王子さまと白雪姫
むかしむかし、とある王国にひとりの王子さまがおりました。
幼少のころから容姿端麗かつ聡明な王子さまは、国民の人気も高く、王さまも自分が引退したら安心して王子さまに国を任せられると考えていました。
王子さまも、見た目がかっこよくて知恵が働く程度では王族は務まりません。
なので当然と言えば当然ですが、王子さまも直属の密偵を率いておりました。
密偵は他国の情報を逐一王子さまに報告してきますが、その中に王子さまが重大な関心を抱く情報が一つありました。
それは隣国の王女「白雪姫」についての情報です。
密偵の報告によれば、白雪姫はそれはそれは美しいそうです。
その肌は降り積もったばかりの雪のように淡く白く、その唇は鮮血を引いたように赤く、その髪は黒檀のように黒く輝いているそうです。
しかし、ただ美しいだけのねーちゃんに、王子さまが重大な関心を寄せるはずもありません。
王子さまの関心は「白雪姫が女王さまにいじめられている」という報告に向けられているのです。
他国の乱れを利用しない手はありません。
王子さまは引き続き白雪姫に関する情報を報告するように密偵に命令しました。
「王子さま、よろしいでしょうか?」
天井裏からそっと声が響きます。
「新しい情報か?」
「はい」
密偵頭がもたらした情報は、隣国の女王さまが「正直な鏡」とやらの胡散臭い魔導具にはまっているというものでした。
「で、それがどうした」
「実は……」
密偵頭の報告によれば、女王さまは鏡に向かって「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」と尋ねるのが日課になっているそうです。
ところが、少し前までは鏡の前でご機嫌だった女王さまが、最近は不機嫌になっているというのです。
「で?」
「どうやら女王さまには鏡から返事が聞こえるらしいのです」
「まさか」
「はい、私めもそう思います」
どうやら女王さまの耳には、これまでは「最も美しいのは女王さまです」と聴こえていたらしいのですが、最近は「最も美しいのは白雪姫です」と聴こえているらしいのです。
「他の者もその声を聴いたのか?」
「いえ、他の誰にも聴こえないそうです」
「では何故その情報を掴めたのだ?」
「隣国に忍ばせた密偵が籠絡した女官の一人が、ピロートークの最中に不満を漏らしたそうです」
「病気か?」
「恐らくは」
王子さまは考えました。
恐らく隣国の女王は精神を病んでいるのであろうと。
しかし王子さまは知っています。
王族は精神を病もうと畜生道に走ろうとも王族なのであると。
「ここは様子見か?」
そう呟く王子さまに、密偵頭は声を続けます。
「いえ、そんな悠長なことは言ってられなくなりました」
「どうしたのだ?」
「女王さまが密偵に『白雪姫殺害』を指示したのです。
王国の密偵は隣国の王城付き狩人という名目で王家の近くにもぐりこんでいたのですが、これがあだとなりました。
王子さまは考えます。
ここで白雪姫を失っては隣国の後継者がいなくなってしまいます。
精神を病んだ女王さまが実権を握ってしまうと、どんな火の粉がこちらの王国に降りかかってくるのか知れたものではありません。
「白雪姫殺害は偽装させ、密偵には引き続き白雪姫の周辺を探らせておくように」
「御意」
こうして白雪姫殺害を命じられた密偵は、白雪姫を騙して森の奥に連れ去ると、そこで白雪姫にこう告げました。
「白雪姫、実は私は女王さまから白雪姫の殺害を命じられたのです」
狩人の言葉に白雪姫は白い肌を一層白くさせてしまいます。
「ですが私には白雪姫を殺すことなどできません。なので白雪姫はお逃げください。この先に気のいい鉱夫のたちの家がありますので、そこにかくまってもらってください」
そう狩人は白雪姫に告げると、猪を一頭仕留めてその血を白雪姫のハンカチに染み込ませ、王城へと帰っていきました。
「現在のところ白雪姫は隣国の鉱夫たちにかくまわれております」
密偵頭の報告に王子さまは眉をひそめます。
「白雪姫の身に危険はないのか?主に性的な意味で」
王子さまの疑問は当然です。
しかし密偵は余裕の笑みを浮かべます。
「その辺はリサーチ済みです。七人いる鉱夫たちは全員ホモという情報です。それに密偵を白雪姫に張りつかせていますので、万が一のことも起こりえませぬ」
「そうか、それならば一安心だな」
しばらくの後に、王子さまの元に新たな情報が届けられました。
「どうやら女王さまに白雪姫の存在がばれたようです」
「なぜわかった?」
「王女さまがいまだ鏡の前で不機嫌だからです」
「なるほどな」
王子さまはしばらく隣国の女王さまを泳がせておくことにしました。
しかしその後、ことは王子さまにも信じられない事態に進展してしまいます。
なんと女王さまは自らの手で白雪姫を殺害するという暴挙に出てしまったのです!
「女王さまが白雪姫の絞殺を企てました」
諜報頭の冷静な報告とは裏腹に、さすがの王子さまも声を荒げます。
「それで白雪姫は無事なのか!」
「はい、鉱夫どもが蘇生したそうです」
王子さまは眉をひそめました。
これは事態を静観している場合ではないと。
しかしその後も諜報頭の無情な報告は続いたのです。
「女王さまが白雪姫の接触による毒殺を図りました」
「何だと!」
「ご安心ください王子さま。今回の毒は事前に密偵が把握しておりましたので、女王さまがお城に戻られた後に、密偵がすぐさま解毒を施しました」
「そうか」
王子さまはひと安心しました。
が、このまま手をこまねいているわけにはいきません。
さあどうする。
王子さまは一計を案じました。
白雪姫が本当に美しいのなら……。
そうでないのなら……。
よし。
王子さまは密偵頭に、再び隣国の王女さまが動くようなことがあれば、今度は事前に王子さまに報告するように命じたのです。
そしてその日が来ました。
「王子さま、今度は毒りんごによる薬殺を図っているとのことです」
「毒の種類は?」
「既に把握し、解毒薬も用意してございます」
「それでは行くぞ!」
王子さまは最小限の護衛を率いながら、隣国との国境を密かに越えると、鉱夫たちの家の近くに密かにキャンプを構えました。
それは翌日のこと。
密偵頭から報告が入ります。
「女王さまが白雪姫に毒りんごを食べさせました!」
その報告を聞いた王子さまは、冷静に立ち上がると、タイミングを見計らいながら、護衛達とともに白雪姫のところに向かったのです。
そこでは七人の鉱夫たちがおいおいと泣いていました。
「お前たち、どうしたのだ?」
馬上からの王子さまの問いに鉱夫たちは口々に答えました。
「ああ、勇ましい騎士様。実は愛する娘が死んでしまったのです」
王子さまは期待通りの返事を鉱夫たちから受け取ると、馬から降り、棺に寝かされている白雪姫を覗き込みました。
どきゅーん。
王子さまは一瞬意識を失いました。
それはそれは美しい白雪姫によって。
当初の計画では、仮死状態の白雪姫を王子さまが冷静に解毒薬で蘇生させる予定でした。
その後、白雪姫を女王さまからかくまい、隣国の王に女王の所業を告発するとともに、白雪姫を妻に娶って隣国への影響力を強化する予定でした。
しかし王子さまは白雪姫の余りの美しさに我を忘れ、つい口走ってしまったのです。
「お前たち、この美しい娘を棺ごと私に譲ってはくれぬか?」
しかし鉱夫たちは首を左右に振ります。
「娘を差し上げることなんてできません!」
「ならば私が白雪姫を生き返らせよう!」
王子さまはそう宣言すると、解毒薬を口に含み、問答無用で白雪姫にキスをしたのです。
するとなんということでしょう。
死んだと思われていた白雪姫が、うっすらと目を開いたのです。
王子さまは勝利を確信しました。
白雪姫をゲットだぜ!
しかし現実は無情です。
「きゃー!」
目を覚ました白雪姫は、驚きに叫びながら王子さまの胸に両手をあて、何とか王子さまから離れようと暴れたのです。
自身の容姿端麗さに密かに自信を持っていた王子さまは、予想外の事態に慌てました。
王子さまは白雪姫を落ち着かせるように強く抱きしめようとしながら、こう口走ってしまったのです。
「白雪姫よ、落ち着け!」
すると白雪姫は一転して冷たい笑顔を浮かべました。
余りの変貌に驚く王子さまに向かって、白雪姫はそっとこうつぶやいたのです。
「あなたはなぜ私を『白雪姫』だと知っている?」
王子さまはその聡明さによって気づきました。
自身が取り返しもない失態を犯してしまったことを。
こうなったら仕方がありません。
王子さまは護衛たちに、鉱夫たちを皆殺しにして白雪姫を連れ帰る作戦を指示しようとします。
が、それはかないませんでした。
なぜなら、王子さまの護衛たちは、狩人として潜んでいた密偵も含めて、既に七人の鉱夫たちによって全員が既に殺害されていたのです。
「貴様ら、私にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
激昂する王子さまに向かって、立ち上がった白雪姫は再び冷笑を向けました。
「王子さまも、もちろん無料とは思ってはおりませんよね。隣国の姫を拉致監禁するなんて所業が」
王子さまのこめかみに冷たい汗が一筋流れ出ました。
なぜなら、白雪姫の背後から、隣国の女王さまが姿を現したからです。
「先程の所業は全て録画してございますからね。それでは王子さまごきげんよう。永遠にね」
女王さまと白雪姫の美しい微笑みが、王子さまの最期の景色となりました。
なぜならば、二人の慇懃無礼な挨拶と同時に、王子さまは背後から首をはねられてしまったからです。
直ちに白雪姫と女王さまは周辺国の王族に対し、王子さまの所業を録画したデータのコピーを送付しました。
「一国の姫を拉致監禁するために王族自らが不法侵入を犯すような国は決して許してはおけない」
という檄文を添付して。
その後、速やかに女王さまと白雪姫は軍隊を率い、王子の首とその破廉恥な所業を喧伝しながら王国を進軍しました。
そうして民衆の「破廉恥な王家は滅びよ」という声援を受けながら、ついには王家を滅ぼしてしまいました。
そうです。
全ては女王さまと白雪姫に仕組まれていたのです。
女王さまが精神を患うように見せかけたのも、白雪姫が放逐されたのも、全ては王国の王子さまをハメるための、壮大な「罠」だったのです。
王子さまの密偵が籠絡したと思い込んでいた女官は、実は女王さま直属の優秀な密偵だったのです。
王子さまが「鉱夫」と思い込んでいた七人の漢は、実は白雪姫の誕生とともに結成された「白雪姫直轄護衛部隊・セブンマッスルズ」だったのです。
そうです。
王子さまが他国を気にしていたのと同様に、女王さまも他国の動向を気にしていたのです。
王子さまよりも、より貪欲に。
その血は白雪姫にも十分に引き継がれていたのです。
さてしばらくの後のこと。
王国の城を隣国の女王さまが訪問しました。
広間の玉座から声が響きます。
「歓迎いたします。女王さま」
女王さまは凛とした表情で玉座に向かうと、一転して優しそうな笑みを浮かべました。
「他人行儀ね」
すると玉座の声から明るい声が再び響きました。
「王国にようこそ! お母さま!」
めでたしめでたし。