59-3.魂消たソース(シャミー視点)
*・*・*(シャミー視点)
いやぁ、ほんまほんま驚いた。
ついさっきの出来事だったが、俺はあの衝撃が夢にまで出てきそうかと思いかけて。
思わず、使用人棟の自室に戻ってから、舌舐めずりをした。
「あの王女はん、何者や?」
風呂の準備をしながら考えてみても。
ひと月以上前に、旦那様が出先で見つけて来られた以外、俺らにも特に知らせてくださらない事情。
そりゃ、ある日突然、亡き王妃様の姿絵そっくりのお嬢さんが使用人になってて。
なんで調理人になっとるん!?と、ツッコミ入れたくなったんやけど。
実際は、笑顔の可愛い、ええ子過ぎて。
執事長からも、王女様と言うのは伏せて接しろとだけ言いつけられただけで。
自然と、あの王女様は、ええ子なお陰か俺ら使用人達ともうまく打ち解けてて。
特に、旦那様の幼馴染みでもあり、元パーティーメンバーでもいらっしゃったユーシェンシー家のマックス様とは異常に仲がええんやけど。
あれは、異性と言うよりほぼほぼ同性のつもりで接しているようなそうじゃないような。
まあ、そこは大して接していない俺が考えても仕方ないので。
とにかく、今日の夕飯がムッチャクチャ美味かった事についてや!
俺は、一日の仕事を終えて同期と食堂に行ったら、ありえんもんがコロッケにかかってておったまげたんやな。
『な、な!』
『なんや、この黒いの。チャロナちゃん、失敗したんちゃうん?』
『いいえー。こう言うソースなんです』
『『はあ?』』
三個皿に乗せられたコロッケは、料理長達の手製やから見るからに美味そうやったんやけど。
そのコロッケを台無しにしたかと思うような、真っ黒ながらも酸味の強いソースがたっぷり染み込んでしまってて。
コロッケ言うもんは、ケチャップと食うもんだと俺はオカンから教わってきたのに、この王女様はその常識を……いや、違う。
この方がこの屋敷に来てから、俺達の常識はあり得んくらいにまで覆えされてきた。
今日のメンツカツサンドもやし、ならこのコロッケにかかってるソースもなんか隠し玉があるに違いない。
俺は同期の腕を引っ張って、とりあえず空いてる席に座ると。
『うっま! このソース、無茶苦茶うっま!』
『『サイラ??』』
たまたま逆隣に座ってたんは、王女様といっちゃん仲がええ奴。んでもって、農園の隠れた美少女エピアの心を射止めた小憎たらしい奴!
……そこは、もうしょうがないことやからええとして。
今も、エピアは美味しそうにコロッケ食うているし。
じゃなくて、
『……そんな美味いん? このソース?』
『うん。めっちゃ美味いって! 騙されたと思って食ってみろって!』
『…………明日のメンチカツにも合うって』
『『マジか!』』
サイラを疑ってるわけやないけど、美少女の言う事はもっと疑わん!
これが、これが明日もあるって事は……期待以上の出来という事。
何を怖れている、ただ単に黒いソースやってことだけ。
王女様の飯は全部美味いんだ!
そう意気込んで、トレーをしっかりと置き、簡単に神への祈りを済ませてから急いでフォークとナイフを手に持つ。
『『いただきまーす』』
サクッとナイフから伝わってくる、コロッケの衣はよく油が切ってあるのか多少冷めててもサクサク感が残ってて。
そして、肝心の黒いソースは、と皿に流れている部分のをほんのちょびっとつけて……おそるおそる口元に持っていく。
んでもって、勢いよく口に入れれば!
『……な、なんやこれ?』
『う、うめぇ……!』
『な、な?』
『……チャロナちゃんの作るのは全部美味しい』
ほんま、二人の言う通りで。
コロッケ自体は言うこともなく、サクサクのホクホクで。
その衣にわずかにつけた、黒いながらも濃厚で酸味の優しいソース!
酸味と辛味が、絶妙なバランスで油っこいものをくどくさせず。
そして、コロッケを食べただけなのに、『美味しい』が口の中で強調されて、とんでもない幸福感を得られて。
いつまでも食いたくなるような、信じがたい感動。
ただコロッケを食べただけなのに、なんなんやこれ!
『三つもあって正解や! お代わりしたくなる!』
『それと、これ。パンに挟んでも美味しいらしい……』
『『マジか!』』
だったら、試さないと、と思い実行したらまさにその通りで。
その美味さにまだまだ足りへん!とお代わりをしに行こうとしたら。何故か立て札がカウンターに置かれていた。
《食材の関係で、今日はお代わり出来ません》
最初に見とらんかったんで、俺は思いっきり撃沈したわ……。
「……けど、明日もあのソースが食える」
お代わりがない代わりに、明日の弁当……メンチカツサンドにも使うからと王女様が説明してくださって、俺らは天にも昇る気持ちになったわ。
同じ揚げ物でも、肉がぎょーさん詰まったあの揚げ物にでも、さっぱりした味わいのソースはきっと合う。
いや、コロッケ以上に合うはずや。
貴族ではないが、商家の出身でそこそこ舌の肥えた俺でもそれはわかった。
「ほな、風呂いこ」
そして、男の大浴場に向かう途中。
少し遠目にやけど、エピアと王女様が仲良う話してる姿が目に見えてきた。
「今日の、すっごく美味しかった」
「あのソースがうまく出来たお陰だよ。エスメラルダさんには本当に感謝しなくっちゃ」
「何を分けてもらったの?」
「醤油って調味料」
「しょうゆ?」
盗み聞きやないけど、美少女二人の姿はそれはもう絵になってて。
一瞬すれ違いそうになったが、なんか罪悪感を抱き始めて物陰に思わず隠れた。
「あれがあるだけで、全然違うんだー。お酢とか色んな香辛料も使うんだけど」
「奥深いんだね?」
「うん。明日のお弁当も楽しみにしててね?」
「うん!」
なんて事のない会話だったが。
俺は二人が行ってから顔を出すと、改めて王女様は普通の子として育ったんやなと実感した。
「……なんで、旦那様打ち明けへんのやろ?」
と、使用人が勝手に言っても通る話題ではないし。
ひょっとしたら、彼女の知らないところで動いているのかもしれない。
だから、俺は。
執事長に言われた通り、あの子を普通の子として扱うしかなかったのだった。
何気に好きなサブキャラになりつつあるー
明日も頑張ります!