うと。
エイマーさんからは鉄拳。
悠花さんからは、多分風の魔法弾の軽め。
ほぼ同時に繰り出されたため、レイ君はその場に撃沈。
シュライゼン様の方は、掴まれながらもケタケタ笑ってた。
「俺の事はとある貴族とでも思ってていいんだぞ!」
すると、あれだけもがいてた悠花さんの腕からあっという間に抜け出して私の前に立った。
「今日は知らせがあってきたんだ。明日は出かけるそうだが、孤児院に行くのはさらに三日後だとどうだろうか?」
「三日後、ですか?」
「作るパンも色々あるだろう。運ぶのは俺も手伝うが、俺の都合もあってね?」
「……エイマーさん、どうでしょう?」
シェトラスさんがいない今、厨房の管理者はエイマーさんになっている。
彼女が少し考え込むと、しっかり頷いてくださった。
「シュラ様、ある程度の数ならば彼女の保有技能の空間棚と酷似しているモノで運べます。貴方様は迎えに来ていただくだけで大丈夫かと」
「そうか! なら、俺の所有馬車で問題ないな!」
そしてそのまま帰られると思いきや、二次発酵前の丸め直しの作業でまた料理の腕を見せてくださるなど。
試食まで、また全部食べてからカイルキア様のお部屋に行かれたようです。
明日は大晦日ですが、一応二話予定