ピンチ
一人寂しく転移した私は、森の中に降り立った。いったんヨシ! ここなら他のプレイヤーに見つからないで隠れていられるかな?
師匠とネルちゃんのいない今、もし攻撃的なプレイヤーに出会った場合勝ち目がないからね。出来れば師匠とネルちゃんが来るまで身を隠して過ごしたい。
その点では森の中に転移したのはラッキーだった。私は早速近くの木に登り始める。
昨日たまたま、某有名動物番組でサルの特集がやってたからね。私は人間様だぞ? サルでもできるんだから木のぼりなんてよゆー……思ったより難しいぞ? サルってすげー。
「ねぇ君、何してんの?」
私の呼吸が止まる。心臓も一瞬止まったように思えた。
やばい……ヒトに話しかけられた。
世界が急にゆっくりになる。
走馬灯? まじで心臓止まった?
幸いなことに、いつもの倍近い速度で心臓さんはお仕事中だった。私は脳もフル稼働でこの局面を生き残る方法を考える。
落ち着け、ここで私が取れる行動はそう多くはない。
1.会話に応じる
馬鹿言うな。絶対ない。なら死んだほうがマシ。
2.無視する
ダメだ。そうしたい気持ちはやまやまだけど、相手の気分を害したら殺されるかもしれない。……ニンゲン……コワイ。
3.ウキー!ウキー?ウホ!ウホー!コケコッコー!!
落ち着け! 落ち着け私!!
そうは言っても他に方法も思いつかず、時間が経つにつれて空気は重くなっていく。私が諦めてドラミングでもしようかと思ったそのとき、救いの神は現れた。
「おい、またナンパしてんのか? いいかげんやめろ」
多分話しかけてきた男の仲間だろうか? 坊主頭に赤いハチマキをして、格闘着?みたいなものを着ていた。
「ちげーよ! この子がなんか木に抱きついていたから気になって声かけたんだよ……キだけに、プッ……」
私に話しかけてきた残念男は少し長めの黒髪にこれまた赤いハチマキ。金属の鎧に片手剣、盾、……パッとしない装備だ。残念な人だね。
笑いを堪えている残念男をチョップで沈めた坊主さんは、私に向き直り頭を下げる。
「このバカが本当にすみません。きつく言っておくんで、許してやって下さい」
残念男の介抱とか……お疲れ様です。
私は苦笑いで手を振ってその場を離れる。
いい人だからって会話が出来るかって言われたら……出来ない。
「はぁ、俺たちだけ仲間と違うところに転移させられるとは……でもあんな可愛い子に会えてラッキーだったなぁ」
「お前、本当にナンパしてたんじゃないんだよな?」
「当たり前だろ? もう少し信用して欲しいぜ……全く」
信用してほしいならもう少し言動を改めてほしいものだ。
「……にしても、本当に何してたんだろうな? 装備も初期装備だし、武器も持ってないし、近くに仲間も見当たらない。もしかして俺たちみたいに仲間と離れたところに飛ばされたとか?」
適当にふるまっているようで、こいつは何気に武器やら仲間やらの確認をしている。……全く真面目なんだか不真面目なんだか。
「そろそろ合流地点だぞ……ん?」
「ん? おっドラゴン飛んでんじゃん! ……めっちゃ急いでんなぁ。トイレか? あんな速度で飛んでるの見たことないぞ」
「馬鹿なこと言ってないで集中しろ。……お、いたぞアイツらだ」
「やっと合流できたな。おーーい!!」
人間は気味が悪いものには近づかない。つまり、話しかけられたくなければ、気味悪がられる存在になればいいのだ!
秘技! ヒヨケムシのポーズ! これでみんなヒヨって話しかけてこないって寸法よぉ!
「ハナさん、お待たせしました!」
「あ、ネルちゃん! 師匠は?」
「だ、大丈夫だハナ……ちょっとネルロが飛ばしてな……ふぅ、よし。問題無い」
「すいません師匠さん……急ごうと思ったらつい」
「構わない。私もハナが心配だったからな。……それでハナ、まあ、その謎ポーズは置いておくとして、何事も無かったか?」
「えーっと、実は……ニンゲン……コワイ」
「どうした急に」
「焼きます!?」
かくかくしかじか。
「災難だったな」
「ハナさんをナンパなんて……許せませんね」
「ナンパされてないから……」
どう考えてもまともに会話できない私がおかしいんだけど……うん、(私に)優しい世界大好き。
「今のとこトラブルしか起きてないけど……ここから先が不安になってきたよ……」
「まあまあ、何はともあれ合流出来ましたし! ここから力を合わせて頑張りましょう!」
「そうだね! ……と言っても私に出来ることなんて……」
「強化魔法、よろしくお願いします!」
「任せて! 頑張るよ!」
ネルちゃんにお願いされてる! 私、頼られてる! 凄い! えへへ、頑張るしかないね!