過去編 遠足。
遠足の当日、始業時間に運動場に生徒達は集まり
先生から注意事項を聞いた後、この学校から北に5kmほどにある小枝山を登ることになっている。
運動場には生徒たちが縦列にクラスごとに並んでいた。
1クラス2列、右は男の列、左は女だ。
「なにやら曇っているけど、雨降らないだろうな〜?」
「大丈夫じゃね?」
「昨日、あれ見たお前?」
「おぉ、見た見た」
周りの奴等は、少し黒い雲が、空にちらちら点在しているのを見て
雨が降るんじゃないかと囁いたり、TVの話や、どーでもいい話で
ピーチクパーチク囀っていた。
「寝る雄、お前、あれ持ってきた?」
「あれって何?」
「携帯ゲーム」
「もってこねーよ」
「そんなん見つかったら、すぐ取り上げられるだろ?」
「それもそうだな」
俺に声を掛けてきたのは、中学校からの友達、安田博
短髪の頭に…、特に目立った特徴のないゲーオタ。
言っちゃ悪いが、この時、奴のことはどーでもよかった。
前方にいる、千鶴ちゃんの事で頭が一杯だったからだ・・
「お前等、集まったな」
「出発するぞ、纏まって歩けよ」
「はーい!」
俺達にそう声を掛けたのは担任の桐生権三、国語の教師でもある。
さぶちゃんカットの毛深いゴリラのような男。
俺達は奴の後を、縦列で付いていく。
千鶴ちゃんは小柄な体格のため、最前列を歩いていた。
そして俺は…、185という比較的高い背が災いして
千鶴ちゃんのはるか後方にいた。
この時ばかりは親を恨んだぜ…。
…昼飯時間まで我慢だ、じっと我慢の子。
千鶴ちゃんの顔が、俺の前を歩く男子の一部が、縦列を乱すたびに
ちらちら俺の視界に入ってくる。
後ろの女友達と、楽しそうにご機嫌で喋っている。
その談笑の間に、こぼれる天使のような笑顔が、俺を穏やかな気持ちにさせる。
…あぁ、俺も千鶴ちゃんの隣に揃って歩き、楽しく話せたら
遠足に費やす移動時間のほとんどを、バラ色の時間へと変えれるだろうに。
そんなことを妄想しながら、俺は時々、話題を振ってくる奴等に
適当に言葉を返していく。
「寝る雄ってもてるだろ?」
「そうでもないよ」
「そうか?背も高いしさ」
「それに、クラスじゃ噂だぜ」
「何が?」
「水木千鶴とつきあってるって」
!?
驚くほどでもないが、微妙にインパクトのあるその会話は、
俺の心に揺さぶりをかけた。
付き合う?付き合っているのかな?俺達…。
休み時間一緒に喋ったり、放課後、並んで歩いて帰ったり
その姿は恋人同士だと、言われても不思議はないはずだ。
でも、まだ告白はしてないんだよな…。
それで、付き合ってるって言えるんだろうか?
周りから恋人同士に見られても、そんなものは意味がない。
千鶴ちゃんが俺をどう思っているかだ。
ただの友達止まりと考えているのか…、それとも…。
「……」
「おい?どうした寝る雄」
右手を頬骨に当てながら、物思いにふける俺に
博が、前見えてないだろと言わんばかりに、手の平を俺の顔のあたりで、ひらひら振っている。
「なんでもないよ…」
「そうか?悩み事あるんなら、なんでも言えよ」
博、お前はいい奴だ。
それは俺が一番よく分かっている。
しかし、彼女いない暦=年のお前に、俺の悩みは荷が重過ぎる・・
済まないな。
「おう、ありがとな・」
俺はそう一言発すると、博の右肩に手を回しポンポンと叩く。
一行は、山の入口に差し掛かると、昼飯を食う予定の森林公園めざして
45度くらいの傾斜がある山道を突き進んでいく。
足元には木々の折れた残骸、葉っぱ、砂利などが見える。
たまに、なに食ってんだよってくらい、丸々ふとった毛虫が
出現し、モスラのように地面を這っている。
俺達はそのグロい姿をした生き物を、奇異な眼差しで一瞥すると、巧みに交わし
慎重に山道を登っていく。
奴等も生きるのに必死なんだ…。
足が重い……。
もう、どれくらい歩いただろうか、俺達はだんだん喋る回数を減らしていくと
無口になり始める。
たまに現れる広場が、俺達を期待させるが
前を歩く先生どもが、そこを素通りするたびに、それは落胆に変わっていく。
「おい、どこまで行くんだ?」
「さぁな…」
「おい、着いたぞ、みんな!!」
突然前の方から、権三の最後尾まで聞こえるであろうと思わせる
オタケビのような声が、山々に響き渡る。
「おお、着いたぞ!」
「飯だ〜飯!」
「お前達焦るな!」
その声を耳にし、修験者のように静まり返って歩いていた俺達に
活気が沸きたつ。
やっとか、長かった…。
俺の、パラダイスタイムが今始まろうとしていた。




