10 朝食
思いのほか長くなりました。
「つまり、燃料になれば何でも食えるのか。」
「たぶん、そうなんだと思います。僕も木炭しか食べてきてないので他はわかりませんけど。」
「なるほどね。まぁ、ものは試しだ。今日の朝飯も食ってみようぜ。」
「ええ。何が出るんですか?」
「それは行ってみないとわからねーよ。」
宿は、宿屋というよりか酒場といった雰囲気だった。一階が酒場、二階が宿なのだろう。木造二階建ての古びた建物で、看板には『居眠りカエル亭』と共通語で書いてあった。
入口で大柄な女将さんが迎えてくれた。長い髪を一本にくくった気の強そうな人だ。エプロンがよく似合っている。
「よう、女将。戻ったぜ。」
「お帰りなさい。そちらの方が、みんなの言っていた絡繰人形さんかい?」
「初めまして、ルイスと言います。」
「おや、喋れるのかい。『居眠りカエル亭』へようこそ、私がここの女将さんだよ。」
「朝飯はいつごろかな?こいつのぶんの飯も用意してほしいんだが。」
「そろそろだよ。食事代さえもらえれば用意できるよ。大盛りにしてやるからたくさん食っていってきな。」
「お、うれしいね。ちょうど腹ペコなんだよ。あ、あとメシのときに生の魚を三尾ほどこいつにやりたいんだ。それも頼めるか?」
僕の肩に乗っているジョンを指しながらホルヘが言うと、女将さんは顔を青くした。
「ひっ!なんだってここに魔物を連れてきたんだあんた!」
「まあ、落ち着いて聞いてくれ。こいつは俺の調教済みで大人しいもんだ。ほら、見てろよ。
スッ(手を伸ばすホルヘ)
ドスッ(突くジョン)
「な?」
「いや、全然懐いてるようには見えないよ。本当に調教してるのかい?」
してないです。野生のを拾ってきただけです。
「大丈夫大丈夫。こんなの甘噛みだって。だから心配すんなって。」
「あんたがそこまで言うなら平気だろうけど…。魚も代金をもらうよ。」
「わかった、合わせていくらだ?」
赤く染まった指を服で拭い、ホルヘは銅貨数枚を取り出して女将さんに渡した。
女将さんは、いまだジョンを警戒しているようだったが、ひとまず様子をみることにしたようだ。
「適当なテーブルについて待ってるぞ。」
「ああ、すぐに食事の用意をするよ。」
彼と同じ席に腰かけて周りを見てみる。火のない暖炉の上に鹿の頭の骨が飾ってあること以外には装飾の類は見られないシンプルな店内で数人の客が食事を楽しんでいた。
「ここは冒険者がよく来る宿屋でな。メシがうまくてベッドの寝心地がいいんで人気なんだ。まぁ、ここいらに来る奴はそう多くないがな。」
「そうなんですか。」
冒険者か…。
「…ホルヘ、僕も冒険者になりたいと思ってるんですけど、なれますかね?」
「あ?お前冒険者になりたいのか?なんでだ?」
「今の僕は無職でしょ?なにかの仕事について稼がないと食っていけないと思って。」
「なるほどな。確かに絡繰人形で記憶喪失のお前が働けるとこといったら人種も経歴も問わない冒険者くらいか。銃が使えることはジョンちゃんの話を聞いたときに一緒に聞いたが、そこまでの腕前なのかよ。」
「そこそこ上手いと思いますよ。狙えれば外さないくらいには。」
「ほう、そいつはなかなかだな。」
ホルヘは、僕の言葉を聞いて、うむっというように腕組みをして目を閉じた。
「銃を扱う奴はあんまり知らないがどいつも牽制程度で当たりやしないって話だからな。しかし、あんまり勧められる仕事じゃねーぞ?怪我しても自己責任だし稼げる奴は一掴みだし、…急に帰ってこなくなる奴も多いからな。」
「それでも働かないと。保護者とはいえ、あんまりホルヘを頼るのも心苦しいので。」
「保護者なんだから頼ってくれていいんだけどなぁ。」
ホルヘはいい人だ。だからこそ、これ以上の負担はかけたくない。
それに、僕にはフェニックスを見たときに思った『自分の出自を知りたい』というのと『世界を見て回りたい』という気持ちがある。だから、それらを心置きなくできるような環境が欲しいのだ。
「冒険者になるとしたら何が必要かを先輩のホルヘに聞きたいんです。」
「そうだな…。とりあえず、冒険者組合の『徒弟』になるのがおすすめだな。」
「徒弟?なんですかそれ。」
「冒険者って仕事は危険が多い。なかでも低級冒険者が被害に合うことが多いんだよ。昔っから低級の死亡率は問題視されていてな。それの解決案として徒弟、つまりは見習いだな、その時期を挟むことで死亡率を下げようって制度があるんだ。」
研修期間みたいなものだろうか。なにごとも自己責任ってイメージの冒険者には合わないものだ。
「徒弟じゃないやつなら組合に登録すればそのまま依頼を受けられる。だが、徒弟の間は冒険者としての勉強をしなきゃならないし、受けられる依頼も一部の簡単な依頼だけだ。」
「それって面倒じゃないですか。」
「まぁ、最後まで聞けよ。徒弟になっても半年おきに受けられる試験に合格すれば、晴れて職人、つまりプロの冒険者になれる。徒弟の間の生活は苦しいだろうが、飛び級で銀三位にまではなれるし、なんの知識もなく冒険者になったやつよりも確実に稼げるようになる。」
研修も最短で半年だ。その間を細々と暮らせばそれなりの暮らしが待っているということか。
「あの、銀三位って冒険者のランクですか?」
「ああ、そうだ。それも説明しなきゃな。」
冒険者には、銅級銀級金級の三つの階級があり、それぞれに三位二位一位の三つの階位があるらしい。三階級の上には、特級と呼ばれるものもあり、化け物扱いされるほどの強さらしい。
依頼は、各階級階位に推奨されるものがあるが、基本的には全て受注することが可能だ。ただ、依頼によっては受注できる階級階位が指定されていることも多いそうだ。
手柄や試験によって階級階位は上がるが、手柄を上げるのも試験を受けて合格するのも順番というものがあるらしく、簡単に上がるものではないらしい。
「そこで、飛び級できる徒弟になるといいってわけだ。」
「なるほど。」
「安宿の相部屋だが部屋も支給される、初心者ばかりだからパーティーも組みやすい、などといいことづくめだ。徒弟になれるのは荒事の経験の少ない若者って決まりがあるんだが、お前の事情を説明すればなんとかなるだろ。」
ホルヘは水差しから水をコップに注ぎながらそういった。
ちなみにジョンは床で翼をたたんで丸くなって寝ている。
「研修っていうよりは学校って感じなんですね。」
「そうだな。冒険者は勉強なんてしたことがない奴ばっかでな、そういう勉強を軽視してこの制度を使わないやつが多い。魔術学院や修道院で勉強をしたことがある魔法使いや神官も勉強してきたことだけでいいだろうと思っている。だからあまり知られていない制度なんだ。」
だからいつまでたっても死傷者が減らねぇ、っとホルヘは溜息交じりに言った。
「だから、俺が冒険者を目指す奴にあったときは、まず止める。知り合ったやつを死なせたくはないからな。だが、お前みたいに事情のあるやつにはこの制度を勧めているんだ。」
「わかりました。僕も死にたくないですからね、その徒弟ってやつになろうと思います。」
聞いている限り、デメリットはあまりなさそうだ。人間関係がめんどくさそうだとか徒弟としてのルールとかきっとあるだろうが、それに目を瞑ればメリットが多いだろう。僕のように本で得た知識ばっかりの奴なら尚更だ。
「そうか、よかったぜ。町に戻ったら早速俺の紹介で申し込むとしようか。募集期限がそろそろだった気がするからな。」
「ええ。他にも冒険者になるのに必要なことってありますか?」
「そうだな…。」
ホルヘがヒゲをいじりながら茶色い目を閉じて考えだしたその時、ちょうど女将さんが料理を運んできた。
「はい、お待ちどう。今日の朝飯、モノクロマス定食だよ。」
「お、来た来た。」
「わー、おいしそうですねー!」
「そりゃもう、うちの旦那が腕によりをかけて作ってるからね。おいしいに決まってるよ。あと、コガネブナ三尾。」
「お、すまないな。ジョンちゃんの前に置いてやってくれ。」
魚を前にしたジョンは、スンスンと匂いを嗅いだ後コツコツと木製の皿で音を立てながら食べ始めた。
「俺たちも食うか。」
「はい。木炭以外を食べるのは初めてですよ。」
「不憫すぎるだろ…。ほれ、うまそうに見えるなら食えるさ。」
料理の香りもいい匂いに感じるし、見た目も美味しそうに感じる。木炭を食べたときほどの勇気はいらないな。
「それじゃ。善なる神々にこの糧を与えていただいたことを感謝します。いただきます。」
「…いただきます。」
定食は、スープとパン、それにサラダと魚のソテーだった。
フォークを手に取り、少し不安に思いながらメインの魚のソテーを口に入れる。
「あ、うまい!」
「おー、食えたか!よかったよかった。」
うまい!木炭も食べられたけど、あれはホワイトチョコレートの味だったからしょっぱい味に飢えていたのだ。
ハーブとバターのいい香りがする淡白な白身魚のソテー、塩と植物油で味付けされたナッツと根菜のサラダ、ふっくらとしたライ麦のパン、豆と玉ねぎのスープ。どれもおいしい。
人間の食べ物が食べれないなんて杞憂だったみたいだ。これからは木炭なんか食べなくてもいいじゃないか。いや、あれはあれでおいしかったけど。
僕は、気づけばすっかり完食していた。
「やー、美味しかったです。」
「そうだろうなー。食べる以外のことが惜しい、って感じだったぞ。」
「そうですか?なんか恥ずかしいなぁ…。」
そんなにがっついていたか。だっておいしかったから仕方ないじゃないか。
そこに、僕らが食べ終わるのを見計らって女将さんがお茶を持ってやってきた。
「食べ終わるの早かったねぇ。よく食べてもらえたから私もうれしいよ。はい、これ。食後のお茶だよ。」
「お、ありがとな。」
「ありがとうございます。本当においしかったです!」
「そうだろうそうだろう。ありがとうね。」
ふう、少し食べ過ぎてしまったかもしれないな。
そう思ってお腹をさすった時、ピリッとした痛みが腹に響いた。
「ん?」
「どうした、ルイス。」
食べ過ぎたのかな、お腹が、痛い。
「なんか、お腹痛くなってきました…。」
「はあ!?やっぱり人間の食いものはダメだったのか!?」
「ど、どうすればいいんだい!?解体!解体して中身を出せばいいのかい!?鉈取ってくる!」
どうなってるんだ、僕の体。あと、女将さんが不穏なことを言いながら出ていったのが気になる。
「うぐぐ…。」
[通知。燃焼できないものを摂取したために異常事態発生。]
やっぱり燃料以外食えないのか…。美味しく感じるのに食べられないなんて…。
この状態をどうにかならんのか。
[解答。機能〈バイオリアクター〉を開放することで事態の解決が可能。]
じゃあ、早くしてくれよ。
[解答。〈バイオリアクター〉の開放には、粘液体の核を摂取することが必要。]
素材が必要になるのか!?いままでそんなのなかったじゃないか…。
「ホルヘ、スライムの核持ってないか?」
「スライムの核だと?持ってないがそれが必要なのか!?」
「それがあれば人間と同じ食事ができるっぽい。」
「なんだと!そこらのスライムしばいてすぐに取ってくる!」
いうが早いか、ホルヘは走って食堂を出ていった。
スライムって本当にそこらへんにいるものなんだな…。
「ほらアンタ!鉈が無かったから斧持ってきたよ!今助けてあげるからね!!」
「やめてください死んでしまいます!ああ危ない!!」
食べ終わった皿を枕に寝ていたジョンが憎らしかった。




