71-2.少し久しぶりの来訪
すっごく。
例えるなら、エピアちゃんと同じかそれ以上に可憐で愛らしくて。
まるで、お人形さんが動いてるかのように。
ユリアさんと呼ばれた女性は、私に軽くお辞儀をしてからじっとこちらを見つめてきている。
「先日は……夫フィルドに持たせていただいたパン、ありがとうございました。すっごく、美味しかったわ」
「あ、いえ。喜んでいただけたら何よりです」
声も可愛すぎって、ちょっとだけ羨ましくなったけども。
ご丁寧なご挨拶に慌てて返答をしても、ユリアさんは小さく微笑んでくださった。
「フィルドからの紹介通りに、ユリアと呼んでくださると嬉しいわ。あなたが、チャロナさん?」
「は、はい。チャロナ=マンシェリーと言います。はじめまして」
『契約精霊のロティでふぅう!』
「あら、可愛らしい」
ロティが肩からぴこっと手を上げて挨拶すると、ユリアさんは袖で口元を隠しながらにこりと笑われた。
私とそこまで年の差はないだろうに、すっごく上品な笑い方だ。
これが、結婚している人間とそうでない人間の差なのだろうか?
『おねーしゃんは、ふぃるじょしゃんの?』
「ええ。不肖ながらも、この人の妻よ。子は、まだないけれど」
「なー?」
「お話のところ大変申し訳ありませんが、中にお入りになられては? 徒歩で来られたのでしたらお疲れでしょうに」
「あ、大丈夫。俺達転移で来たから。けど、座らせてもらえるなら、チャロナ。入ってもいい?」
「あ、はい。せっかくですから、今さっき出来たおやつのパン食べませんか?」
「まあ、いいの?」
「はい。たくさんありますから! ゼーレンさんにはいつも通りに」
「ええ。シャミーが取りに来ますからね?」
ゼーレンさんのお仕事はここまでで。
カイルキア様へは、シェトラスさんにお願いすることになり、私はロティと一緒にフィルドさん達を案内してからシナモンロールをお出しした。
コーヒーはお二人とも飲めると聞いたので、また新しくコーヒーを淹れて。
「シナモンロールと言います。お待たせしました」
「また君のパンが食べられるなんて思っても見なかったよー」
「ありがとう。……この香り、今もあなたが口にしたシナモン?」
「はい。クリームにシナモンを混ぜて焼いたんです」
「まあ、可愛らしい」
『美味ちーでふよぉ!』
「そのようね?」
ロティは、なんだかユリアさんの事が気に入っているみたい。
抱きつきはしないけど、彼女の近くに飛んではしゃいでいたりと。
見ていて、まるでお二人の子供みたいに見えるが、フィルドさん達の耳は全然尖っていないからそれは違う。
「上にかかっているのは、お砂糖をソースのようにしてかけてから固まった状態になっています。もろいので、こぼれやすいですから気をつけてください」
「うん」
「ええ」
フィルドさんは少し豪快に、ユリアさんは両手で持ってお上品に口にされると。
「すっご、甘いけど。それだけじゃなくて……あれ、これ干しぶどう……レーズン?」
「すごいです。よくわかりましたね?」
「細かく切ってあるけど、レーズンはよく食べるからさ? このクリーム?独特だけど、パンとよく合う!」
「そこですかさずコーヒーを飲んでみてください」
「うん?…………うっわ、コーヒーがあんまり苦くない」
「…………美味、しい」
ユリアさんも、ゆっくり食べられてからコーヒーを飲むと、ぱあっと華やぐように顔が輝き出した。
ほころんでいく笑顔は、まるでバラのよう。
下手な食リポよりも、ずっと嬉しい気持ちになれて、私も出来るだけ笑顔で返した。
「気に入っていただけて、何よりです」
「砂糖の味も、パンの味と相まってちょうどいいわ。渦巻いている部分の焼いたクリームとも調和してて」
そうして、もう一口食べると、ほっぺが落ちそうになったのか手を添えられて。
「甘いだけでなく、香ばしさもあって。コーヒーで口を洗っても甘さが引くどころか際立つのもなんとも言えない快感だわ」
笑顔以上に、食リポもお上手で。
こっちが照れてしまうけれど、気に入っていただけたら何よりだ。
彼女は、ハムスターのように小さく口を開けながらゆっくりと食べ進め、フィルドさんは食べ終えてからそんな奥さんのご様子を柔らかい笑顔で見守っていた。
ロティも入れて、三人でユリアさんを見つめてても、本人は食べるのに夢中で、カリカリと音が出るんじゃないかって集中して。
全部食べ終えてから、自分が見つめられてるとやっと気づいてから『( ゜д゜)ハッ!』と言う顔になった。
「な、なんで。皆で私……を?」
「俺すぐに食べ終わったから」
「すみません、見つめちゃって」
『でふぅ』
謝っても、ユリアさんは恥ずかしかっただけなのか、少し苦笑いされてから『いいわよ』と言われ。
そして、まだすぐに帰られないのと、私に渡したいものがあるからと、ユリアさんが魔法鞄を取り出した。
「フィルドから、あなたには色々道具があるからと聞いて。食べ物を持ってきたの」
「わ、わざわざありがとうございます」
「手ぶらで来るわけにはいかないもの。えっと……赤い豆なんだけれど」
「赤い……豆?」
どんなのだろうと、ロティと待っていれば。
麻袋にような布袋を一生懸命取り出したユリアさんは。
袋の中に手を入れて、掴んだ豆を私達の前に出してきた。
「これよ」
「これ……って、ア」
ズキ、と言うのを止めた。
だって、それくらい驚いたんだもの。
楕円形の小さな小さな豆は、どこをどう見ても小豆そのもので!
しかも、ざっと見ても2キロ以上ある袋に詰め込まれたそれとフィルドさんを交互に見ても、彼はニコニコ笑うだけだった。
「たしか、小豆って豆だったわ。煮ると美味しいのよ」
「こ、ここここここ、これ、どこで?」
「その情報は少し秘密ね? けど、欲しいならまた持ってくるわ」
「い、いいいいい、いいんですか!?」
「ええ。山のようにあるから、今日はこれだけだけど」
「じゅ、十分です!」
ああ。
これであんぱんとか、あんフランス、あんバター、ロールパン。
色んな菓子パンが出来ちゃう!
手に入らないって思ってたから、本当に夢のようだ。
「ふふ。そこまで喜んでくれたのなら、もっと持ってくるべきだったわね。けど、面倒ならこれを種にして畑があるのなら蒔くといいわ。きっと育つから」
「さ、菜園の人に聞いてみます」
まだ次に植える作物が決まっていなかったから、ちょうど良かったかも。
もちろん、一度ラスティさんに許可をしなきゃだけど。
(さすがに、この豆は巨大化しないよね?)
もしくは、大量発生か。
「チャロナ〜。この豆だと何に使えるの?」
「えっと……甘く煮て、餡子と言うのを作るんですが。それをこの前作らせていただいたようなパンにします」
「へー、甘いの!」
食事向きにするにも、皮まで柔らかく煮なきゃだから扱いが少し難しい。
「美味しそうね。ねえ、すぐじゃなくていいけれど。また食べに来てもいいかしら?」
「俺もー!」
「はい、是非」
今からじゃ、いくら時間短縮を使いまくってもロティが倒れてしまうかもしれないから、そこは助かった。
「やっほー、チーちゃぁん! おやつもらいに来たわよん!」
「あ、ゆ……マックスさん!」
お腹が空いてやって来られたのか、悠花さんが勢いよく扉を開けてきた。
専用の扉に行けば、エイマーさんが対応してくれるのに、私に用があったのだろうか?
「あら……って、たしかフィルド?」
「やっほー!」
「お邪魔しています。はじめまして、妻のユリアです」
「へー?」
悠花さんは、オネエ?モードを引っ込めて、普通の男の人の顔でユリアさんの方を向いた。
「なに、奥さん連れてきたのか?」
「この前のパンのお礼しにね?」
「なーる?」
「今、彼女にパンに使えそうな食材を渡しました」
「食材?」
「チャロナには、普通のプレゼントより喜ぶんじゃないかなって、小豆あげたんだー」
「!……どっから手に入れたんだよ」
「秘密! て言うか、いつものに戻りなよ。ユリアは君の口調程度で別に態度変えないよ?」
「……そーう?」
「はい。少しだけ夫から聞いてます」
「そ」
そして、その後は悠花さんがシナモンロールにうっとりしながら、フィルドさんと雑談を交え。
お二人が帰られるまで、私もロティと一緒にユリアさんとお話をするのだった。
明日も頑張ります!