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最初の名言

異世界テーマの物語を考えるのは面白いですね。

 世の中には様々な暇つぶし系の遊びがある。

 そのひとつが『運命の一冊』だ。

 出版されたほぼ全ての書籍に割り当てられている13桁のISBNコードを利用した一人遊び。

 ルールは簡単。

 十面サイコロを8回振り、8桁の番号を作るだけだ。

 つまり、固定的な上4桁と検査数字の下1桁を除く、その本特有の中央8桁の番号を、サイコロを振って出た目を順番に並べて作るのだ。

 出来上がった13桁のISBNコードを持つ書籍。

 それが『運命の一冊』なのだ。


 俺にとってのその『運命の一冊』は、『人生が変わる! 偉人の名言大辞典』とかいう、結構分厚い本だった。

 放課後に立ち寄った書店のイベントで、サイコロを振らされた結果の話である。

 その本が店になければ何ということもなかったのだが、たまたま店にあったばかりに、美人店員さんの笑顔に負けて、気の弱い俺はそれを買ってしまった。

 名言なんてネット検索すればいくらでも調べられるのに。

 ああ、ムダ出費。


 しかし、結論から言えば、その本は確かに『運命の一冊』だったのである。


「そなたは、山本(やまもと)(ひろし)じゃな」


 自分の名前を女の子に呼ばれ、意識を取り戻したとき、俺は眩しい光の中にいた。

 スポットライトを浴びて立っていたのだ。

 疑問が浮かぶ前に、まるで俺が喋り出そうとする機先を制するように、光の外側から、その女の子の声が、俺の経歴を挙げ連ねはじめた。


「十六歳。高校一年。五人兄弟の三男。学力、並。体力、並。容姿、並」


 さらには身長、体重、家族との関係、学校生活など、俺の十六年間を淡々と振り返っていく。

 老人のような言葉遣いだが、かなり幼い、たぶん小学校の低学年ぐらいの女の子の声色だ。

 その声の反響の仕方で、閉鎖された場所にいると認識できた。


「まとめると、誰にも好かれず、誰にも嫌われなかった人生」


 ズキンと胸が痛む。

 体育祭。

 文化祭。

 クラブ活動。

 お小遣いやお年玉の値上げ交渉。

 誰にも嫌われたくないから、家でも学校でも自分を主張せず、率先して動くということはなかった。

 そして、結局、誰から好かれることもなかったのだ。


「なるほど、死ぬ前のそなたは、ただ空気のように存在しているだけだったわけじゃな」


 ただ存在しているだけ。

 自分でもそう思ってはいたが、他人に言われるとキツい。

 死ぬ前の俺、死んでしまえ。


 ん?

 ええっ?

 死ぬ前って?


「えええっ? 俺、死んでたの?」

「なんだ、鈍い男じゃな。ようやく気づいたのか」


 ジンジンと後頭部がうずき出した。

 脳裏に一連の光景がフラッシュバックする。


 (くだん)の本を買った帰り道の横断歩道。

 襲いかかる信号無視の暴走トラック。

 カバンを投げ捨て身軽になった俺、会心の神回避。

 片や、トラックにひかれ、高く舞い上がるカバン。

 上空10メートルから落下してくるカバンの中身、分厚い辞典は凶器。

 鈍器による後頭部への打撃。

 撲死。


 本当なら、絶望感に苛まれ、泣きわめくシチュエーションだろう。

 にも関わらず、俺の心は自分の死に対しては冷静だった。

 味も素っ気もない自分の生涯を、幼い女の子の口から客観的に聞かされたからかもしれない。

 両親や兄弟にもう会えないのは残念だ。

 けれども、ユニークな死に方をした息子や兄弟として、彼らの持ちネタになり、俺の死は消化されるのだと考えると、気持ちは落ち着いた。


 とにもかくにも、目下の問題は、俺の現状だった。

 意識を取り戻したときから、感づいてはいたが、自分が全裸だという現実だ。

 股間を隠すタイミングを完全に逸してしまっていた。

 あばら骨が浮き、痩せて貧相な俺が、内股で腰が引けた情けない姿勢になっている。


「な、なんで、素っ裸なんすか俺?」


 どこかで俺を見ているに違いない女の子に、へりくだった物言いで尋ねる。

 他者とのコミュニケーションにおける力関係に、俺は敏感だ。

 声の(ぬし)は圧倒的に俺よりランキング上位、そういう雰囲気を醸し出していた。


「ふむ、こちらは気にせんから、そなたも気にしなくて構わんよ」

「そう言われましても」

「いまさら隠されても、こちらの方が恥ずかしくなるのでな」

「はあ」

「ドシっと構えておれ」

「はあ」

「とにかく、異世界には、生前の世界の持ち物は持ち込み禁止なのでな」

「は?」

「スマホはもちろん、学生服のような衣服もな」

「あの」

「裸一貫、身一つで旅立ってもらわねば」

「あのお!」

「なんじゃ?」

「つかぬ事をお伺いしますが、異世界とは一体何のことでしょう?」

「ふむ」

「……」

「では、教えて進ぜよう」


 もったいぶった口調で女の子は語り始めた。


「うすうす察しておろうが、(われ)は神じゃ。我の声がどのように聞こえるかによって、そなたが神格化している対象がわかるのじゃが、そこは神の慈悲で詮索しないでおこう」


 神の声を聞いた衝撃よりも、部屋にあるパソコンに収められた、自分の性癖を盛大に暴露するような膨大な数のファイルを思い出し、俺の顔が青ざめる。

 しかし、神から更なる驚きの発言が飛び出したのである。


「天国や地獄は、シリアスな死因でないと行けない仕様なんでな。そなたのような面白い死に様をさらした者どもを収容する場所が必要なんじゃ。我が管理する、人間の平均寿命が23歳で、魔物が跳梁跋扈しているような世界じゃな。転生したその異世界でシリアスな最期を迎えることができれば、そなたのために天国か地獄の門が今度は開くというわけじゃ」


 突拍子もない話を呆然と聞き入るしかない俺を見かねてか、神は無理矢理イイ話のように締めくくった。


「異世界に転生するそなたは、幸運にも、この世に二度生まれたようなものじゃな。ハハハハハ」


 神のその台詞を聞いた瞬間である。


 ピコーン!


 突如、メール着信音に似たサウンドが、頭の中に鳴り渡った。


 名言(フレーズ)受信(キャッチ)したのだ。


 まさに超絶理解とでもいうのだろう。

 後頭部に辞典が直撃したとき、その内容が全て脳内の記憶領域に移植された事実を、何の脈絡もなく、唐突に俺は理解したのである。

 ありえない事実かもしれない。

 しかし、異世界に転生するという奇妙な事実に直面すると、どんな奇天烈な事実も、ありえる話として信じるしかないのである。

 俺は死に際に『名言受信(キャッチ・フレーズ)』という特殊能力を身に付けたのだ。


 俺の口から自動的に言葉がこぼれだした。


『私たちはいわば、二度この世に生まれる。

 一度目は存在するために、

 二度目は生きるために』


 十八世紀のフランス人、ジャン・ジャック・ルソーの名言だ。

 まさしく、今の俺の置かれた状況にふさわしい言葉。


 一度目の人生、死ぬ前は、ただ存在しているだけだった。

 二度目の人生、異世界転生後の俺は、好かれ、嫌われ、生きて生きて生き抜いてやる。


「心の準備はできたかの?」


 神の耳には俺の独り言は届かなかったようだ。

 名言に励まされた俺は、フルチンなど糞くらえとばかりに毅然と胸を張った。


「はい」

「では、異世界が、そなたを待っておるだろう! グッドラックじゃ!」


 足元の床が裂け、俺は暗闇の底に落ちていった。

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