魔王VS人類8
おーけーまだ慌てるような時間じゃない。城主メンバー大集合の場合だってもちろん想定済みだ。こんな時のために、『ハナちゃん大勝利ばっちりプラン』を考えてある。私に抜かりはない。
まずは最優先事項、ダンにゴブリンさん&01さん制作の毒入り瓶を投げつけに行く。ダンはHPの残量によってステータスにバフがかかる。毒の固定ダメージでHP満タン状態を解除して、少しでも地上組が戦いやすいようにするのが大切だ。
既に魔王軍の多くがダンの咆哮を受けて、ダンにワーッと群がっている。この状態では多少毒に巻き込んでしまうが、仕方がない。今のままでは戦車に群がるアリのようなもので、勝ち目がないのだから。
「ネルちゃん、ダンの上まで……行ける?」
「任せてください!」
ネルちゃんがほぼ垂直に降下する。速度をつけて、アルクやメサリアの攻撃を回避するためだ。ぎりぎりまで高度を落としたところでグインと角度を変えて地面と平行に飛行する。……私にかかる重力がえっぐいけど、なんとか無事だからヨシ!
さて、タイミングが重要だ。難しいことは分からないけど、多分慣性の法則的なやつで、この毒瓶は真っすぐ下には落ちて行かない。目標物の手前で、いい感じの距離になったら手を放して……って、んなもん人力で分かるわけがない。
さーて、絨毯爆撃!絨毯爆撃! 毒瓶は割れた瞬間にモクモクと広範囲に広がっていく。何個も落とせば一帯を毒まみれにできるわけで、そうなればダンにも当たる。その分毒被害は大きくなるけど、このまま一方的にやられてしまうよりはずっといい。
というわけで、ひたすらにストレージに入っている毒瓶をポイポイ。誰かの鎧に、あるいは地面にぶつかったそれらは次々割れて、地面を緑のガスで隠していく。
よし、ダンのいる場所にも毒ガス確認!
「おっけ―ネルちゃん! 一回突っ切ろう!」
ここで上昇をするとせっかくの速度が落ちて的になるし、ネルちゃんの口が上を向くから反撃ができない。この速度のまま敵後衛の上空を抜けて戦場を離れて、安全になったらそこで上昇して反転して戻って来る。
私たちは敵後衛の上空を駆け抜けて、戦場から離れて行く。
ネルちゃんは多少左右に動きながら飛び続ける。まだアルクやメサリアなら狙ってくる可能性が大いにあるからね。……おっと!
そんなことを言っていればネルちゃんの右を光の筋が駆け抜けていった。多分メサリアの魔法だろう。
「流石に、無傷とはいきませんでしたね……」
確認ができないけどネルちゃんの右後ろ脚に矢が二本、左後ろ足に一本刺さっているらしい。ダメージはかすり傷程度だけど、まあアルクはやっぱり当ててくるよね。
「あんま離れるわけにもいかないし、もう少し飛んだら反転しようか」
いつもの倍近いスピードで飛んでいるので、もうだいぶ離れたはずだ。師匠がいたら絶対気絶していただろう。……進化したから大丈夫かな?
流石に今『招集』を使うのは怖すぎる。召喚した瞬間空中に置き去りとか笑えないので、もう少し様子を見てから師匠たちを呼んでみよう。
地面に平行の角度から、じんわりと上方向へ向かう。高度が取れたら反転。この時が一番怖いけど、魔法も矢も飛んでくることはなかったので一安心。
さて、これでちょっと有利が取れた。もしジオさんが万全の状態であれば先ほどの大規模戦闘の時と同じ、バミューダトライアングルちゃんが完成できたんだけどね。まあ、敵を前後から挟めたのだから贅沢は言ってらんない。
警戒をしながら、来た道を戻る。今度は正面から攻撃が飛んでくるのでネルちゃんも回避しやすそうだ。それに高度も取ってるし、多少は安全だろう。
飛んでいるとやがて戦場が見えてくる。どうだ? 戦場を離れたとはいえ、そんな何時間も離れたわけじゃない。ぱっと見はそこまで変わってないように見える。
互角、と言ったところだろうか。こういっちゃ失礼かもしれないが、魔王軍が押されている感じはしない。ダンとデラさんは相変わらず殴り合っているが、双方余裕がまだありそうだ。その周辺も、流石に一対一では人間の方が強いみたいだけど、総数は魔王軍の方が多い。一対多数で、むしろ人類軍を押している感じがする。
ん? なんだこれは?
戦場に戻ってきた私の視界の端に、アイコンが輝く。支援魔法?
効果は全ステータスが二倍。効果時間は無制限。……え、つよ。…………つよ!?
私のステータスだとあんまり意味ないけど、これネルちゃんとかすんごいことになってるんじゃないか?
「ハナさん! 攻撃に移っていいですか?」
もうネルちゃんのその声音から調子の良さがにじみ出ている。こりゃ勝ったわ。
「あ、うん。ちょっかいかける感じね。高度は維持して、ブレスは使わない方向で!」
「分かりました!」
ただし、ネルちゃんにはもう少しだけ抑えていてもらう。がっつり攻撃に転じるのは、やることやってからだ。
それにしてもとんでもねぇ支援魔法だ。いったい誰が…………バフアイコンがカメの甲羅のマークをしている。……なるほどねぇ。
戦場を離れていた私たちにはついていなかったから、範囲制限はあるっぽいけど、魔王城周辺で戦う限りはこの恩恵を受けられるってだけでも凄すぎるわ。
しっかし、だとしたらまともに戦えている人類軍はやっぱり精鋭揃いだね。デラさんも全ステータス二倍でしょ? それとまともにやり合ってるダンは何なの? ちゃんと毒効いたよね?
まあいいや。……さて、『ハナちゃん大勝利ばっちりプラン』に従って、次の作戦に移るとしよう。
ダンの弱体化には成功(?)。ネルちゃんでちょっかいをかけつつ、私はアルクとメサリアの位置を探る。
あの二人はそこまで身体能力が高くないはずだから、見つけてしまえばネルちゃんから逃げられないだろう。メサリアは魔法で色々できるかもしれないけどね。アルクは無理。絶対無理。なんなら、本体の貧弱さに関しては私と変わないのでは?と思っているけど、実際はどうなんだろうか。
まあそれは置いといて、問題は、ドッタンバッタン大騒ぎの戦場で特定の人物を見つけることは難しいことにある。あ、ダンは例外ね、だって騒ぎの中心だし。
アルクたちは後衛職、二人ともネルちゃんに目をつけられたら逃げ切れないと分かっているのだから、目立つような所にはいないだろう。何なら透明化している可能性だってあるし。……透明化してる可能性あるんだよなぁ。
魔王領は基本的に荒廃していて、遮蔽も何もない荒野が多い。今、戦場となっている魔王城周辺もそうだ。ただし、少し離れた場所には山があったり真っ暗な森があったりする。メサリアは分からないけど、アルクは目が良いし射程も長いからね。集団からは離れて、一人でそっち方向に潜んでいる可能性もある。
矢の飛んできた方向から位置を特定しようにも、その情報をもとに位置を割り出す知識が私にはない。いや、普通に生活してたらそんな知識身に着くわけないやろがい私悪くない。
ゆっくりしていると人類軍の援軍が来るだろう。そうなったら場はさらに混沌と化す。
うん、しょうがない。ここは臨機応変に、作戦変更だ。まずは敵の数を減らす方向で立ち回ろう。
「ネルちゃん、ブレス解禁! 前衛は大丈夫そうだし、後衛組狙いで行こうか!」
「了解です! ハナさん、しっかり捕まっていてください!」
高度を落として、ブレス攻撃が地上へ届く距離へ。こっからは反撃にも要注意だ。つっても、私は乗っているだけなんだけど。
「ふおっ!」
私の頭に衝撃走る。装備の復活能力が発動した。
私の右のこめかみに矢が一本突き刺さっている。イタイヨー。……アルクはつまり右方向にいる感じか。おーこわこわ。あんま顔出すとまた即撃ち抜かれそうだし、頭は下げていよう。
それからネルちゃんに張り付くように捕まりながら、適当なタイミングで毒瓶や爆弾をポイポイ投げ落としていく。前線の方は完全に魔王軍優勢で、もう間もなく決着がつくだろう。そうすれば魔王軍が後衛組の方にもなだれ込んで来るはずだ。
それなりの強さを持つ敵がそれなりの数いたから、流石のネルちゃんも結構HPが減らされている。しかし幸いなことに、アルクの攻撃は途中からなくなったし、メサリアもしばらく派手に魔法を撃っていない。アルクは多分、劣勢だから引く判断をしたのだろう。メサリアの方は単純に燃料切れかな。めちゃくちゃ消費激しいだろうし。
魔王軍から歓声。目を向けるとダンが光に包まれて消えるところだった。
ついにやりおったでおい! うおおおおお! これは凄いぞ! 凄いぞこれは!
本格的に人類軍が撤退を開始。深追いはせずにほどほどに牽制をして、
魔王城城下町前の攻防に勝利。
「ネルちゃんお疲れ様! とりあえず魔王城戻ろう!」
まずはネルちゃんの回復が最優先。人類軍も、城主メンバー総動員でコレならしばらくは攻めて来ない可能性が高い。
一旦振り返り。
アルクはやっぱり対策しないときつい。メサリアは燃費が悪いから、長期戦になれば怖くない。ダンは毒を投げれば何とかなる。うん、アルク以外の城主メンバーは全員攻略法が見えてきたぞ。……あれ、何か色々間違っているような? まあ、いいか。
それから、竜騎士は思ったよりも脅威にはならない。その他多くのプレイヤーたちも、バフのかかった魔王軍であれば問題なく戦える。
ただし、警戒すべき強力なレア職のプレイヤーたちはまだいる。
次の襲撃は必然、今回よりもさらに強力な布陣でやって来るだろう。でも私だって、ジオさんと言う兵器がまだあるし、師匠たちだって無双する強さではないけど確実な戦力だ。
ネルちゃんに休んでもらっている間、流石に私も長時間ログインで疲れたのでログアウト。いったん休憩。休憩ついでに情報収集はするけどね。