9 なかまになりたそうにこちらをみている
「うちの子、ってどういうことですか?」
「管理する責任者さえいれば、ゴーレムでも絡繰人形でも町に入れるんだ。そこで俺がお前の保護者になるわけだな。」
「いいんですか?」
「ああ、別に大したことじゃねー。町に入るときに登録すればいいだけだからな。」
町の外で優秀な野良ゴーレムを拾うことは希だがない事ではないらしく、そういう仕組みがあるらしい。
「まあ、村で主が見つかれば俺の住んでいる街に来る必要もないし、そんなこと考えなくていいんだがな。村に入る分には、村長の許可さえあればいい。そのときだけ俺が保護者でもいいぞ。」
「とてもありがたいのですが、なんでそこまでしていただけるので?」
「別に大した手間じゃないし、こんなところ、蛮族の領地に近く魔物も出る地域に放ってはおけないだろ。ここで会ったのも何かの縁だ。助けてやりたいじゃねーか。」
ボルヘスさんはニカッっとハンサムな顔を綻ばせた。
「それじゃあ、お願いします。」
「よし、決まりだな。俺の名前は、さっきも名乗ったがホルヘ・ボルヘスだ。ホルヘでいいぞ。」
「あ、僕の名前は、えー、忘れたのでありません。」
「ああ、そーかそーか。名前が無いんじゃ呼びにくいな。…良かったら、俺が名前を付けてもいいか?」
「ええ、ぜひお願いします。かっこいいので。」
「かっこいいのか。そうだなぁ…。」
ホルヘさんはしばらく頭を悩ませていた。
「ルイス、ルイスってのはどうだ?」
「ルイス、ですか。」
「ああ。ルイスだ。」
「ルイス、ルイス…。いいですね、今日から僕はルイスです。」
「よし、決まりだな。」
ルイス。なんだかしっくりくる名前だ。
「どうしてルイスなんですか?」
「俺の好きな作家の名前なんだよ。」
「物語とか読むんですね。」
「いや、読むんじゃなくて劇を見るんだ。意外か?冒険者だって毎日仕事してるわけじゃねーんだぜ。」
それもそうか。あきらかにガテン系の見た目のホルヘさんでも趣味くらいあるか。
…冒険者か。
蛮族と戦う傭兵であり、魔物を狩る猟師であり、迷宮を探索するトレジャーハンターである仕事。他にも薬草や素材の収集依頼であったり、賞金首を狙う賞金稼ぎ(バウンティーハンター)であったり、要するに荒事を得意とする万事屋だ。
そろそろ木炭バーも残り少ないことだし、食べ物を買うお金を稼がないといけないな。手元のお金じゃ心もとない。冒険者が手っ取り早いのだろうか。
また、あとでホルヘさんに教えてもらおう。
「名前、ありがとうございます。」
「いいんだよ、俺が呼びにくくてつけたんだから。それにそのよそよそしい喋り方どうにかなんねーか?」
「いやぁ、ホルヘさんは保護者でしかも名付け親ですからねぇ。ちょっと難しいです。」
「そんな大層なもんじゃないんだがな。まぁ、これから慣れていってくれ。」
「はい。分かりました。」
「……お前、あんまりに素直だな。もう少し怪しんだりしてもいいんだぞ。俺が奴隷商でお前を売っぱらうつもりかもしれんぞ?ちゃんと気にしたか?」
「ああ、そういう可能性もあったんですね。」
「…大丈夫かお前。もう少し警戒心があった方がいいぞ。」
そんなに隙があるように見えるだろうか。何かあっても銃があれば勝てるだろとか、いざとなれば使いたくないけどジャンプすれば逃げられるとか思っているからそう見えるのかもしれない。
「そうですか?これでも警戒してるつもりなんですけどね…。」
「そうは見えねぇな。…実際、後ろのそいつに気付いてなかったろ。」
へ?っと後ろを向いてみると、そこにはさっきのグリフォンの雛がいた。付いてきていたようで、てこてこと近寄ってきてこちらを見上げた。
「ぴゅい」
「こいつは小さくてもグリフォンの子供だ。気をつけろよ。」
「え?ちょっと?」
ホルヘさんが長剣と小楯を構え戦闘態勢をとる。
グリフォンは、気にした様子もなく。こちらを見つめている。
「ぴゅー」
「なんでこんなところにグリフォンの雛がいるんだ?もっと北の山に住み着いているはずじゃ…。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうしたルイス。こいつは魔物だぞ。」
「そ、それがですね。」
かくかくしかじか。うんぬんかんぬん。
「で、こいつがそのとき助けたグリフォンじゃないかって?」
「はい。」
「たしかにグリフォンがここらにいるのは珍しいから、おそらくは同じ個体だろうな。で、お前はこいつをどうしたいんだ。」
「えっと、どうしたい、ですか?このまま自由の身にしてやりたいなぁ、っと。」
「自由の身か。それはできない。」
「え!な、なんでです!?」
「こいつは、魔物だ。馬や牛なんかの家畜を襲うし、人間を襲うことだってある。オーガが何を考えてこいつを生け捕りにしていたかは分からないが、放置してオーガがもう一度こいつを捕まえて利用するかもしれない。だから、ダメだ。」
「ぐ、そうですか。」
ホルヘさんの言うことは正しい。魔物は、蛮族みたいに人間と敵対しているわけじゃないけど、それでも強大な力を持った生き物に変わりはない。人間の生活領域を脅かすことだってある。
「ぴー」
肝心のグリフォンは僕の足元でくつろいでいる。
「じゃあ、ペットとして連れていきましょう。」
「じゃあ、ってお前…。調教した魔物として登録するのも結構手間なんだぞ?」
「で、でもここで殺したらかわいそうじゃないですか。」
「エサをやって情が移る気持ちもわかるがなぁ…。」
そのとき、グリフォンがホルヘさんの足元に近寄っていた。
「ぴー」
「ん、ダメだぞ。媚びてもお前は生かしておけないんだから。」
「ぴゅう?」
「そうだ、ダメなんだ。だから大人しくしてくれ。」
「ぴゅー…。」
「おい、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。」
「ぴゅるる…」
「ああ、ほら、干し肉だぞ。これを食べたらどっか行ってくれ。な?」
「ぴゅるる!」
「ん、そうか、うまいか。ほら、もう一つどうだ?」
「ぴゅー!!」
「あ、こらこら。そう慌てないで。まだ干し肉はありまちゅからねー。」
・・・。
「おい、ホルヘ。」
「…なぁ、ルイス。絡繰人形を拾ったという報告も魔物を調教したという報告も同じだと思わないか?」
「あんた、人に言ってたこととやってることが正反対じゃないっすか。」
「こんなかわいい奴を殺そうなんて馬鹿げている。連れて帰ろう。」
「がっかりだよ。」
「こいつの名前は何にしようか。そうだな、ハチなんてどうだ?」
「ぴーい!」
「あれ、気に入らないのか。お前もなんかないか?」
「ジョンでいいんじゃないですかね。」
「ジョンー?なんか安易じゃないか?」
「ぴゅるるぅ!」
「ジョンいい名前だよな!俺もそう思うよ!お前はこれからジョンだ!わははは!」
ホルヘはグリフォンの雛、もといジョンを抱えてクルクルと周りながら笑っていた。さっきまでの精悍な顔つきは、今やデレデレとだらしなく、ちょっとよだれが出ている。
あの一瞬のうちに魅了されるホルヘもホルヘだが、ジョンもなかなかに策士というか、賢い。グリフォンは人語を解するようになるらしいが、ジョンもわかってるんだろうか。
*****
真夜中の森を歩くのは危ないということで、焚火を囲って野営してひと眠りして朝を迎えた。
「なんで俺じゃダメなんだ…。」
「さっきからそればっかり…。ホルヘじゃジョンの鉤爪で傷つくのだから別にいいじゃないですか。」
「いやだ!ジョンちゃんに傷つけられるのなら構わない!」
ホルヘはジョンを抱きながら歩こうとしたのだが、ジョンが嫌がって暴れて、僕の肩の上に飛んで逃げてきた。ライオンの子どもほどの大きさのジョンが肩に乗っているのは、重くはないが邪魔だ。正直代わって欲しいが、ホルヘはジョンに構いすぎてしまってちょっと敬遠されている。
抱き枕にしたのがよくなかったんじゃないかな。
「ほら、ホルヘ。村が見えてきましたよ。僕とジョンのこと、よろしくお願いしますね。」
「っく。ジョンちゃんの分だけ登録してやる!お前は村の外で待ってな!」
「器がちいせぇ。ホルヘに懐いていないんだからジョンが村に入りませんけどいいんですか?」
「懐いてないんじゃねー!ちょっとジョンちゃんはシャイなだけだよ!」
「ぴゅー!」
「あ、うるさくしてごめんなジョンちゃん。」
ホルヘ、おま…。
そんなふうにしていると、村から人が走ってきた。
「こんにちは。こんなところに何か用でしょうか?…あれ?ホルヘさんじゃないですか。」
「おお、マイク。依頼の薬草採取が終わって帰ってきたんだよ。」
「そうですか、薬師のオババも喜びます。ところで、その魔物と人は?」
「ああ、このジョンちゃんは森で一匹でいるのを見つけて家族にしてきた。こいつは、森で左足がなくなってるところを拾った。」
「僕の扱い…。初めまして、ルイスと申します。野良の絡繰人形でしたので、ホルヘを新しい保護者としてついてきました。よろしくお願いします。」
「あ、どうも、アーロンの息子のマイクです。この村で漁師をしています。来客の案内をすることも多いのでホルヘさんにはよくしてもらってます。よろしくお願いします。」
「マイク、村長にこいつらの滞在の許可を得るために会いたいんだがどこにいる?」
「村長ならこの時間は家じゃないですかね。」
「そうか、わかった。ルイス、行くぞ。」
「あ、はい。それでは失礼します。」
「うっす、さよなら。」
その後、村長にあって僕とジョンの滞在許可をもらって、村の人にあいさつに回ったり、依頼の品を届けた。
「よし、宿に帰るか。今の宿は飯がうまいんだぞってお前、メシ食えるのか?」
「どうなんですかね。たぶん、食べられるんじゃないですか?」
「たぶんって。今まで何を食べて生きてたんだよ。」
「木炭ですよ。」
「モクタン?あの、かまどの燃料にする木炭か?」
「ええ、それです。甘くておいしいんですよ。」
「何言ってるんだお前は。」