罰
突撃する集団を隠すように、魔法使い部隊の手から一斉に放たれる煙幕魔法。悪あがきでしかない。けど、愚直に姿をさらして突撃するよりはいいだろう。
そしてこの煙幕は私たちの乗る戦車を隠す役割もある。煙幕が晴れた瞬間、突如現れた戦車に防衛側は混乱し、乱れ、鼻歌スキップで玉座を破壊できる素晴らしい作戦だ。
「ハナ、もうオチが見えてるのだが……」
「だ、大丈夫! まだなんとかなるかもしれないじゃん!」
『別に戦車は作戦上重要でもないのでいつでも乗り捨ててください。できれば早めに捨t』
『戦車は火砕流のなかだって進むんです! 戦車に通れない道なんてありません!』
『あっ、はい』
軍神様の名言で01さんを黙らせ、そんなこんなでガタガタ前進。この戦車は一応ゴーレム化してあるので私の意思で動かせるし、後ろの方に燃料を積んであるから手動でも動かせる。
「ハナ様、煙幕晴れます」
透過して上半身を戦車外に出していた姫ちゃんが言う。
私も上に取り付けたハッチから顔す。次第に視界が良くなって、遠くに見えるは南城と味方の背中。うん知ってた。
そして
南城城壁の上がキラキラ光り始め、そこから魔法がガンガン打ち込まれる。
あっちこっちの先頭集団で爆発が起き、前線はドッタンバッタン大騒ぎ!
「ゴブリンさん主砲準備! このままじゃ私たちのけものにされちゃう!」
「おう」
車体正面に着いているのはゴブリンさんお手製主砲。まあ主砲と言っても細長いのじゃなくて、ずんぐりむっくりな大砲を無理矢理付けただけなんだけどね。
「どれを撃つ?」
弾種は二つで榴弾と化学弾(?)
榴弾はお馴染み爆発するやつで、化学弾の方は着弾地点に毒を撒き散らす。ちなみにこの毒は初期型時代に車内に充満していたアレだ。
「毒で!」
「おう!」
ゴブリンさんが何やら操作して
どーん!
音はマヌケだが、寸分違わず城壁上の集団に命中。射程距離や精度は結構いい感じ。
「榴弾もいっとくか?」
うん? なんかゴブリンさんの目がキラキラしているような……?
車長である私の意見を待たずに次弾がぼーん。……お、爆風で何人か城壁から落ちたっぽい。
先頭集団がかなり城に近づき、落ちた人たちに物理攻撃が届きそうな距離になったその時。
「ウォォォォォォ!!!!!」
突然、空気がビリビリ震える様な雄叫びが戦場に響き渡る。
すると
魔王軍は吸い込まれるようにみな進行方向を変え、城壁の入り口へと集まり始めた。
何……?ドユコト?
「城主ダンの、攻撃対象を自分に変更させるスキルです」
「ああ例の……じゃなくて! 効果範囲とか広すぎない!?」
アルクさん対策や敵魔法使い対策としてかなり横に広ーく散らばっていたが、端から端まで全軍ダンさんにまっしぐら。そこに打ち込まれる爆発系の魔法や、爆発する矢。おいおいおい死ぬわあいつら。いやこれ冗談抜きでヤバイが?
「僕が行きます」
ふとジオさんが言って外に飛び出す。
「ウォォォォォ!!」
こちらも負けじと雄叫び上げてリミットブレイク!あ、ジオさん私たち持ち上げて前線運んでくれない?
はやぁぁぁい!
かなり高くなった視点から一瞬で後ろに流れていく地上を見下ろす。
城壁がドンドン近くなり、ジオさんのスピードもドンドン速くなり、……ん?あの、ジオさん?そろそろ減速しないと……
私がそう不安に思い始めたその時。
『魔王軍の皆さん! 至急撤退を!』
珍しく焦った01さんの声がスマホ石から聞こえる。
すると前方にいた魔王軍が途端に攻撃をやめ、サッと両脇に避ける。
『ハナさんたちも衝撃に備えて下さい!』
え?
次の瞬間、浮遊感に襲われる。あ、これヤバイ。
急いでハッチ内に戻ろうとして、最後に傾く視界で捉えたのは
十メートル級(適当)ジオさんの全力キックを受け止める南城城主。
うーん、化け物!
なんとかひっくり返ったりしないで落ちたが、ここで落とされても……
「どうしたハナ? 念願の最前線だぞ?」
いや師匠。うん、そうなんだけどね?
私がこの南城攻略に戦車を使いたかった理由って、ダンさんとがっぷり四つの戦車戦がやりたかったからなんだよね。
でも力完全解放ジオさんの、助走つき全力キックを生身で受け止める化け物とは思わなんだ。こんなのチハたんでマウスに勝つくらい無理!
「なんだハナ? ビビってんのか?」
「え? ビ、ビビビビってないし!」
「じゃあ行こうぜ! パンツァーフォー!」
なんでこんな時に限って常識人がぶっ壊れてるんだろう。……よーし覚悟決めたわ。なるようになれ!
そう決意し、いざダンさんに突撃を敢行しようとするのだが。
「オォォォォ! ウォォォ!!」
さっきからジオさんの雄叫びが鳴り止まない。……というかなんか様子おかしくない?
「巨人族は戦闘民族です。力を完全解放すると少しずつ理性を失うのです」
ネルちゃんがそう言う。え、それってつまり……
「最後には敵がいなくなるか、死ぬまで戦うのをやめません」
ネルちゃんが言う。
何それ初耳なんだけど……今までも何度かジオさんは省エネモードを解除していたけど特に理性を失っているようには見えなかった。つまりこれが本当の力完全開放状態ということだろう。
「その特性上、気軽にこの状態になることはできません。……それだけ敵は強いです」
そうネルちゃんが険しい顔で言う。
ジオさんの攻撃は見えないけど敵を圧倒しているということはないだろう。ペンダントは今ネルちゃんが装備しているのでジオさんは持っていない。
次第にジオさんの雄叫びが苦しそうなものに変わってくる。
どうしよう……
焦った私は、とりあえずハッチを開けて周りを見てみる。
正面にジオさんの背中があってその向こうに南城、敵がいる。多分私たちはジオさんの陰になっていて、攻撃が当たってない。しかしジオさんが倒れたら次は即座にこっちが標的になる。
なんとか榴弾で魔法使いを狙えないだろうか?
私がハッチから身を乗り出して、体を伸ばしたり縮めたりして射線を探しているその時だった。
目の前のジオさんを貫いて、一筋の火矢が飛んでくる。
あっぶな!
私は身をよじって間一髪でかわす。しかし、火矢は私が身をよじってできた僅かな隙間を通って車内に侵入。カンカン!と音を立てて車内を跳ね回る。
「みんな大丈夫!?」
急いでハッチを閉じて、車内を見た私は絶望を知る。
頭に矢が突き刺さり、ピクリとも動かないゴブリンさん。
左腕が肩のところでちぎれた姫ちゃん。
そして、燃料タンクに突き刺さった火矢。
『<ゴルブットリクールン>が撃破されました』
ゴブリンさんの死を告げるメッセージが脳内に響く。一瞬で、こんなにもあっさりとゴブリンさんが死んだ。
勢いよく燃料が燃え始める。
「逃げるぞ!」
師匠が力強くそう言う。
ネルちゃんが車内から飛び出して人化を解き、呆然とした私と苦しそうにしている姫ちゃんを人化した師匠が抱えてネルちゃんに乗る。
「……ジオ! あなたも!」
少し迷いながらもネルちゃんはジオさんを足で掴み、一気に加速する。体力が減った影響だろうか、ジオさんの身体はかなり小さくなっていた。
ネルちゃんへの攻撃は全てペンダント効果で弾かれる。ジオさんへの攻撃もネルちゃんが器用に尻尾で弾く。
……全部私のせいだ。
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もう南城からはかなり離れただろうか。
色々と考えなければならないことがあるのに、初めに思ったのはそんなことだった。
少しネルちゃんの上を移動して、尻尾付近へ行ってみる。一瞬師匠がこちらを見たが、すぐに倒れている姫ちゃんとジオさんに目を戻す。
まだ南城からそこまで離れているわけではないようだ。あまり速度を出すと師匠が気絶しちゃうし、何より重傷者を二人も乗せているのだ。仕方がない。
一瞬南城がキラリと光る。
なんだろう?
刹那、私の右脚を三本の矢が撃ち抜いた。
ああ、これヤバイわ。
私はその衝撃でバランスを崩す。
「ハナ!!!!」
「ハナさん!!!」
二人が私を助けようという動きを見せる。
私は自分でも驚くほどの高速操作で二人を絶対服従モードに変更し、そのまま北城まで行くように命令した。
結局のところ、私は甘かったのだ。後先考えずに行動して、結果として仲間に甚大な被害が出てしまった。
……もう私はこれ以上仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。そのためにも……このまま死のう。
らしくないなと思いながら、私は抵抗せずに、自分から身投げするようにネルちゃんの背中から落ちていった。