60-2.とびきりメンチカツサンド②(エスメラルダ/ピデット/ライオネル視点)
今日はバラバラ
*・*・*(エスメラルダ視点)
昨日頼んだとおりに作ってくれたとは言え、どんな代物になっているのか。
昼の時間になってから、あたいは野郎どもと弁当の箱を開くことになり。
そして、昨日よりもいい出来におったまげたねぇ?
「へぇ〜。昨日よりは食べやすさを重視ってわけか?」
昨日との違いは、大きさもだがパンへの切り込みなどと様々あった。
まず一つは、完全にパンを2分割にしていない事。
パンに半分以上切り込みを入れたところへ、野菜やメインのメンチカツを綺麗に挟み込んでいた。
だからか、全体的に少し横長で。
昨日のように丸も良かったが、あれだと野菜がこぼれたりすると少し食べにくさもあったが。
これは、一日で工夫を凝らしたと言うところか。
(副菜はメインが肉を使ってるからか、野菜の揚げ物っぽい。けど、野菜の素揚げが美味いのもあたいはこの間教わったからねぇ?)
ジャガイモの素揚げだけで、あそこまで美味いのはマジで知らなかった。あれは、この前のパーティーで出されてたやつだが。
ただの皮付きのまま、揚げた野菜と塩のみであれだけの味が出せるとは思いにもよらず。
例の『カラアゲ』っつー若鶏の肉の揚げ物も美味かったが、ジャガイモの素揚げ……フライドポテトっつーのも美味くて美味くて。
ついつい、エールと一緒に飲み食いし過ぎたねぇ。
今日のは、夏野菜だけの素揚げのようだが。
「昨日のも美味かったんだ。今日も期待大だよ!」
『あい、姉御!』
「食おうじゃないか!」
あまり考察してると、唾を飲んで耐えてる野郎どもにも悪いので、さっさと食うことにした。
号令をかけてから、連中は勢いよくメインのメンチカツサンドにかぶりつき、即『美味い!』の言葉を上げたのだった。
(さて、あたいも……)
いきなりメインに食らいつくのもいいが、少し気になってる野菜の素揚げを手に取った。
細長いものが多く、一見キュウリにも見えたがところどころ焦げ目がある。
それと、キュウリにはないツルツルとした皮。
おそらく、これはこの時期が旬のズッキーニのはず。
あと、赤いのはパプリカだろうか。夏を感じさせる野菜の素揚げをパクリと口に入れれば。
「美味い。噛めば噛むほどに、肉厚な果肉を感じさせる。塩だけってのも乙だ!」
メインのメンチカツには、昨夜も食ったコロッケにかかってるソースだと聞いてたからサイドのものを薄味にしたと思いきや。
これはこれで、十分つまみにも通用するしっかりとした味付けになっていた。
「あ、忘れてた! チャロナから一個伝言があったっす!」
『何?』
あたいもそろそろメンチカツに手を出そうとした途端、サイラが思い出したのか慌てて食べる手を止めた。
そして、弁当の中でもデザートのように鎮座してるだけのレモンを手にして。
「味が濃過ぎるから、途中でこのレモンを絞ったのをかけると、また違う味になるって!」
『へぇ〜〜〜〜?』
「どぉれどれ?」
あたいはまだひと口も食べてないから、すぐにはしなかったが。
のちに、それを後悔することになるとは思わなかった。
*・*・*(ピデット視点)
一個、重要な事を忘れていた。
「あ、全部食べるの待ってください! チャロナからの伝言がありました!」
『ふぁに?』
「……遅いぞ、ピデット。あと少しで食べ終わるところだったが」
「す、すいません……」
俺も、メンチカツサンドが美味過ぎて美味過ぎて、すっかり忘れていた。
なので、筆頭庭師のライオネルさんに注意を受けてから、俺は弁当箱にちょこんと鎮座していたレモンを手に取った。
「今日のも美味いですけど、味付けが濃い目じゃないですか? この前のレモンの汁をかける事で後味をさっぱりしてくれるようです」
「……ほぉ。ただのデザートではなかったのか?」
「うぃっす」
なので、残ってたメンチカツサンドにしっかりとレモン汁を振りかけて。
見た目は全然変わってないけど、いざひと口!と頬張れば。
それは、予想以上の味付けに変化したのだった。
「……柑橘の香りに加えて、酸味が程よくソースと肉の脂身を和らげている? これは、美味い!」
あんまり口数の多くないライオネルさんをここまで饒舌にさせるのも、あの王女様の腕のお陰だろう。
それくらい、レモンをかけただけのメンチカツサンドの美味さは言うまでもなく。
昨日と同じか、少し趣向を変えた酸味と旨味を含んだ黒いソースとメンチカツ。
それだけでも、十分なハーモニーを奏でていたはずなのに。
そこへ、新展開を見せてくれた、レモン。
これが加わった事で、濃い味付けだったメンチカツとソースをさっぱりさせてくれるのだ!
(うんま!)
こんな揚げ物の調理法もだけど、食べ方があるだなんて思いもよらなかった。
んでもって、一人二個あるので思う存分食べられる。
付け合わせに近い、野菜の素揚げにもレモンをかけると塩味とちょうど良くて、これもまた美味くて。
食べ終えてから、何故かライオネルさんが弁当箱を返しに行くからと言う以外は、皆張り切って仕事にとりかかるのだった。
*・*・*(ライオネル視点)
なんだったんだ、あの食べ方は。
ひと手間加えるだけで、さらに食事が美味くなるとは思ってもみないことで。
俺は、ひとつだけ確認したいことがあったのでいつもは下っ端のピデットに頼んでいた弁当箱の返却を自分で返しに行くことにした。
無論、目的はあの王女様だが。
正確には、レモンの活用法をお聞きしたい。
他にも、どんな食べ方が合うのか気になってしまい。
まるで、子供のようにそわそわしながら厨房の裏口に向かった。
「…………すまない。弁当箱を返しに来たんだが」
通用口を開けて、少し大声で中に呼びかけると……出てきたのは、自身の契約精霊を連れてやってきた王女様だった。
が、ここでは表面上敬意を払う相手として扱ってはいけないので、別部署の上司として接しよう。
「はーい。ありがとうございます……?」
「? あ、ああ。あまり直接会っていなかったな。庭師の筆頭……ライオネルと言う」
「あ、ピデット君の? 改めて、はじめましてチャロナです」
『ロティでふ!』
「……ああ。よろしく」
口下手な俺でも、どこか話しかけやすい雰囲気をお持ちのお陰ですんなりと言葉が出てきた。
が、目的を遂行しなくてはならないので、魔法鞄を渡す前に質問することにした。
「ひとつ、聞きたい。今日ピデットから聞いたが、揚げ物に柑橘の果汁を絞るだけで……あれだけ味が変わるのをどこで知ったんだ?」
「え、えっと……育ったところ、からでして」
「……そうか」
この王女様は他国で育ったと聞いていたが。
農園の果樹類の手入れも手伝う俺は、師らから様々な活用法を教わってきたと自負していたのに。
どこで、あのような調味料として使う方法があるのかと知りたかった。
が、いきなり話しかけてきた相手が追求し過ぎては、見た目怖いと思われがちな俺をさらに怖がらせてしまうだろう。
「……なら、あれ以外でもレモンを料理に出来る方法はあるのだろうか?」
「えと……気に入られたんですか?」
質問を変えると、王女様はきょとんとした面持ちになられ、俺の事を怖がってるようじゃなかった。
自他共に認める面構えの悪さだが、この方はそれだけで臆する感じではないらしい。
「……ああ。もっと早く知らせろと、ピデットを殴りそうになるくらいにはな」
「な、殴?」
「実際には殴っていない。安心しろ」
「は、はあ……? えと、食事の方ですか?」
「菓子でもあるのか?」
「はい。ケーキやクッキーにでも」
「…………今日は、難しいか?」
「あ、すみません。マックスさんのリクエストで、卵を使ったお菓子を作るんです。また明日とかでいいですか?」
「ああ、構わない」
他にも活用法がまだまだある。
その事実を知れただけでも朗報だ。
そして、次もまた美味い飯や菓子が食えることは日々の糧にもなる。
ただでさえ、この屋敷で出される料理は俺のような下々の人間でもご馳走でしかなかったのに。
この王女様が加わった事で、完成形を見出せたような気がしてならない。
最も、調理の技法が不得手な俺にとっては食べさせてもらうだけしか出来ないが。
「……入り用な柑橘があれば、俺に言ってくれても構わない。ラスティとは別で、果樹達の手入れもしてるんでな」
「わあ。じゃあ、レモンパイとかチーズケーキがいいですね?」
「……頼む」
どちらも聞いたことのない菓子だが、この王女様の手にかかれば、どちらも美味に違いない。
そう思いながら、俺は魔法鞄を彼女に渡し、気分良くそこを後にした。
明日は幕間でーす