過去編、バイオレンス。
「あ、千鶴ちゃん、この方、えーっと、通りすがりにぶつかって、彼女の持っているものが地面にちらかったもんだから、拾ってさしあげた新宮雅さんっていう二年C組の人ですよ〜」
俺は咄嗟に作り上げた嘘八百を並べ立てたんだけど、どこかおかしい。人間予期しない事態に陥ると、口走っている事への理解力も欠如してしまう。なんでそこまで詳しいんだよ。
あーあ、こんな言い訳通るわけが〜……とはいえ、新宮さんに目配せをして、傍らにいる子が俺とどういう関係であるか、今がどんだけ修羅場かを伝える。
新宮さんは少し焦った目で俺の目配せを受け止めていたが、さすがに、機転の利く彼女はどうやら分かってくれたらしく、
「この間はどうも〜、私ドジだから前見てなくって、目も悪いせいもあって、でも、寝る雄さん丁寧に拾ってくださって助かりました」
「いやいや、とんでもない」
新宮さんいいかんじだよ〜、さてと……お隣の千鶴ちゃんはどんな顔を……?
……!? 冷めた細い目――いや……これノーマルか。分かりづれぇ。
取りあえず、つつがなくこの場を乗り切るために、さらっと話を進めるしかない。
「じゃ、千鶴ちゃん、他行こうか?」
「いや……」
ひ〜! なぜ拒否る……?
千鶴ちゃんは、新宮さんの近くまで歩み寄ると、微笑んだ。
「重そうだね、ほら、寝る雄も手伝ってやんな」
「え?」
「お、おう」
三段重ねのダンボールを二人で分けて、持ち運ぶ。
「すみません」
「どこもって行くの〜?」
「あ、そこの部屋です」
新宮さんがポケットから鍵を取り出すと、部屋を空けた。中へ踏み込むと、倉庫みたいな部屋で、ダンボールが累々と重なって並んでいた。
俺たちは荷物を置くと、新宮さんはまだ少しこの部屋に用事があるらしく、有難うと、微笑んで、部屋を出て行く俺たちを見送った。
階段を下りる間、爽やかな顔で俺は歩いていた。一時的とは言え、修羅場と思われる事態に陥り、それをさらりと終えた後の開放感はまた格別だ。
「千鶴ちゃん、今度はまた人絶対来ないとこ探しとくね」
「別に、あそこでいいんじゃないの? それに――」
千鶴ちゃんが階段の踊り場で足を止めた。俺は生唾をごくりと飲んだ。
鋭い千鶴ちゃんが、さっきのやり取りで納得いくわけないよな……
ただ、マジな話、彼女の特殊能力は別として、本当にそれ以外何にもないんだ。
「それに、私は大観衆の前でも寝る雄とキスくらいできるよ」
「ええ!? まじで?」
「うん、全然平気」
何言うかと思えば、いや――これはこれでとんでもない事だ。俺にはそんな真似はとてもできない。千鶴ちゃんって奔放に生きているんだな。周りに捉われない我が道を行く女。格好良いけど、俺に押し付けないでね。
#
4時限目が終った頃、昼飯前に俺はトイレを済まそうと教室を出た。
廊下を足取り軽く歩を進める。飯時前って言うのは、スキップでもしたくなるくらい体が軽い。だが、そんな俺の日常が早くも崩れ去る出来事が襲い掛かってきた。
突然、特大の眠気が俺の頭に圧し掛かってきた。一瞬眩暈かとも思われるような、地が揺らぐ感覚は一体……
「…………」
ええ、俺の体はまたしても、乗っ取られていた。どこからかやって来た海賊に舵を奪われてしまった。
あれだけ意識が軽快でクリアな俺の意識を、一瞬で深く暗い谷底へと突き落とすなんて、こんな事は初めてだ……俺は押し込められた闇の中で、その何者かの言動を観察している。
がに股で歩くソレは、トイレを足で蹴って乱暴に中へと足を踏み入れる。トイレの中には用を足す善良な生徒達が、数人いて、俺が入ってくると一瞥を軽くした。
右端が空いている。少し歩くスピードが速まる。だが――そんな時、刹那のタイミングで先に後ろから割り込もうとした男子がいた。
「お先ぃ」
知らない奴だけど、割り込んで先に便座で用を足そうとしていた。
その男を捉える視界が上下に小刻みに揺れ始める。
両拳は既に硬く握り締められ、そして――
「てめぇ! 殺されたいのかコルァ!」
「うわぁ」
その男子の尻を後ろから蹴り上げる。小便が途中で止まらない男子は、必死にそれに耐えながら、小便を中に垂らしこんでいた。
よく見ると、逆立った派手な髪型、大きな体、結構怖そうな奴だよ。そんな事はおかまいなしに蹴りこんでいた。しかし、男子は耐え切り、小便を終らせるとジッパーを閉じた。
「いきなり何するんじゃあ、外にひっかかるだろ、この野郎!」
「うるせぇ!」
うぉ〜〜痛い、とてつもない殴り合いに発展した。こいつは避けない。鈍いのか? 痛いよ、それでもパンチを返す余裕はあるらしい。だけど、俺は痛いんだよ! 相手の顔も擦り切れ血は出てるし、青く張れてボコボコになっていくが、俺の顔も相当酷い事になっているだろう。それが分かるほど全弾浴びてるし……
「コルァ〜、便所で暴れてる奴は誰だ〜」
「やべぇ」
教師の声が扉の向こうの廊下から、聞こえてきた。
殴り合っているのを、誰かが密告したんだろう。
それを聞くや、最後、相手の右ストレートを交わした後、そそくさと俺の体は外へ走り去ろうとした。
しかし、入り口で教師に背中の端を掴まれ、逃げ切れなかった。
「二人とも、保健室行った後、職員室来い! いいな!」
「…………」
「はい」
ゴツイ教師が傷だらけの男子と俺に言った。
確かこいつは違うクラスの体育の先生だっけ、名前は忘れた。
隣の男子が俺の顔を睨む、たぶん俺も睨みかえしている模様。
しかし、エライ事に……ちょっと今回俺の体乗っ取ったやつ気性荒すぎるぞ……




