小宇宙
作戦が失敗した私たちはほとぼりを冷ますために、森の中に引きこもる。師匠もネルちゃんも警戒に力を入れており、安全は確保されたも同然だった。
しかし、確実な安全とは存在しない。この世に絶対なんてないのだ。どんなに気を付けていたって、明日隕石が降る可能性もゼロではないしね。
まあつまり何が言いたいかと言うと、私たちは現在、背後に、とても心穏やかではいられないほどの恐ろしい圧を感じていた。
よし、落ち着こう。まず、ここは別に高難度ダンジョンではない。ごく普通のフィールドだ。だから、私たちの背後のナニカが激つよボスモンスターってことはないだろう。というか、もしそうなら素直に生を諦める。だって、ネルちゃんも動けてないもん。私や師匠ならともかく、ネルちゃんでも委縮してしまう存在に勝てるわけがない。
ボスの類ではないとするなら、何なのか。一般魔物にネルちゃんがビビるとも思えないので、つまり、プレイヤーの可能性が高い。
きっとレア職で、相手に圧を与えることに特化した職業だろう。例えば『不良』とか、『鬼教官』とか……『人間』とか!
怖い助けて。人間怖い。あれ、そう言えば私も人間だな? 怖い。いつの間に? 私はいつから人間だった? あれ?
私の思考が迷走し、気分がウルトラハッピーで堪忍袋の……この感じどこかで。
「人間という言葉だけでそこまで狂えるのか……ハナの方がよっぽど怖いぞ」
そんな聞き覚えのある声とともに圧が消える。体に自由が戻った私は振り返り、その声の主を見る。
振り返るとそこには、細い木からはみ出す筋肉!!
すぐ横には樹齢数百年はありそうな太めの木がある。しかし、なぜか細い方をチョイスし、結果として顔以外隠れていない筋肉ダルマ。
そう、我らが魔王様である。
「え……何でいるの……」
驚きのあまり、授業参観に来るなと言ったのに親が来た子供みたいな反応をしてしまう。
「まあ、娘の授業参観みたいなものだ。行くのは当然であろう!」
嬉しそうに身をくねらせる筋肉。その動きで細い木は呆気なく折れてしまう。自然は大事にね!
「……普通に声を掛けてくれればいいのに」
「いやそのつもりだったんだが……ハナが予想外の方向に狂っていくものだから、なんと声をかけようかと思ってな」
何? 私のせいだって言いたいの?
「全く、そんな調子で大丈夫か? ちゃんと城を獲れるか?」
うるさいなー。いいからもー帰ってよ。ダイジョブだって。
それから、私はごね続け、何とか魔王様を魔王城へ送り返すことに成功する。これもう実質勇者でしょ私。
ちなみに魔王様との会話中、師匠もネルちゃんも一言も発しなかった。緊張するらしい。……そんな人と友達感覚で話せる私はコミュ力オバケだな?
魔王とのタノシイタノシイお話タイムは思ったより時間がかかったようで、周りは少しずつ暗くなってきていた。
「私は夜でも見えるので問題ないです」
「さすネル! 師匠も引き続き警戒よろくし!」
「了解だ」
さて、私も働くとしようかな! いつまでも師匠たちのスネをかじっていられないもんね。
私は昼間のうちにとっておいたキノコやきのみなどをストレージから出す。
レッツ、クッキング!!
ネルちゃんに火を少しだけ出してもらって、焚き火と松明を作成。包丁は斧で代用。鍋はこの日のために買っておいた。
「ハナ、料理ができるのか?」
「夢○パティ○エール、味○る!ミ○カ、他にも色々! いっぱい観てきたから大丈夫!」
「うむ! 問題ないな! 期待してるぞ!」
「うん! ペットフードから宇宙食まで、何でも作ってみせるよ!」
師匠も私の料理テクを認めてくれたようで安心したよ! 料理の経験はそんなないけど、知識と、完璧なイメトレでどうとでもなるだろう。なんたって、こちとらまい○ちゃんとほぼ同い年。これはもう実質私はまい○ちゃんと言っても過言ではない。同じ霊長目ヒト科だし。
よっしゃ! 早速クッキングスタート!
まずは食材のカット。殻のついたきのみを真っ直ぐに見据えて、斧を上段に構える。
「キェェェェェ!!」
粉砕! 玉砕! 大喝采! ……うん? これは何のセリフだったかな? 多分まい○ちゃんのアマゾンサバイバル編かな?
食材のカットが終わったら、鍋に水を……と思ったが水ねぇや。まあ、食材にも水分は含まれているというし、問題ないよね。ほら、私お米とか固めが好きだし。
粉砕されたイロイロをまとめてポイっと鍋に送り込む。中からパチパチ、やがてバチバチ、最終的に鍋の蓋がずれるくらいの小爆発が起こる。
これは……ビックバンだ! なんてこったパンナコッタ! 私は別の意味で『宇宙食』を作ちまったぜ!
以上、私の調理の一部である。
鍋を開けるとそこには小宇宙の代わりにダークマターが鎮座しておられた。
「見た目がアレな程うまいというのは、通の間では常識だ。……おそらく問題ないだろう」
「ハナさんの手作り……ドラゴンは味にこだわりありませんので!」
「ごめんなさい……もう本当にごめんなさい……」
この二人が食べないという選択をするはずがない。躊躇いなく口に入れていく。私も、少しでも多く自分で処理するために急いで口に運ぶ。
そして私は衝撃を受ける。
何これ美味しい(天下無双)!
師匠たちも同じように感じたようで、次々とダークマターを体内へと取り込んでいく。そしてあっという間に鍋は空っぽになった。
あぁ、なんかスゴい……スゴいよ……これがヘブン。
天使に腕を引かれるように、私は優しく、それでいて急速に意識を失った。