7-6.頼まれ事
本日はもう一話あります
「すまない。やっぱり、事を急いでしまったように聞こえただろうが……俺は、あの子達に……君のパンを食べてもらいたいんだぞ」
明るい雰囲気を一気に引っ込め、今にも泣きそうな顔になっていく。
今日出会ったばかりの人でも、よっぽどその子供達が大好きなのだろう。
一度だけ、ちらりとカイルキア様の方を向けば、ちょうど目線が合って、彼は軽く頷いてくださった。
「……シュライゼン様。その、子供達はどう言う経緯で?」
「……ん? ああ、君も経験した身寄りのない子供でも。特に、戦災孤児だ」
「この国で、戦争が……?」
「10年前には鎮圧させたんだぞ? ただ、復興まで時間がかかるのは当然。親を失った子達もいる。俺が資金援助してるいくつかの孤児院は、そう言った子達を預かってるんだ」
私よりも、酷い環境で育った子達。
それに、シュライゼン様は今なんてことのないように言っていたけれど、私が住み始めたばかりの国で少し前にそんな事態があるとは思わなかった。
でも、それは平和ボケしてた前世での経験。
いくらこの世界がファンタジーに溢れかえっていても、どこの国も平和であるとは限らない。私が育ったホムラ皇国も、かつては戦争があったと言われていたから。
(…………けど、それは昔過ぎる話。シュライゼン様がおっしゃってた子達はまだ最近の話だ)
それと私は、『チャロナ』だろうが『千里』だろうが、頼まれ事には弱い。
「…………旦那様」
「なんだ?」
けど、自分の一存で決めていい雰囲気になっていても、まずは雇用主にきちんと了承を得たい。
「ロティの能力を隠すのには、ここで作った方がいいかもしれないですが……その子達に届けても、いいですか?」
「……そうだな。異能はそう簡単に見せるわけにはいかない。これの頼みだ、叶えてやってくれ」
「はい!」
「チャロナ、カイルぅ!」
「おい、シュラ!」
私が頷くと同時に、シュライゼン様がソファから飛び上がって、向かいに座られていたカイルキア様に抱きついていった。
当然、カイルキア様は嫌がられたので、すぐに脳天に拳を叩きつけてから引き剥がした。
「い……いひゃい……いひゃいんだぞぉ〜」
「俺と同じ年のくせに、相変わらず子供のようにはしゃぐな!」
「俺はいつだって、あの子達と楽しく接したいからな!」
「「「褒めてない(ません)」」」
『でふ?』
「ロティまでぇ〜……」
たしかに、年の割に子供っぽいとは思ってたけれど。理由もなかなかに子供っぽい。
さっきまでのお貴族様の顔はもうなく、お兄ちゃんキャラ全開に戻ってしまった。
ただ一つ、気になることが出来たけど。
「あの……シュライゼン様」
「うー、なんだい?」
「いえ、その。……旦那様、と同い年って本当なんですか?」
見た目だけだと、絶対シュライゼン様の方が年下なのに、少し気になったからだ。
すると、シュライゼン様の目が光った気がした。
「そうなんだぞ。俺とカイルもだが、そこのレクターとも同い年だ! ちなみに、22歳のピッチピチなんだぞ!」
「え……えええぇええええええ⁉︎」
シュライゼン様とレクター先生はともかく、カイルキア様若過ぎ!
アラサーまでとはいかないけど、もうちょっと上かと思ってたのに……私の6つ上?
ここにいるイケメン三人全員が?
「ちなみに、そこのメイミーはぁ」
「シュラ様? 乙女の年齢をそう茶化そうとなさるのは、いただけませんわよ?」
「う゛!」
流れついでにメイミーさんの年齢も言おうとした途端、ふざけてたからかそのメイミーさんご本人から凄まじい黒いオーラが出た!
間近じゃなくても怖くて、思わずロティを抱っこしながらプルプルしてしまったけれど。
「身分差はあれど、私は貴方様より年上に変わりありませんが?」
「す、すすす、すまない、メイミー? だから、その手に持ってるのを仕舞って欲しいんだぞ!」
「うふふ、どうしましょうか?」
たしか、いつの間にかメイミーさんの手にごつい鉄球のメイスが!
あれ生身で受けたら絶対怪我だけですまないよ!
止めようにも、レクター先生からあとはいいからと下がるように言われたので、シュライゼン様を助ける事は出来なかった。
*・*・*
ひとまず、休憩も兼ねて私は片付けもそこそこに自室に戻り。
部屋に入ってからロティに、無限∞収納棚からあるものを取り出してもらった。
『んぅ〜〜、きゃもーん! チョココロネぇ!』
ぱぱんとロティが手を叩けば、彼女の上から引き出しのような光の塊が出現し、開いた途端に二個のチョココロネが登場。
私がすかさずキャッチした。
「……うん。全然乾燥してないし、ビニールに入れてた感じだわ」
出来たうちの二つだけを、実は収納棚に入れておいた。
と言うのも、ただアイテムを入れておくだけでなく食材なんかも入れれるのかなと試したかった訳で。
実際、異空間収納と同じだからか、状態変化もなく出来立てそのままの状態で保管出来るのがわかった。
「少し前にも食べたけど、これも食べちゃおうか?」
『でっふぅ!』
実は私、試食はしていない。
お毒味?はメイミーさん達で大丈夫だったけど、PT加算でレベルアップも近かったから、わざと避けたのだ。
また先にロティに半分以上食べさせて上げて、いざ自分のを食べて口に入れると菓子パンならではの甘さが、口いっぱいに広がった。
【PTを付与します。
『スイートなチョココロネ』
・製造25個=250PT
・食事1個の半分=15PT
レベルUP!
→265PT獲得により、レベル6に!
次のレベルUPまであと1080PT
】
『ご主人様ぁ、時間短縮ぅ試してみまふ?』
ロティは、口周りをチョコだらけにしながら聞いてきた。
「そうね……今日はもうパン作らなくていいから……明日かしら?」
『でっふ! お願いしゃれたパンも、明日でふか?』
「あ、聞いてないや……」
あの状況の中聞く勇気も持てずに、すぐに退室させられたから。
聞くのは少し怖いけど、メイミーさんに聞こう。多分、言伝を聞いてるはず。
「孤児院の子達に、パンかぁ……」
今の自分と同じ境遇も子達に、パンを振る舞うのは別に嫌じゃない。
むしろ、嬉しかった。
いつかは、自分がいた孤児院達の……特にお世話になったマザーに食べさせてあげたい。
それはすぐに無理なのはわかってるから、レベル上げも兼ねて頑張らなくちゃ!
「美味しいパン、いっぱい作ろうね?」
『あいでふ!』
それから、残りのチョココロネをゆっくり食べ終えて着替えてから、私達は別の仕事がないかと厨房に戻っていった。