74-2.色々気になって(ケイミー視点)
*・*・*(ケイミー視点)
あと三日。
あと三日で、あのお姉さんに会える。
「楽しみだね〜、ケイミー?」
「うん、そうだね!」
ターニャと一緒に、談話室で紙に絵を描きながら二人で笑い合った。
「また、カレーパンって言うのかなぁ?」
「どうなんだろう? でも、チャロナお姉さんのパン。全部美味しかったから、次も楽しみだね!」
「また一緒に作れるらしいし、何やらせてくれるんだろ!」
「ねー?」
シュライゼン様が、この間作ってくださったタルタルソースって言うのも美味しかったけど。
お姉さんの方は、今度は何を食べさせてくださるのか。
すっごく、すっごく楽しみ。
だけど、楽しみ過ぎて、あれ以降残念な事も起きている。
「お姉さんのパンが美味し過ぎたから、マザー達のパン残しちゃうよね……」
「無理ないよ。お姉さんのパン、びっくりし過ぎるくらい美味しかったもん!」
「だよな!」
「「クラット!」」
急に割り込んできたのは、私達より一個だけ年上のクラット。
他の子達と確か遊んでいたはずなのに、戻らないのか。私達の話が開けっ放しの扉の向こう側から、どうやら聞こえてたみたい。
私の隣にある椅子に座ると、ぽわーってくらい笑顔になってお姉さんのパンの美味しさを語り出した。
「だって、美味し過ぎだよ、あの人のパン。カレーパンはダントツだったけど、普通のパンもふわふわでむせないし」
「そうよねー。ジャムたっぷりで誤魔化す必要なかったし」
カレーパン以外のパンも、全部全部美味しかったから。
あの日以降、どうしてもマザー達の作るパンが食べにくくて。
私達を含めるほとんどの子供が残してしまってて。
本当に申し訳ないと思ってはいるのだが、知ってしまった今は無理がある。
パンが、あんなにも美味しいものだと知ってしまったから。
「あと三日って、待てねー! 俺も早く食いてー!」
「わかるけど、まだだもんー!」
「二人とも、気持ちはわかるけど落ち着こう?」
気持ちは充分過ぎるほどわかるけど、あと三日。
されど、三日。
食べたい気持ちはわかるけど、我慢するしかないのに。
「だってだって! ケイミーも食べれた辛いパンみたいなのがまた食べれると思うと楽しみ過ぎてしょうがないもん!」
「わかるけど……わかるけど、もう少し落ち着こう! 言い出したの私達だけど、あの美味しさを思い出して今日もマザー達のパン食べられそうにない!」
「けど、無理ねーじゃん。あのねーちゃんのパン、多分街でも食えねーくらいに美味過ぎだったし!」
「「そうかもだけど!」」
シュライゼン様のご厚意で、私達はたまたま食べれただけ。
この孤児院が、王都に次ぐ大都市にあるのだからあの方も来られるだけ。
だから、運が良かっただけでも。
私達は孤児なのに、贅沢な悩みを抱えることになってしまったのだ。
「けど、この前シュラ様が作ってくれた揚げ物も美味かったよなー? 次、ああ言うのが入ってるパンも食ってみてー」
「そんなパンある?」
「そんなパンがカレーパンだったじゃん」
「あ、そっか」
「あらあら、皆待ち切れないようね?」
「「「マザー・ライア!」」」
話に夢中になっていたら、今度は院長のマザー・ライアが来られた。
マザーはいつものようににこにこしながら、こっちに来た。
「チャロナお姉さんのパンは本当に美味しかったですからね? あなた達がはしゃぐのも無理ないわ」
「なー、マザー。マザーよりずっと若い人なのに、なんであんなにも美味いパンが作れるんだろ?」
「それは、私にもわからないわ。けれど、ひょっとしたら神からご加護をいただいてるのかもしれないわ」
「「えー」」
「ふふ」
たしかに、マザー達のお話の中ではよく神様が出てくるけれど。
実際にお会いしたことがないから、幼い私達にはピンとこない。
でも、もし神様がお姉さんにご加護をお与えになられたのなら。
あんなにも、美味しいパンが作れるのだろうか?
ちょっとだけ、そんな思いが私の中に出来た。
「マザー、神様がお与えになられたって、どうして思われたんですか?」
「そうね、ケイミー。神々はこの世に数多に存在して、お目にかけていただいた人間には。技能もしくは、異能をお与えになられるお話は何回かしたでしょう? あの人にも、きっとそのお力があってもおかしくないと思ったのよ」
「パン作りに?」
「ふつー、技能って強くなるためのものが多いんじゃねーの?」
「ええ。冒険者と呼ばれている人達の場合は特にね? けれど、剣を作ったり、ポーションを作る人達もそう言う技能は備わってたり、神からお与えくださったものもあると記録には残っています」
「「へー?」」
たしかに。
そのお話が本当なら、お姉さんに何か特別な力があっても不思議じゃない。
お姉さんの事は、ほとんど知らない事ばかりだけれど。
普段は、何をしてる人なのだろうか?
「マザー。お姉さんって、いつもはどこにいる人なのですか?」
「え。さあ……私も詳しくは知らないの。シュライゼン殿下が、お連れになられた事しか」
「「えー」」
ターニャとクラットは残念がってたけど、私は少しおかしいと思った。
だって、ちょっとでも言うのをためらったマザーなんて、普段はなかなか見られないから。
マザーは、それからお仕事があるからとすぐに出て行ってしまったが。
私は、マザーが扉を閉めてから二人に来い来いと手招きした。
「どした?」
「ケイミー?」
「チャロナお姉さんの事。マザーはきっと知ってるよ」
「へ、なんで?」
「マザー・ライアがあんな風になるなんて、あんまりないじゃない。だから、だよ」
「そう言えば……そうかも」
「私は、お城の人じゃないかと思ってるんだけど」
「「えー?」」
「この前も久しぶりに見たけど、戦争で亡くなられた王妃様と髪の色以外そっくり過ぎたもの」
「「あ!」」
二人とも、やっと思い出したのか。
納得したように手を叩いていた。
「たしかに、似てた!」
「うんうん。そっくりだった!」
「だから……ひょっとしたらご親戚かもしれないし」
「きょーだいじゃねーの?」
「でも、王子様に妹様っていた?」
「あー、知らねー」
「いとこって可能性もあるよ」
三日後の差し入れの時に、聞けるかはわからないけど。
シュライゼン様には、あの時はぐらかされた。
絶対、ご家族だと思う!
「今度は、チャロナお姉さんに聞いてみよう? シュライゼン様、あの日聞いても答えてくださらなかったもの」
「でもさ。知ってどーすんだよ」
「それは……わかんない」
単純に、気になってしまったからだけだけど。
でも、クラットの言う通り、孤児の私が知っても何もならない。
意味がないことかもしれない。
「まあー、いいじゃん。気になった事については仕方ないんだし。お姉さんに聞けそうだったら、聞いてみるでいいんじゃない?」
「ターニャ……」
「ま、そだな」
ターニャの考え方に、少しほっと出来た。
たしかに、気になり過ぎたら色々考えてしまう私だけど、どうこうしたいわけじゃない。
ただ、気になった事は知りたかっただけ。
少し、悪い癖だ。
まだお母さん達と一緒だった時も、なんでも知りたがってたから。
「次の料理習える時、パンが習えるといいよな!」
「そだね。寄せ書きにも書いてみたし」
「私達の年齢は参加出来るけど、どうなんだろう?」
それから私達は、お姉さんに何の料理を習えるか色々話し合っていた。
明日も頑張ります!