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最後の名言

 天を衝く角も地を裂く牙も折れ、頑強な鱗に覆われていた皮膚は、墨のように黒く焼けただれていた。

 あと一度の攻撃を加えるだけで、その数万年も永らえた命は、虚無の淵に沈みそうだ。

 瀕死の大魔王は、崩壊した魔王城の瓦礫の上を、半ばちぎれた四肢と尻尾を使って這いずりながら、その巨体を俺に近づけてくる。


「ゆ、勇者ヤマモトよ」


 開くだけで火炎を吐き散らした口腔から、今は泡を吹く緑の体液が大量にあふれ出している。

 長きにわたってこの異世界に君臨していた支配者を、俺は感慨深く見つめる。

 闇深き王宮では威容を誇った怪物も、明るい青空の下では哀れを誘う存在だった。


「言い残すことがありそうだな。大魔王」

「と、取引しないか」


 周りを囲む三人の少女には目もくれずに、彼女らの後ろに控える俺に大魔王は懇願する。

 魔王討伐隊の精神的支柱は、攻撃力は皆無の俺なのだ。

 気色ばむ、うら若き俺の仲間たち。


「取引だと? 死にぞこないのトカゲの分際で」

「まだ、大魔王のつもりなのですか。立場をわきまえなさい」

「ヤマモト、早くとどめを刺しちまおうぜ~」


 最後の攻撃を加えようとする少女たちを、すでに勝利を確信している俺は軽く制した。


「俺の来た元の世界では、今際(いまわ)(きわ)に名言を残す場合が多いんだ。聞いてやろう」

「ちっ、仕方ねえな」

「ヤマモト殿の命令とあらば」

「面白くなかったら、即、とどめだからな~」

「も、もはや、声も出せぬ。ゆ、勇者よ、顔を寄せろ」


 風前の灯火のような息づかいの大魔王に、俺は歩み寄った。

 油断はしていない。

 不穏な気配を少しでも見せれば、血気にはやる仲間はすぐに攻撃を開始するだろう。


「世界の半分を俺にくれるのか?」

「ち、違う」

「では、何だ?」

「こ、このまま、吾輩を見逃してくれれば、お、お前を、も、元の世界に帰してやろうではないか」

「何だと?」

「い、生き返らせてやろうと言ってるのだ」

「本当か?」

「ほ、ほれ、見覚えがあるだろう、な、懐かしい、お前の住まい」


 灰色に濁った大魔王の瞳が一瞬、怪しく煌いた。

 残りわずかな魔力をふりしぼったのだ。

 鏡に似た銀色に変容した瞳の中に様々な景色が映る。


 無機質なコンクリートの街並み。

 生前の世界。

 俺の住まい。

 俺の故郷。


 ピコーン!


 その時だった。


 脳内に響く軽やかなサウンド。


 特殊能力『名言受信キャッチ・フレーズ』が発現したのである。


『住まいの在るところが、故郷なのではない。

 理解してもらえるところこそ、故郷なのだ』


 十九世紀の末に生まれたドイツ人、クリスティアン・モルゲンシュテルンの名言だ。


 仲間が不安げに俺の決断を待っている。

 彼女たちを安心させるように、俺は全員の髪を撫でてやった。

 幼い女の子の恍惚の表情は、いつも気分を高揚させる。

 この異世界はいい。

 俺の性癖への理解がある。

 元の世界では、すでにパソコンの秘蔵画像は露見し、肉体的に滅んだ俺は、社会的にも死んでいるはずだ。


 変態として軽蔑されるより、勇者として尊敬されたいのは当然ではないか。


「俺の故郷はもう、この異世界さ!!!」


 異世界の隅々まで届けとばかり、高らかに宣言する俺。

 絶望のうめきを上げる大魔王。

 剣士と魔法使い、二人の少女が俺の口ぶりをまねながら、ハイタッチする。


「住まいの在るところが、故郷なのではない!」

「理解してもらえるところこそ、故郷なのだ!」


 獣人の少女は、吠えながら俺の周囲を駆け回っている。


「感動力アップ~」


 その後。

 剣士と魔法使いと獣人の感動力は極限に達し、彼女たちの総攻撃を浴びた大魔王は灰燼に帰した。



 偉人という概念がなかった異世界。

 魔族の支配から解き放たれた異世界人の中から、これからは偉人が登場し、名言を量産するのだろう。

 記憶した膨大な名言ストックがいずれ尽きたとき、俺はオリジナルの名言で、異世界における自分の存在意義を証明しなければならなくなるに違いない。

 名言を源泉とする感動力こそ、この異世界の権威の象徴なのだから。



 俺の冒険は、まだまだ終わらない。

いずれ長編にリメイクしたいですね。


お付き合いいただきありがとうございました。

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