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10-4.影で支えて?(カイルキア視点)

朝更新








 *・*・*(カイルキア視点)






「……………………ここいらで、ひと息つけるか」



 定期的にメイミーや他のハウスメイドに茶などを淹れてもらうが、たまには自分で淹れたりもする。


 こう言う習慣がついたのも、冒険者だった時の名残もあるが……公爵家でもあの戦争(・・・・)から生き延びてきた俺や家族らは自分達も出来る事を増やした。


 俺の場合、今の生活で役に立つと言っても、茶やコーヒーを淹れる程度だが。





 コンコン、コンコン。






「入れ」



 メイドか誰かが茶菓子を持ってきたのかと思ったが、返事があった声は執事(バトラー)でもない男の声だった。



「失礼致します」



 入ってきたのは、全身白い生地で作られた厨房用の作業着を着た男。そして、この屋敷でその管理下の長を務めてくれる、俺の父上にも負けない立派な口髭を蓄えた初老間近のシェトラスだ。


 奴は、茶のポットも乗せたワゴンを中に入れると、俺の手元を見て苦笑いした。



「お休みなさってましたか?」


「ああ。……お前が茶菓子を?」


「はい、チャロナちゃんのパンを」



 新しく使用人になった彼女の名と、菓子代わりのパンに少しだけ眉が動いてしまう。


 きっと、付き合いが長いシェトラスには俺の仕草がばれてるだろうが、気にせずに問いかけをすることにした。



「……菓子、なのか?」


「少し違いますね。ですが、きっとお気に召しますよ」



 少々がっかりしたが、少し前に気分転換がてら中庭に出向いた時にチャロナとマックスに遭遇した事を思い出した。


 マックスもあれだけ気にいるくらいの彼女のパン。


 今回もきっと美味に違いない、と思い直してソファに座る。その間にシェトラスが、ワゴンに乗せてたものをすべて卓に出してくれたが……。



「……トウモロコシ?」



 二種類出されたパンの内、ひと目見てわかった黄色の粒野菜が乗せて焼いてあるパン。


 冒険者時代、不味いパンの中でもトウモロコシの粉で作った味気のないパンもあったが、それとはまるで違う。


 野菜そのものを乗せて焼くとは、やはり異世界の発想は毎度驚かされる。



「旬の野菜を使った……彼女の前世で言うところの『惣菜のパン』の類だそうです」


「そうざい?」


「旦那様も度々召し上がられた、庶民の家庭料理の事ですな。チャロナちゃんが言うには、肉でも野菜でも色々作れるそうです」


「ほぅ?」



 冒険者時代、身分を隠して諸国を巡っていたから当然庶民の料理も酒場などで口にはしてきた。


 それなりに美味いのもあったが、やはりパンは貴族階級以上に不味くて、つまみに近い料理も場所によっては悪かった。


 それはチャロナも同じだっただろうが、前世の記憶が戻った今では予想以上の美味にしてくれるはず。



「……この白いのは?」



 ただ一点気になったのは、白い網目のようなのがところどころきつね色のように焦げ目がついていた。



「マヨネーズです、焼く前に乗せたので色が違うんですよ」


「……面白い」



 冷たい状態で扱う事が普通のマヨネーズを、あえて焼く発想は【枯渇の悪食(あくじき)】の影響から随分経つ今でも知られていない。


 彼女の契約精霊であるロティが言うには、悪食以前の調理法とチャロナやマックスの前世である異世界は共通点が多いそうだ。


 その知識の結晶が目の前にあるのなら、やはりこれも美味いのだろうと手に取って迷わず口に入れた。



「…………美味いっ」



 パンの柔らかさと香ばしさはさることながら。


 一番上にかかったマヨネーズは、少し焦げたところが香ばしいのに酸味が薄まって、下のトウモロコシの甘さを逆に引き立たせている。



(しかし、トウモロコシの下のパンはしっとりしているが……トウモロコシにも少しずつだけマヨネーズを絡めているせいか)



 サンドイッチではまあまあと思っていたパンとマヨネーズの組み合わせがこうもよく合うとは。


 堪らずがっつき、一つをすぐに平らげてしまった。



「こっちは普通の……白パンではないな?」



 もう一つあったのでマヨネーズのをと思ったが、別の皿には白パンだけ。


 しかし、薄っすらと黄色い粒が混じってるのが見えた。



「恥ずかしながら、私が指導を受けて作ったトウモロコシ入りの白パンです」


「お前が、か?」


「チャロナちゃんのお墨付きはいただいてるので大丈夫です。バターをつけても美味しいようですよ?」



 そう言われると早速試したくなる。


 すぐに割ってから、添えてあったバターを適量塗ってこれも躊躇わずに口に入れた。


 以前のシェトラス達のパンが、やはりお粗末に思えてしまうくらいの柔らかさとトウモロコシの香ばしさ。


 その上、滑らかなバターと相まってなんとも言えない味わいだ。



「見違えられましたな、旦那様」



 俺がひと通り食べ終えてから、シェトラスが感慨深いような声で話しかけてきた。



「……パンを、食べてたからか?」


「それもですが、チャロナちゃんへの気配り方です。……………………やはり、シュライゼン様の妹御であらせられるからでしょうか?」


「……お前は、やはり気づいていたか」



 我が家に仕える以前は、別の場所で調理人の修行をしていた。その場所が、シュライゼンの住んでいる王宮(・・)なら尚更。



「王宮に一時期でもいた者としては………()のお母君と私は知己の間柄でしたので」


「………………そうだったな」



 その縁もあって、我が家に来たのだから。もう随分と前のことなので少しおぼろげにはなっていた。



「よく似ていらっしゃいますな、ご母堂と」


「そうだとも、俺の母上そっくりなんだぞ!」


「シュラ⁉︎」



 いきなり背後から声が上がったので振り返れば、ソファの背もたれに腰掛けてたシュライゼンが嬉々とした表情で俺を見下ろしていた。



「これはこれは、シュライゼン様」


「相変わらず、シェトラスは驚かせ甲斐がないなぁ?」


「貴方様は父君とそっくりですからね」


「よく言うが、そんなにもかい?」


「ええ、本当に」



 それは俺も否定は出来ない。


 今はないが、あの方がお若い頃はそれはもう俺やレクターを含めて、数々の珍事に引き合わせてくれたのだ。


 それを同じかそれ以上に側で見てきた本人の息子に継承されてないわけがない。



「む? またチャロナのパンかい!」



 そして、食については人一倍貪欲だ。


 卓に乗ってる残りのパンをすかさず手に取り、白パンの方を割りもせず豪快にかぶりついた。



「ん、んんん! 普通の白パン以上に柔らかくてうんまいぞ! 中にこれはトウモロコシか〜面白いなぁ?」



 ひとつだけ食べ終えると、別で用意してあった香草茶を勢いよく飲み干したが、いきなり琥珀色の瞳を細めた。



「ひとまず……父上には報告だけしたよ」


「……なんと?」



 あれから何も報せがなかったと言うことは、シュライゼンが引き止めておいたのか。よく出来たものだと関心したが、奴は大きく息を吐いた。



「真っ先に会いたがってた……けど、俺の判断で押しとどまっていただいたよ」



 ソファから離れ、カーテンを開けたままの外を見に窓に近づいていったが、チャロナを探してるわけではあるまい。


 おそらく、俺に今の表情を見られたくないのだろう。



「今の環境に馴染もうとしてるのもだが、あれだけ生き生きしてる妹を見ると……王宮(・・)には引き取れないさ。セルディアス王国、第二継承者となり得る行方知れずだった王女……亡き王妃(母上)の忘れ形見は、ずっと会いたかったんだぞ」



 現国王の唯一の娘。


 そして、目の前で俺に背を向けてる王位第一継承権を持つ王子の妹。


 それが、チャロナの本当の身分だ。


 俺が本来、使用人なんかにして良い相手ではない。



「あの戦争がなければ……変わってたかもしれないさだめ……それが巡り巡って、婚約者候補だったカイルのとこに来たのは……これぞ運命と言うのかもしれないぞ?」


「……それは、つまり?」



 以前から予想はしていたが、俺はもう受け入れる覚悟は出来ていた。



「カイルキア=ディス=ローザリオン。仮初めでも構わない、婚約者として我が妹『マンシェリー=チャロナ=セルディアス』を庇護してくれ」


「はっ」



 俺は振り返った将来の主君に、シェトラスと共に跪いて応えた。


 俺が頷けば、シュライゼンは安堵したかのようにゆっくりと息を吐いたが。



「なーんで、ホムラ皇国まで使いが亡命したかはわからないんだが……せめて、名前まではそのままにして欲しかったんだぞ」


「……そうだな」



 チャロナの名前は、何故か逆にされていた。


 俺も、元の名前を知ったままで冒険者の時に探していたが、見つかるはずもない。


『チャロナ』と言う洗礼名のまま名乗ってたのならば、無理もないからだ。


 それを知るのは、今は行方不明になっているその使者だけだ。

この後、人物紹介を加筆修正させたものを連続更新です!

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