57-2.ジャムパン実食(メイミー視点)
ジャムパン実食
*・*・*(メイミー視点)
んもぅ、全くあの子ったら。
よっぽど、チャロナちゃんの事を気に入っちゃって、隙あらば探しに行こうとしちゃうんだから。
たまたま、昨日と今日は泊りがけでこっちにいるだけだって言うのに。
「今度はどこまで探しに行ったのかしら……?」
お昼寝の時間が終わって、さあ着替えましょうと準備をしてた隙に部屋から出て行ったもの。
もうよちよち歩きの年齢じゃないから、パタパタと逃げ出すので結構早い。
そんなわんぱくなところは誰に似たのやら……私も結構走る事が多いからあの子の事は言えないわね。
とにかく、姫様のところなら厨房だろうからと、一階に降りて行く途中で。
何故か、あの子を抱えたエイマー先輩と出会ったわ。
「……おかーさん」
「ほら、探してたじゃないか。ちゃんと謝るんだよ?」
「…………ごめんなしゃい」
「まあ」
先輩の言う事はよく聞くけど、こんな素直に謝るのは少し珍しいわ。
エイマー先輩、何か説き伏せる理由を作ってくれたのかしら?
先輩からサリーを受け取ると、サリーは私の服をぎゅっと掴むと。
「いい子にしゅりゅから、おやつ取らにゃいで」
「? おやつ?」
「ひ……チャロナくんのパンだよ。今日はまた新しい甘いパンなんだ」
「あら、それで大人しく連れて来られたの?」
「……ダメ?」
「そうね〜」
おやつに釣られるだなんて、子供らしい可愛い事だけど。
きちんと私に謝ったし、今回は許してあげようかしら?
「じゃ。今からおやつの時間まで、逃げ出さずにいい子にしてたら。チャロナお姉さんのおやつ、食べてもいいわよ?」
「ほんと!?」
「ええ」
結構甘い条件だけど、この子の年齢と性格を考えたらこのくらいがいい。
普段は、私がいない生活をしてるのだから、ここにいる間は私にいっぱい甘えたい。困らせたい。
だから、構ってほしくて逃げ出したりするが、今回は今回。
きちんと謝れたのだし、許してあげよう。
そして、先輩と別れてからサリーはメイドの控え室で本当にいい子にしていて。
約束のおやつの時間になったら、自分で歩くって、一緒に手を繋ぎながらゆっくりと食堂に向かう。
おやつの時間は、屋敷にいる様々な職種の使用人達がいるので必ず食堂で食べるわけじゃない。
私もその一人だったけど、今日はこの子がいるから副メイド長のアシャリーにお願いして仕事を変わってもらい。
ゆっくりゆっくり食堂に行くと、サイラを含める下っ端の子達が、魔法鞄をぶら下げて出て行くところだったわ。
「すっげーでかいパンだったよな?」
「甘いパンだって。早く食いてー!」
「けど、先に食うと怒られっし、行くぞ」
どうやら、今日のパンは一人分でも随分と大きいみたいね?
(いったいどんなのかしら?)
塩っぱいのから甘いものまで。
なんでも美味しい、姫様独自の錬金術で生み出されるパン達。
サリーには、昨日と今日の食事で少し食べさせたけど。いつもは残すはずのパンに、すっごく食欲を見せてくれた。
やはり、少し前まで私も口にしてた、あの食べにくいパンは子供にも受けが悪かったという事。
出来れば、この子にも毎日食べさせてあげたいが。ラシェイト家の先代夫人……夫のお祖母様には、まだまだ認められていないから、それは出来ない。
だから、一緒にいる今だけは、サリーにも知ってて欲しい。
本当に美味しいパンと言うものを。
「こーんにちはー! おねーしゃん、きまちた!」
「こんにちは、二人分のおやつをもらいに来ました」
「あ、メイミーさん。サリーちゃん、お待ちしてました!」
カウンターから声をかければ、朝見た時以上に元気に動き回ってる姫様が肩にロティちゃんを乗せて出てきてくださった。
やっぱり、仕事に復帰出来て嬉しいのか、生き生きとした笑顔を見せてくれた。
そして、すぐに引っ込んでしまい、何故かこちら側に出てこられたけれど、その手には。
「わぁあああ、大っきい!」
「まあ!」
姫様が両手に持っているのは、サリーの顔以上に大きなパン。
ケーキのようにも見えたが、クリームも何もない焼いたパンだと言うのがすぐにわかったので、二重に驚いたわ。
甘いパンだと聞いてたけれど、こんなにも大きいだなんて。
「三種類のジャムを包んでいっしょに焼いた、『三色ジャムパン』です! お席に着いてから食べ方を説明しますね?」
「わーい!」
なるほど。
大きいのは、中に何か詰め込んであるから。
それにしては、継ぎ目も詰めた跡も見当たらないけれど。そこは、転生者としての知識を使ったのかもしれない。
ひとまず席に座って、もう一度サリーにいい子にするように言ってから、姫様は私達の前にパンの皿を置いてくださった。
「まあ、これで本当に一人分?」
小さなワンホールケーキくらいの大きさなのに、贅沢に一人分だなんて。
けれど、せっかく作っていただいたんだから、残すのももったいないわ。
「あ、いちご!」
サリーがパンの上にのっている物を指すと、たしかに苺がのっていたわ。
ただし、生のじゃなくて、乾かしたタイプのモノ。
よく見ると、三つに分かれてるケーキのピースのように、それぞれ特徴があった。
一つは苺、一つは凹んでいる、一つはケシの実が散らばっていた。
「サリーちゃん気づいた? その下には、甘い甘いジャムが隠れているんだよ?」
「ジャム?」
「三つとも全部違うジャムだよ?」
『でふぅ』
「え、ケーキみたい!」
「ええ、そうね」
どうやって、漏れもせずにジャムを閉じ込めたかは気になるが。
せっかくのおやつだから、眺めていても仕方ないから、食べることにしよう。
そして、三つに分かれていると言うことは。
「境目をちぎってみてください。ジャムが顔を出しますよ?」
「じゃ、サリー。お母さんがちぎってあげるから」
「うん」
子供の手だと、ちぎる前に汚れの大惨事になる可能性が高いから、母親である自分が進んでちぎることに。
出来るだけ、境目らしい線に沿ってちぎると、まだジャムは顔を出さない。
三つとも綺麗にちぎれたら、待ちきれない我が子は、まだかまだかと私の顔色を伺っている。
これ以上待たせるのも酷だな、と私は頷いた。
「汚れないように気をつけながら食べなさい?」
「! うん!」
そして、自分の手よりも大きい苺が乗ったパンを手に取り、ちゃんといただきますをしてから食べ出した。
「! ふわふわ、甘〜い!」
「じゃ、お母さんも」
見ていて酷なのは、私も。
なので、娘と同じようにちぎってから苺のを半分に割ってみると。
本当に、どう閉じ込めたかわからないくらい、たっぷりの苺のジャムが顔を出してきた。
「美味しー、おいちーの!」
「あらあら」
よっぽど美味しいからか、口周りはベトベトになったけど、予想範囲内だわ。
次のを食べ出す前に拭けばいいかしら?、と少し大きめにちぎったジャムのついたパンを口に入れれば。
なんとも言えない幸福感に包まれたわ。
「〜〜、すっごく甘いわ! ジャムもあんまりさらさらしてないし」
「ジャムにはコーンスターチを混ぜ込んであるんです。とろみがつくので、お菓子作りにも便利ですよ」
「勉強になるわ」
サリーへのお菓子作りに、いい参考になるわ。
残りのジャムは、凹んでいるのがブルーベリー。ケシの実の方はラズベリー。今が収穫時期の、美味しいベリーが詰まった逸品だわ。
途中何度かサリーの口元を拭いたけど、二人で美味しくいただいたわ。サリーには少し多かったけど、残さず食べてくれたわ。
「けふ。おいちかった!」
「ごちそう様は?」
「ごちしょーしゃまでちた!」
「ふふ、サリーちゃん頑張ったね?」
「本当に、おいちかったもん!」
けど、問題はこの味を覚えたら、ラシェイト家のパンが食べられなくなるわ。
それだけは、どうしようもないことだけれど。うちの旦那様にあとで魔法鳥を届けるしかないわね。
「おねーしゃん、どうちたらこんにゃにおいちーパン作れりゅの?」
『ご主人様だからでふ!』
「にゅ?」
『ロティとご主人様だから、作れるパンなんでふ!』
「しょーなんだ?」
多分、全部はわかっていないでしょうけれど。ロティちゃんの曖昧な言葉が助け船になったわ。
まだサリーには、姫様の異能を教えるわけにはいかないもの。
「本当に美味しいおやつをありがとう、チャロナちゃん。サリー、しばらく来れないからって、お家のパンもちょっとは食べるのよ?」
「えー」
「一生懸命作ってくれた人のご飯は、きちんと食べた方がいいよ?」
「にゅ?」
姫様は屈んでから、サリーの髪を撫でてくださり。
出来るだけサリーにもわかりやすい言葉で諭してくださると、サリーは少し考えてから頷いた。
「次の楽ちみにしゅる!」
「じゃあ、お姉ちゃんも頑張るね?」
「わーい!」
ほんと、微笑ましい光景だわ。
姫様も、旦那様とご一緒になられたならば。
遠くない将来、ご自身の御子にもこのように言い聞かせるのかしら?
そして、お皿を片付けして控え室に戻ると。
お腹いっぱいになったサリーは、予想通りに眠ってしまい。
ラシェイト家の使用人が来るまで、結局起きなかったわ。
「……お願いするわね」
「はい。奥様も」
サリーの乳母が、また悲しそうな笑顔になって去って行くのを見送り。
将来のラシェイト家の跡継ぎ……サリーの弟を産まなきゃならないのを。もう一度、ギフラ様にかけあった方がいいかしら?と、魔法鳥に書き加えようと決めたのだった。
明日も頑張ります!