98-3.おばあ様と(アイリーン視点)
お待たせ致しましたー
*・*・*(アイリーン視点)
(うふふ、うふふ!)
ダメ元で教えていただけると思いませんでしたわ、王女殿下のいにしえの口伝を!
しかも、殿下……お姉様の異能の一片をいただく形になろうとは。
表面が少しつるつるとした不思議な手触りの二枚の紙。
そこには、今日作ってみた二種類のアイスクリームのレシピが書かれている。しかも、挿絵付きでとてもわかりやすい。
これを、お姉様はロティちゃんに頼めばいくらでも出来るようですが。
絶対絶対、お父様以外にはお見せしませんわ。おばあ様には少し悩みますが。
「あら、アイリーン。おかえりなさい」
転移で戻った直後に、考えていたおばあ様のエリザベート様と遭遇してしまった。
紙は折らないほうがいいだろうと手に持ったまま。
普段書類を触ったりしないわたくしの手元にあるべき物ではないですから、絶対気にされますわ!
「た、ただいま戻りました」
「今日は、カイルキアの屋敷に行っていたとデュファン殿から聞いてはいたけれど」
「は、はい。……おばあ様、王女殿下のマンシェリー姫様の事はご存知ですの?」
「ええ。今日陛下よりお聞きしたわ。今は使用人であるけれど、いずれは城に戻すと」
「そう……ですの」
陛下であられる、アインズバック伯父様がここに来られた。
亡くなられたアクシア王妃様がおばあ様にとって大事な姪御様であったことへの謝罪かもしれない。
その事と、お姉様が戻られたことについて色々謝罪されたのかもしれないですわ。
伯父様にそう多くはお会いしないわたくしでも、それはたやすく想像出来た。
「それで。姫にお料理を習いに行ったのかしら?」
「は、はい。この紙も殿下からいただきましたの。レシピについてですわ」
「見せてもらっても?」
「……どうぞ」
ああ、やはりおばあ様には見せなくてはいけないことに。
けど、別におばあ様はレシピを悪用するような方ではありませんので、大丈夫だとは思いますが。
おばあ様は紙を受け取ると、さっと目を通されてから目を見開いた。
「これは……何なの? アイスクリームだなんて私も知らないわ」
「おそらく、いにしえの口伝だと思いますの。あの……殿下の事はどこまで?」
「陛下から転生者であることは」
「ここだけのお話ですが、殿下は異世界からの転生者ですの」
「……場所を移しましょう。ここでは使用人の誰かに聞かれてもおかしくないわ」
「はい」
たしかに廊下で話していい内容ではないので、今回はおばあ様の私室に入らせていただき。
改めて、レシピの紙をご覧になられてからお話なされた。
「この紙もだけど、姫が所持されてる異能は相応以上に素晴らしい物なのね?」
「はい。いにしえの口伝……もしくはそれ以上に素晴らしいお料理ばかりでしたわ」
「ふふ。それなら、私のは大した事はないでしょう」
「そ、そんなことありませんわ、おばあ様!」
わたくしがこの方より伝授していただいたクッキーもですけれど、どれもこれも素晴らしいお料理ばかりですわ!
この方の教え子はそう多くありませんが、屋敷の料理人達も舌を巻くほどですもの。
そんなおばあ様のお料理が、大したことがないと思えませんわ!
「いいえ、アイリーン。以前にいただいた、姫のパンを食べた時から思っていたの。同じ異能でも、私のとは比べ様もないと」
「お、おばあ様も異能を?」
「ええ、【 豊穣の恵】と言ういにしえの口伝を一部だけでも再現出来るものなの。けれど、姫のようにパンまでは作れないわ」
ですが、それでもいにしえの口伝を再現出来る。
チャロナお姉様のように、前世の知識があるようにレシピがなくとも。
それでも偉業でありますのに、おばあ様は例の大戦があったから、ローザリオン公爵家が必要以上に狙われぬように隠していたと。
それを、亡くなられた伯母様も生前納得されてたようだ。
けれど、今日伯父様がいらっしゃった時に打ち明けられたそうで。
近いうちに、お姉様にはお会いになられるようだ。
「お姉様、きっとお喜びになられますわ」
「そうだといいけれど……それと、アイリーン。このレシピをいただいたのは?」
「お母様の食欲があまりありませんので、甘くて冷たいものでしたら大丈夫かと思いまして……お姉様にお願いしたのですわ」
「エディフィアのね。たしかに、拝見しただけでも美味しそうだわ。これ、明日作るのかしら?」
「その予定ですわ」
「……私も手伝わせてちょうだいな?」
「おばあ様が?」
「いにしえの口伝……いいえ、異世界の料理に興味は持つもの。いいかしら?」
「大丈夫ですが」
少し力仕事があると申しましたが、まだまだ若者には負けないとおっしゃられたので、その晩はお話はそこまでとなり。
翌日には、屋敷の料理長に頼んで、おばあ様と二人でアイスクリームを作ることになりました。
「仕上げに冷却をかけるのね?」
「硬さは、完全な氷の手前だそうですわ」
「なら、他はこの屋敷にあるだけの道具で作りましょう」
クッキーの伝授以来の、おばあ様との共同作業ですが。
クリームを泡立てる時の真剣な表情には惚れ惚れしそうになりましたわ。
さすがは、先代陛下時代の美姫のお一人。
今もとてもお美しいですもの。
「バニラアイスクリームの方は、少し手順が多いですの」
「この湯煎……と言うのが少し難しそうね? ここは、習ってきた人の手本をお願いしてもいいかしら?」
「わ、わたくしもまだ一度しかしてませんが」
お母様のために、失敗するわけにはいきませんわ。
けれど、いただいたレシピの挿絵と交互に見ながら、なんとかクリア出来て。
仕上げの冷却の時も慎重にしましたわ。
「……これがアイスクリーム?」
おばあ様は出来上がってからもすごく気になられたようで、わたくしは味見用に小さくスプーンですくいました。
「どうぞ、おばあ様」
「……じゃあ、いただこうかしら」
バニラアイスの方をひと口頬張ると、おばあ様の顔がほころんだ。
「美味しいわ〜……冷たいのに滑らかで濃厚で。バニラエッセンスの風味も程よいし」
「わたくしも!」
木苺の方をいただきましたが、さっぱりしていて昨日いただいたのと味はほとんど変わりません。やはり、お姉様の教え方がお上手だったからですわ。
「すぐにエディフィアのところへ持っていきましょうか」
「はい!」
二種類のアイスクリームを二つの小皿とわたくし達の分も盛り付けてからお母様の私室に向かうと。
事前にお知らせしてたので、お母様はベッドの上でにこにこされていましたわ。
「お母様……リーンもわざわざありがとう」
「このアイスクリームでお元気を出してくださいましな!」
「私も手伝ったけれど、とても美味しいわよ?」
「まあ、是非」
そして、そのアイスクリームのお陰で少しずつ、お母様の食欲が戻るのでした。
次回は金曜日〜