55-2.先生に会いにいきましょう②(レクター視点)
お待たせしましたぁああああ
*・*・*(レクター視点)
夏とは言え、まだ初夏だからか。
適度な日差しと陽気さが目立ち、そこまで暑さを感じさせない。
「のどかだなぁ。お茶も美味しい……」
チャロナちゃんの体調も順調に回復しているし、さっきエイマー先輩から1時間だけロティちゃんと散歩に出ていると知らせがあった。
流石に、ずっとこもりっぱなしにさせておくのは精神的にもよくはない。今朝早く診断した時も、熱は引いてたし、寒気などの風邪の症状も見当たらなかったから、僕も先輩の提案に賛成だ。
だから、直接姫に伝えずに、こうしてカイルの執務が始まるまで診断室で片付け物をしてる以外はのんびりしているが。
そろそろ、それも中断させて執務室に向かった方がいい。
そう思ったら、窓から何故かノックが。
「……魔法鳥?」
しかも、形作っている紙の材質からカイルからのと言うことはすぐにわかったが。
彼は彼で、この時間帯はそろそろ自主稽古が終わった刻限。
何かあったのだろうかと、窓を開けて紙の鳥を入れてあげ。手に乗せてから軽く息を吹きかける。
そうすれば、自然に鳥の形が崩れて一枚の便箋となっていくんだが。
「…………は? え、来る……?」
カイルから届けられた魔法鳥には、とんでもない事が書かれていた。
【リーンが昨日姫のところに来たらしい。
しかも、シュラやフィーガスに転移を教わったらしく、いつでも来れる状態になった。
絶対お前のところに行くためだろうから、気をつけろ】
と、あるだけだったけど。
僕の頭を混乱させるには十分過ぎる情報で。
当然、わけがわからず、手にしてたお茶をこぼしそうになった。
「あ、アイリーン様が…………リーン様が、……り、リーンが来る……?」
あの……子が、来る……だと?
いや、たしかに先日の手紙は兄であるカイル宛だったから僕から返事をして良いわけじゃなかったけど……。
まさか、もうやってくると思うだろうか?
しかも、単身で。
父君でいらっしゃる、大旦那様も賛成派ではあったとは言え。
何故……何故、僕のところへ?
(慕われてるとは、ずっとわかってたけど。僕と同じ意味で……?)
あのお転婆が過ぎるお嬢様が、僕に会いたいがために。シュラ様とフィーガスにわざわざ転移の魔法を教わった?
「え……ちょ、ちょっと待って。どうしよう!」
昨日は何故か姫様のところに到着したからか、そのまま帰ったらしいけど。
カイルは、その姫様と彼女の散歩中に鉢合わせたらしく、リーンの事情も聞いたようだが。
この忠告から察するに、今日出直してきてもおかしくはない。
が、まだ転移で来る気配もないから、少し安心ではあるけれど。
「? 先生、どうかなさいましたか?」
「! う、ううん。大丈夫!」
いけない。奥には、助手達が何人か控えている。
彼らもリーンの事を知らないわけじゃないけど、僕の事を……については曖昧で。
なにせ、この屋敷に来るまでは他の貴族の屋敷に仕えていたから。は、今はどうでもいいけど。
とりあえず、彼らをここから出さなくてはいけない。
「す、ストックの魔法薬が足りなかったら、作っていいから!」
「? わかりました」
「じゃ、私達作業室に行きますね?」
「お願い」
無理矢理な指示を出して、彼らには診察室の隣にある魔法薬専用の調合室……通称作業室に行っててもらい。
僕は僕で、彼らが全員出て行ったのを確認してから……何故か床に転がった。
「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで僕なの!?」
いや、僕も僕だけど。
瓜二つとまではいかないが、年々兄によく似た容貌になる、外見だけなら可憐な美少女の彼女が。
なんで……なんでか、その兄の乳兄弟であり、彼女とも幼馴染みのような付き合い、と言うか兄がわりのような感じでしかなかった僕を。
どう言うわけか、『男』として見られてたわけで。
ここ半年は、カイルが当主を継ぎ、僕は魔法医として仕えるからと色々忙しいのをわかって。行動派な彼女も一応は大人しくしてたはずが。
まさか、その期間を利用して、会得が難しいとされている転移の魔法を物にするとは思わないでいた。
「…………半年ぶりに、会いに来るわけ?」
カイルの乳兄弟以外に、将来的に子爵の地位を継ぐだけの、ただの男に。
幼い頃から、結構好かれてたとはわかってはいても。
やはり、それが恋慕に繋がるくらいの好意だと思うだろうか?
『レクターお兄様!』
よちよち歩きが出来るようになってから、遊び相手の一人だった僕をそう呼んでは駆け寄ってきて。
『お兄様大好きですわ!』
これが常だったから、つい最近まで知らなかった。
正確には、あの手紙が来るまでは僕一人が胸にしまっておくだけの想いだったのに。
まさか、それが向こうもだなんて思うだろうか?
『レクターお兄様、頑張ってくださいまし!』
姫様の捜索へと旅立つ時なんて、まだまだ10にも満たない幼い愛らしい少女が。涙を堪えながら、僕にしがみついてただけ。
それは、無駄足に終わっても。再会した一年前には。
もう彼女は、成人前でも、立派な淑女に成長していて。
ああ、もうこれは無理だな……って、自分の気持ちに気付いて封印したつもりなのに。
色々な人にはバレていて、彼女の家族にはむしろいいと賛成されたけれど。
マックスとは違う身分差に、僕なんかでいいのか……ついこの間までの、エイマー先輩のように自信がなかった。
コンコンコン。
すると、ノックの音が聞こえてきて、ひゃっと飛びそうになった。
助手達かな、まさか、リーンが?と思って身構えながらも返事をすれば。
「先生、入ります」
あ、今回は姫様だったかと思って安心してたら。
意外にも大所帯だったので、まさか……と思っていたら。
「レクターお兄様、お久しぶりですわ!」
「!?」
姫様の影から堂々と登場してきたのは、今の今まで考えてた、カイルの妹君であり、幼い頃から見守ってきた愛しい人。
半年ぶりに会う彼女は、また少し大人びていて。
そんな彼女が、ラフなドレスを着ているとは言え、僕の方に向かって駆け出してきて。
僕が驚いている間に、躊躇わずに抱きついてきた!
「お会いしとうございましたわ、お兄様!」
「り、リーン……」
ああ、その笑顔は。
僕が一番に見たかったと同時に。
一番見たくなかった、思慕を体現している愛らしい表情。
もう、僕は自分の気持ちを認めなくてはいけないのか、と、諦めたような感情になり、行き場のなかった手で彼女の髪を撫でたのだった。
明日も頑張ります!