夕暮れと誓い
プレイヤーの意識が魔王城に向いたとき、私はどうするのか? 答えはとっくに決めている。
「私は、魔王軍に味方します……」
私の発言を聞いて、タケシさんたちは固まる。
「ハナ、お前……」
分かってる、タケシさん。これは想像するよりも遥かに大変な道だ。魔王軍襲撃の時とはわけが違う。あの頃よりもプレイヤーたちは全体的に強くなっているだろうし、もし私が魔王軍の味方をすればそれはたちまち多くのプレイヤーに知れ渡るだろう。不本意ながら私は有名人だからね。どちらかと言えば悪い意味で。
「やっぱ人間の言葉喋れたんだな……」
「……へ?」
「いや、なんかずっと念話使ってたから……」
あの、タケシさん。真面目な話をしているんですけど?
「正直、ハナが人間の言葉をしゃべったのは私の勘違いかしら? って思ってたところなのよね」
メサリアさんも苦笑い。そこは怒ってくれ。プレイヤーサイドに協力しない私にアンタ何考えてんのよと怒ってくれ。
私としては人間宣言並みに、いや、下手したらそれ以上に緊張の一瞬だったけどそうじゃなかったみたいだ。
「まあ、ハナならそう言うと思ったさ」
「ええ、今さらどうこう言うつもりはないわよ」
「むしろ俺としては強敵が増えてありがたい」
「同じく」
バトルジャンキーどもは置いといて、タケシさんとメサリアさんはだいぶ私という人間の理解が進んだらしい。ちな私は全く進んでない。え? なんで「お前はそうだよな」みたいな顔してみんな私を見つめてるの? こわ。
とりあえずハッピーエンドってことでいいのか? よかった、怒ったニンゲンに殺されるハナちゃんはいなかったんだね!
そこからはみんなで過去のイベントについて話が盛り上がった。会話の中で私は自然にタケシたちへのさん付けが取れて、敬語も外れた。
すっかり話し込んでしばらくして、今日はお開きとなった。
「今日は招いてくれてありがとな」
「ああ、うん、またいつでも遊びに来てね」
北城城下町入り口の門。私は一人でお見送りに来ていた。外はすっかり夕暮れだ。ネルちゃんで送ってあげようかと思ったけどダンがちょっと焦った顔をしていたのでやめておいた。
「ハナ、ありがとう」
「アルク……」
思えば全てはアルクから始まった。ニンゲン、いや、人間との交流も、タケシたちとのつながりも、全部アルクからだ。私はようやくこのゲームの『プレイヤー』になれた気がする。
「成長したな、ハナ」
「師匠!?」
私の背後から目元を抑えた、人化した師匠が来る。もう出てこないかと思ったよ。というか別に出てこなくてもよかったんだけどさ。
「ええ、全て聞かせてもらいました。全て聞かせてもらいましたよ!」
同じく目元を抑えた、人化したネルちゃんが来る。いやだから来なくていいって。
「人間ってのは進化が早いもんだ……ゴブリンよりもな」
全然まったくこれっぽちもピンとこない比較をそれっぽい雰囲気で語りながら、人化……してないゴブリンさんが来る。人化して来いよ。いやもうすでに人型だからできないのか? ってそれはどうでもいい。一番来てほしくなかった。
遠くで姫ちゃんが手を胸くらいの高さまで持ち上げて、ひらひらとふっている。ねぇみんな、あれがお手本だよ? 夕暮れの中続々と集結なんかしないでさ、ちょっと離れたところで耳だの尻尾だの工具だのふってればよかったんだよ?
「魔王軍として戦うなら、容赦しないわよ」
「ええ、望むところです」
バチバチにらみ合うメサリアとネルちゃん。
「……楽しみにしている」
「……何言ってるかわかんねぇ」
言語は通じてないけどがっしり手を握り合うダンとゴブリンさん。
「……はぁ、手強そうだ」
「……無論、そう簡単には負けるつもりはない」
バチバチとは言わないが、それでも静かな闘志をぶつけ合うタケシと師匠。
「……ばいばい」
姫ちゃんに微笑みながら手をふり返すアルク。
そんなこんなでタケシたちは去っていった。
「フッ、ずいぶんとかっこよく決めてしまったな」
「ええ、師匠さんの登場、まるで映画の登場人物のようでしたね!」
「で、結局今日一日何の話してたんだ?」
「ハナ様お疲れ様です。お友達になれたようでよかったですね!」
よーし姫ちゃん以外そこに正座しろー。なに浸ってんだ大根役者ども。
「まあハナよ、少しくらいいいではないか」
「そうですよ。私たち結構寂しい思いをしているんですよ?」
「あ? そうなのか?」
おい、意思の疎通できてない奴が一人いるぞ。
「ハナ様にお友達ができるのは嬉しいですけど……私たちの分からない言葉で盛り上がるハナ様を見ていると、少し寂しくて……ごめんなさい、ワガママですよね」
かわいい。ってそうじゃなくて……確かに銃撃戦を挟んだおかげで師匠以外の子とはちょっと時間が空いている。そこに間髪入れずに今回の観光ツアーだ。銃撃戦は時間加速していたし、今日だって半日くらいの時間でしかないけど、私はこれまで師匠たちをこんなに長い時間ほったらかしたことはない。ゴブリンさんは置いといて、他の子たちからすれば私はどんどん人間と仲良くするようになって、急速に私が魔物という存在から離れて行くように感じてしまったのだろう。
「安心してよ、姫ちゃん」
だがその姫ちゃんの心配は、する必要がないものだ。
「私、大多数の人間に魔物だって思われてるんだ」
「ふむ、まあこれまでのハナを見ていれば不思議もないな」
師匠の言葉に反論は上がらない。姫ちゃん? 反論していいんだよ? あれ?
ま、まあいい。
「私は、それが今だって否定できない。だって人間は怖いから」
タケシたちとは割と普通に話せるようになったが、他はまだ無理だ。残念男とか坊主さんとか、気さくに挨拶なんてできる気がしない。というかタケシたちにだって完全ホームグラウンドの北城かつ、二人きりじゃないからこそ話せたのだ。出先でバッタリなんて事態になればアルク以外とはまともに話せないだろう。そんなんだから面識のない人間はもっと無理。考えただけで蕁麻疹が出る。
「どんなに人間と仲良くしても、私の仲間はみんなだよ。それは絶対に変わらない」
これは本心だ。私がこんな風に人と仲良くなれたのも、みんなとの冒険が楽しかったからこそだ。みんなに出会えなければきっとうまくこのゲームが楽しめず、うわーん! ハナもうおうちかえる! って感じで、現実でずっとひっそり本でも読んでいただろう。
それに、人間と話をするのは疲れる。
私はその場にへたり込んだ。
「ハナさん?」
ネルちゃんが心配そうに声を上げて私の肩に触れた。大丈夫ステータス上は異常がない。精神的な疲れだろう。
「半日でもきつい……ってか無理。ゴーレムツクルハナオヘヤダイスキ……」
「よし、いつものハナだな」
「ふむ、間違いない」
ええそうですよ。仲良くなったはなったけど、仲良し=ずっと一緒にいられるではない。これは本当にそう。
「まあそういうわけだからさ、まずは魔王軍の援護。みんなよろしくね」
さっきに比べたらカッコよさは微塵もない。へばって行儀悪く地面に直座りしながら、私はよわよわしく右手を上げた。でも仲間たちは私の元気を補うかのように力強くうなずいた。
「当たり前だろう、ハナ」
「久しぶりに、ハナさんにいいところ見せるチャンスですから!」
「試したいものがたくさんあるしな」
「みんなで頑張りましょう!」
不思議とさっきよりも、みんなの闘志が燃え上がっているような気がした