鍵と夢2
「……ん?」
意識が戻ると同時に、オレは違和感を感じた。
ベッドで横たわっている筈なのに、何か立ってるような……足を地面につけている感覚がする。
まさか立ったまま寝てるとか?
そんなスキル、オレはいつの間に身に付けたんだ……じゃなくてっ!
セルフツッコミしながら目を開けると、視界に映ったのは見慣れた病室の天井ではなく、青空と無数の建物だった。
は?
いや、何処だよココ!?
慌てて辺りを見渡す。
……どうやら、ここはオレの入院している病院の屋上のようだな。
でも何で屋上に?
オレは病室で寝てた筈なのに……。
それに服装も、入院着じゃなくて私服になってる。
お気に入りの黒いパーカーと白いロングティーシャツ……どうなってるんだ?
……あっ、夢だろコレ。
そうだそうだ、夢に決まってる。
だって病室で寝てたのに、目が覚めたら屋上で服まで変わってるし、こんなの夢だろ。
まあ、夢なら夢でいいや。
せっかくだから、あっちこっちウロつこう。
そう思い、オレは屋上から出た。
病院の中には、誰もいなかった。
他の入院患者も、看護婦さんも、先生も……誰1人居なかった。
病院から街に出ても同じだった。
道路を走る車、通路を歩く人、野良犬や野良猫……誰も何も居ない。
まるで世界に、オレ1人が取り残されたみたいだ。
さすがに、夢だとは分かっていても寂しいな……。
宛もなくブラブラしていた末に、オレは通っていた高校に辿り着いた。
心の奥では学校に行きたいと思っていたから、自然に足が向いたのかもしれないな。
昇降口から入って、下駄箱に出る。
「た、助けてくれえええっ!!」
「うおっ!?」
すると、聞き覚えのない男の叫び声が響いて心底ビックリした。
声がした方を見ると、知らないハゲ頭のオッサンが血まみれで廊下に踞っている。
しかも、片手に刀を持ちながら……だ。
怪しい、怪しすぎる。
つーか、この夢で初めて出会ったのが血まみれハゲ頭って……せめてユッキーに会いたかったもんだぜ。
とりあえず、オッサンに近寄って様子を伺う。
「おお、人が居たのか! 頼む、助けてくれっ! ころされ――」
グシャ
イヤな音と共に、オッサンの頭が勢いよく床に叩きつけられた。
「……は?」
床に叩きつけられたオッサンの頭は、巨大な金づちのような物に潰されていて、金づちの先っぽが巨大なせいでオッサンの頭は隠されている。
けど、金槌から広がるどす黒い血から、その頭がどうなっているかは簡単に予想出来た。
想像の余地があるせいか、精神的にエグく感じる。
「…………」
金槌がオッサンの頭から退けられるが、オレはソレを見ないように顔を上にあげる。
その視線の先に居たのは真っ赤な紙袋を被り、超巨大な金づちを持った血まみれの人物だった。
ソイツは、金づちを引きずりながらオレに近づいてくる。
「う……うわああああああっ!!」
─殺される
そう直感したオレは、全速力でソイツから逃げた。
これは夢、夢なんだ。
夢の中で死んでも、大丈夫な筈……。
そう自分に言い聞かせても、恐怖感は消えない。
「こ、ここに!」
『1年C組』と書かれた教室に入り、教壇の下に隠れる。
「………………」
息を潜め、膝を抱えて顔を埋める。
さすが夢と言った所か、あんなに走ったのに息切れもしていないし、目眩も動悸も全くない。
現実での病弱な身体に慣れていたせいか、健康的な身体に違和感バリバリだ。
ギイ、ギー
「っ!!」
鉄を引きずる音が聞こえて、無意識に肩がビクンと跳ねる。
ギー ギィ
音が近づくにつれて、オレの心臓の音も大きくなる。
(頼むから、こっちに来ないでくれよっ!)
腕を噛んで、ガチガチと震える歯を黙らせる。
ギー……
しばらくした後に引きずる音は遠ざかり、奴がオレに気づかず行ったことに安心して全身から力を抜く。
はあ……助かった……。
ブブブブブ
かと思ったら、今度はハエの羽音のようなものが前方から聞こえてきた。
殺人鬼の次はハエかよ……。
うんざりしながら顔を上げると、そこには人の顔ほどの大きさのハエが2匹……って。
「ギャアアアアア!?」
オレが悲鳴をあげると同時にハエ達が突進してきた。
「うわっ!」
反射的に顔を腕でガードすると、右手の甲に鈍い痛み、そして騒々しい音と共に教壇が吹っ飛び他の机にぶつかる。
「ひええ……」
痛みが走った手の甲を見ると、鋭利な刃物で切られたような傷があり、そこから血が流れていた。
何なんだよ、このハエ共!
傷口を押さえながらゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
「……マジかよ」
教室中を飛び回る、複数の巨大ハエ。
数えてみると7匹も居た。
「…………」
首を正面に戻すと、さっき襲い掛かってきたハエが2匹、オレを見つめていた。
まるで獲物の様子を伺い、狙いを定めているかのようだ。
─オレ、死んだな
後ずさり、ハエから距離をとるも生き残れる気がしない。
現実より先に、夢の中で死亡か……シャレになんねえ。
苦笑いを浮かべるオレに、2匹のうち1匹のハエが突進してきた。
グチャッ
ハエが目前に迫った時、生々しい音と共に何かが横切り、ソレがハエの身体を真っ二つにする。
真っ二つになったハエは、汁を出しながらべチャリと床に落ちて潰れる……うえっ、気持ち悪っ……。
「何をボサッとしている! 早くこっちに来い!」
凛々しい声が入り口方面から聞こえてそちらを見ると、巨大な斧を持った、ボブヘアーの女の子が立っていた。
「……何をしている! 死にたいのか!?」
「あっ、はい!」
女の子に注意されて、オレは慌てて彼女の側に駆け寄った。
オレが近くに来たのを見届けると、彼女は身の丈ほどある斧を構え直す。
こんな細腕で、よくこんなデカい斧を持てるな……。
……つーか、この子 誰だ?
さっきから知らない人間ばっかに出会うな……オッサンといい、この子といい。
オレの夢だから、彼女はオレの妄想から作られた存在なんだろうか。
だとしたら納得だ。
凛々しい表情をしてるけど、可愛らしい顔をしてるしな……オレ好みの顔ではある。
まあ一番はユッキーだけどな!
「……貴様っ! 何をジロジロと人の顔を見ているっ! そんなに私の顔が珍しいかっ!?」
「あっ、いえ! そんな訳ではっ!」
やべーやべー、確かに今ガン見しちまってたな。
自分でもドン引きするくらいに。
「人の顔を見てる暇があったら、貴様も武器を構えろっ! このクズ!」
「クズって酷くね!? つか、武器って何だよ!? オレ、武器なんて持ってない……丸腰だぞ!」
手を広げて何も持ってないことを示すと、女の子がチッと舌打ちをした。
「さては……初めての奴か……ならいい、お前は後ろで見ていろ」
そう言うと女の子は、前に出てハエと向き合った。
「いいか……この世界では、こういった化け物との戦いは避けて通れない。死にたくなければ戦え……こういう風になっ!」
女の子が斧を振り上げ、目の前にいたハエに降り下ろすと、グチャッとイヤな音を響かせながらハエは斧が刺さった状態で床に叩きつけられた。
斧の重さに負け、羽根や手足が飛び散っていく。
マジで気持ち悪いんですけど……。
仲間がやられたのを見て、他のハエ達が一斉に女の子へ襲いかかる。
「遅いっ!」
しかし女の子は次々とやって来るハエの突進をかわし、体制を立て直すと同時に斧を真横に振る。
3匹も同時に、斧の餌食となったハエの体は綺麗に真っ二つになった。
半分になった体はボトボトと落ちていき、汁と共に生ゴミのような悪臭を漂わせた。
あっという間に半分も数を減らされたハエだが、その死体が臭いのなんの……。
食事中に嗅いだら吐く自信があるぞ。
……しかし、強いな女の子。
あまりにも凛々しくたくましい彼女に、思わずみとれてしまう。
……でも、夢の中とはいえ女の子に守られるってのはやっぱり恥ずかしいもんだな。
結局、オレは現実でも夢でも貧弱なんだな……嫌なことを思い知らされちまったぜ。
「ふんっ、逃げてばかりか……情けない奴らめ」
鼻を鳴らしながら不満そうに呟く女の子。
彼女が見ている方へ視線を移すと、ハエ達は斧が届かない天井に張り付いていた。
天井に張り付くデカいハエ4匹……普通の女の子が見たら卒倒しそうな光景だな。
「私の強さに恐れをなしたか! ハハッ、このザコ共め!」
彼女は卒倒するどころか、得意気になって笑ってるし……こういう時、調子にのってると痛いめを見るもんだがな。
ほら、ハエ達もなんか集まって合体してるし……って、おい合体だと!?
「おい、バカ笑いしてる場合か! ハエが来るぞ!」
「別にコイツらが束になってきた所で、私の敵ではな……キャッ!?」
超巨大ハエの突進に吹っ飛ばされる女の子。
勢いよく机に叩きつけられ、物音を立てながら ひび割れた机と共に床へ倒れる。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「くぅ……バカ、近づくな!」
駆け寄ろうとしたオレを、女の子は起き上がりながら手で制する。
「少し油断してしまったが……問題ない。貴様はそこで黙って見ていろ」
額の血をグイッと乱暴に拭いながら女の子が言う。
「黙って見てろったって、ケガしてる女の子を戦わせられねーって!」
「うるさい! 戦闘経験が無い奴が手を出しても、邪魔だ!」
邪魔って……いや、そりゃあオレはこの子みたいに斧を振り回せる訳じゃないけどさ!
そこまで邪険にされるとヘコむっつーか……。
「ハエごときに倒される私ではないわ! 覚悟ーっ!」
斧を振り回して勇ましくハエに立ち向かう女の子。
ああ、本当に大丈夫かよ……。
「……っ!?」
不意にゾクゾクと鳥肌がたった。
何つーか、こう……殺気みたいなもんを感じる……。
何処からだ?
キョロキョロと辺りを見渡す、すると――
「あっ!」
天井の隅っこにもう1匹、ハエが張り付いていた。
ハエの視線の先は女の子だ……だが彼女は超巨大ハエとの応戦に夢中で気づいてねえ……。
「おいっ、他のハエが狙ってるぞ!」
「なにっ!?」
一旦ハエから距離をとって女の子がオレの指差す方向を見て、ギョッとする。
「くそ、コイツだけで手一杯だってのに……っと!」
巨大ハエの接近に気づいた彼女は反射的に斧を構えて防御する。
だが、ハエと競り合う形となり、完全に背中が無防備な状態だ。
それを待っていたと言わんばかりに、天井のハエが力を蓄え始める。
(マズイッ!)
どうにか女の子を助ける方法は無いかと、教室を見渡すが役に立ちそうな物は無い。
何か……何か武器でもあれば……!
“鍵は大切に持っていろ。それは武器となり、出口となる”
「っ!」
あの不思議な声が頭に響いた。
そうだ……屋上で目が覚める前……不思議な声がしてた。
何で今の今まで忘れてたのかは知らねえけど、その声は鍵が武器だとか何とか言ってた。
でも、鍵って何の鍵なんだよ!?
オレが頭を抱えていたら、パーカーのポケットが突然 光を発した。
何だ!?
慌ててポケットをまさぐると、指先に硬質な感触があり、それを掴んで引き出す。
「……鍵?」
ベッドの上に置かれていた、あの灰色の鍵が輝いていた。
どうして、この鍵が夢の中にまで……というか、何かスゲエ光ってる……。
これが……武器になる鍵なのか?
そんなことを考えていたら、鍵はいきなり金色の光に包まれて、グニャリと大きく形を変え始める。
「うおっ!?」
オレがビビってる間に変化は終わり、纏っていた金色の光がパンッと弾ける。
そして、露になった姿は銀色のハンドガンだった。
……な、何で銃!?
つか、何で鍵が銃に!?
武器って言うから、あの女の子のような斧を想像してたのに、よりによって銃かよ……。
ゲーセンにあるガンシューティングなんか1回しかやったことがない男だぞ、オレは!
だが、文句を言っていても仕方ない。
この銃でハエを撃つっきゃねえ!
天井に張り付いているハエに銃口を向ける。
だが、ハエは天井から飛び立ち女の子に向かって行った。
「うおっ、動くなっての!」
慌てて動くハエを銃口で追い、りきみすぎたせいか引き金を引いてしまった。
ダァーン
銃声が響くと同時にオレは咄嗟に目を閉じた。
(……ど、どうなったんだ……何か焦げ臭いけど……)
恐る恐る目を開けてみる。
「……へっ?」
視界に入ったのは、さっきと変わらずに巨大ハエと競り合う女の子。
そして、火だるまになって燃えているハエの姿だった。
「ちょ……えええ!?」
思わぬ事態にオレは声を出して驚いた。
何で燃えてんの!?
オレ、銃を撃っただけだぞ!?
「おい、何を戸惑っている! まだ来るぞ!」
「えっ、マジで!?」
女の子が顎で示したのは窓の外。
窓の向こうには、今 燃えている奴と同じハエが3匹もいた。
だーっ、まだ来るのかよ!
何匹いるんだよ、一体!
「初めてにしては、それなりに戦えるようだな。私はこの一番デカいハエをやる。残りのザコは任せたぞ」
「残りのザコって……3匹も同時に相手にすんの!?」
力を認めてもらえたのは嬉しいけどさ、さっきの銃が当たったのはまぐれだからな!?
撃つ時 目瞑っちまったし、引き金を引いたのも力を入れすぎたせいだし……銃なんかまともに扱えないオレが3匹のハエをまとめて相手にするのは、難易度が高すぎるって!
しかし、女の子は戸惑うばかりのオレに苛立ったのか、スッゲー怒ってる顔して睨み付けてきた。
「男がグチグチ言うな! 死ぬのが嫌なら戦うしかないんだぞ! 何もせず、努力もせず生き残れるような甘い世界じゃないんだぞ! 自分の身は自分で守れっ!!」
女の子に叱咤されてしまった。
……死ぬのが嫌なら戦え……か。
そりゃ死にたくはないよ。
でも現実では戦っても無駄なんだ……いくらオレが抗っても、現実では“死”が容赦なくやってくる。
……けど、これは夢だ。
夢の中でくらい、思う存分 暴れてもいいよな!
よっしゃ、戦ってやろうじゃん!
「……分かったよ! 夢の中でまで死ぬとか縁起悪いし、やってやるぜ!」
銃を構えて、ハエの襲撃に備える。
戦うことを決めたオレに満足したのか、ようやく女の子は笑みを浮かべた。
「ふん、調子にのってやられるなよ?」
「調子にのってバカ笑いした結果、超巨大ハエに体当たりされたのは誰だったかな~?」
オレがニヤニヤしながら言うと、女の子はさっきの失態を思い出したのか、顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「あ、あ、あ、あれは、ふ、不意打ちだったからだっ! 不意打ちでなければ、あんなハエの攻撃など軽くかわして、か、カウンターの1つや2つ入れられたんだからなっ!!」
慌てながら弁明する女の子。
漫画風に表情を表すなら、真っ赤な顔で目をグルグルにしながら喋っている……って感じだな。
キツい子かと思ってたけど、案外カワイイ所があるんだな。
これが俗に言うツンデレか…………ちょっと違うか?
ガシャアアアン
どうでもいいことを考えていた間に、ハエ3匹が窓ガラスをぶち破って教室に進入してきた。
幸い、オレも彼女も廊下側に居たので、飛んできたガラスの破片が刺さることは無かった。
「さーて……やりますか」
映画で見たように、カッコつけて銃をクルクル回しながらオレは教室の中央に移動する。
床に落ちている破片を踏んだらパキッと音が鳴り、それを合図に銃を構える。
「……さあ……始めるぞ」
オレが呟くと同時に、ハエ3匹が同時に突っ込んできた。
まずは正面方向のハエを目掛けて1発撃ち込む。
まだ慣れないせいか、一瞬 目を閉じかけたけど何とか堪え、弾丸がハエの身体に当たるのを見届ける。
ハエの身体を弾丸が貫くと火花のような音がして、次の瞬間にはハエが炎に包まれた。
「まず1匹!」
サイドステップで攻撃をかわしながら、燃えているハエをチラ見する。
しばらくは宙に浮いていたハエだったが、やがて力尽きたように床に落ち、そのまま身体は灰となって崩れていった。
うーむ、生々しい……。
「おい、よそ見をするな!」
女の子に注意されて、残りのハエに視線を向ける。
再び突っ込んでくるハエ2匹。
……コイツら頭悪いのか?
ただ突進してくるだけなんて、格好の的だってのに。
まあ学習能力が無いなら無いで、助かるけどさ。
面倒だし、まとめてやっちまうか!
さっきと同じようにハエ1匹を撃ち、後ろに跳んで最後の1匹を仕留める。
撃たれたハエはやはり炎に包まれ、火炎の中でその身が跡形もなく消え去った。
ハエ2匹が燃え尽きるのを確認し、女の子が戦っている巨大ハエに銃口を向ける。
精神を集中させて銃を強く握ると、オレの肩から銃を赤い稲妻のようなものがはしった。
何故だろう、不思議だ。
さっきまで、あんなに戸惑っていたのに……今では何をすればいいのか、何が出来るのか手に取るように分かる。
銃も同じだ、どこに狙えば弾が当たるかハッキリと分かる。
それに身体も軽く、自由自在に動ける……まあ、やっぱ夢だからかな。
でも……戦っている間は楽しかった。
漫画や映画の主人公みたいに、強いオレでいられて……心が踊ったぜ。
まあ、この楽しい時間も終わりだけどな。
引き金を引く。
赤い稲妻を纏った弾丸が撃ち出され、巨大ハエの身体にめり込んだ。
「おい、離れた方がいいぞ」
「え?」
オレの言葉に女の子は豆鉄砲でもくらったような表情を浮かべる。
とりあえず、離れた方が良いと言われたので女の子はオレと一緒に教室の隅へ移動した。
そろそろ、だな。
ガチャッと銃を向けて、オレはニヤリと笑う。
「派手な花火をあげてやるよ」
銃を撃つ真似をすると、ハエの身体は膨れ上がり、そのまま爆発四散した。
ドオオオオオン
凄まじい爆発音と爆風が起き、教室中の机が四方八方に吹っ飛ぶ。
当然、オレらがいる方にも机やら椅子が飛んでくるが、ぶつかる前に撃ち落とす……というか燃やしてるので大丈夫だ。
爆風がおさまると、上からバラバラになったハエの死骸がベチャッと音をたてながら床に落ちた。
「ふー、終わった終わった」
背伸びをして動くオレだが、女の子は立ち尽くしたままだ。
「……どうした?」
「あっ、いや、その……」
声をかけられ、女の子は険しい表情をしながらオレの顔を見た。
「……初めてとは思えない程、上手く戦っているなと思ったんだ。それに……戦っている間は、まるで別人のようにイキイキとしていた」
イキイキ、ね。
まあ、テンションあがってたのは認めるよ。
夢だからって割り切って、半ば はしゃいでたし。
……しかし、冷静になった今では……若干 恥ずかしい!
何だよ「派手な花火をあげてやるよ」って!
数分前はカッコいい決め台詞に思えたが、今では黒歴史にしたいほど恥ずかしく思える!
しかも聞かれたし!
い、いや……これは夢だから別に聞かれてもいいんだけど、ちょっとこう……自分のセンスを疑うというか再確認させられたというか!?
とにかく、あの決め台詞は無かったことにするぞ!
「お、おい……どうした? さっきからアホ面で頭を抱え込んだりして」
「あの決め台詞は聞かなかったことにしてもらって、オレも言わなかったことにするんだーっ!」
「ハア?」
……しまった。
考えていたことを口に出してしまった。
恥だ、末代までの恥だ。
「……何だ? さっきの派手な花火をあげてやるよ……とかいう決め台詞を恥ずかしく思っているのか?」
「口に出さなくていいからっ!」
「そんなに恥ずかしいか? ……私は、カッコいいと思うが……」
「え……?」
マジで?
こんなオレの黒歴史をカッコいいと思ってくれるのか!?
い、いや待て……この子はオレの夢の登場人物……つまり、オレの潜在意識でもあるわけで……だから、オレのセンスが理解出来る訳で……。
「……やっぱダメだ! あんたはオレの夢の中に出てくる存在だから、そんなことが言えるんだ!」
「夢の中……? ま、まさか貴様……これは夢だと思っているのか……?」
信じられない、といった表情を浮かべる女の子。
「え、だって……夢だろ?」
「……確かに夢ではあるが、ただの夢ではない。鍵を持つ者だけが来られる、不思議な夢世界……限りなく現実に近い世界だ」
「え……それって、どういう……」
ドガアアアアン
オレの言葉を遮って、衝撃音と共に教室の壁が破壊された。
壁を破壊して入ってきたのは……さっき、ハゲ頭のオッサンを殺した紙袋を被った人物だった。
「なっ……キラー!? くそ、今日はここに来ていたのか!」
恐怖と焦りが入り交じった表情で女の子が言う。
……キラーっていうのか、アイツ。
さっきは武器が無かったから逃げたけど、今なら戦えるんじゃね?
そう思い立ったオレは銃口をキラーという奴に向ける。
しかし、片手を女の子に掴まれてそのまま引っ張られた。
「バカなことをするな! 貴様ではアイツには勝てん!」
そう怒鳴りながらオレの手を引いて、女の子は走る。
「勝てんって……やってみなくちゃ分からないって言うか……」
「いや無理だ! 何人ものの人が奴に挑んだが……誰もが返り討ちにあい、殺された!」
殺された……。
あのオッサンのようにか……。
オッサンが殺された場面を思いだし、ゴクリと唾を飲んだ。
女の子に連れられて、オレは屋上へと辿り着いた。
「何で屋上なんだよ! 追い詰められたら逃げ場が無いじゃねえか!」
「問題ない、出口はここにある」
そう言うと女の子はオレから手を離して、1人でスタスタと歩いていった。
「……ん?」
女の子が向かう先を見ると、銀色の扉がポツンと立っていた。
……後ろに壁などなく、本当に扉しか立っていない。
「これが、この夢世界の出口だ。ただし、鍵が無い者は通してくれない」
女の子の斧が光に包まれ、形を変える。
身の丈ほどあった斧はあっという間に小さくなり、女の子の手の中に収まるサイズとなった。
「……お前も武器を鍵に戻せ」
彼女が手のひらを開くと、そこにはオレが持っているのと同じ灰色の鍵があった。
「鍵に戻せ……か」
銃を見つめて鍵に戻れと念じる。
すると、オレの銃も彼女の斧と同じく光に包まれ、元の鍵へと戻る。
「さあ帰るぞ、奴が来ないうちに」
そう言うと女の子は扉を開き、その中へと入っていった。
「…………」
扉の中を覗いてみるも、中は真っ暗で何も見えない。
……本当に大丈夫なのか?
不安がよぎるが彼女は中に入ったし、あのキラーとかいうのとは遭遇したくない。
「……ええい、ままよ!」
覚悟を決めて、オレは扉の中へと飛び込んだ。