過去編、新たな……。
「ど、どうしたの?」
「……ここじゃ話せない」
「じゃ、移動しよっか」
「うん」
千鶴ちゃんは立ち上がると、肩をいからせながら、俊敏な動きで生徒達の間を縫って歩く。
俺は股間に両手を揃えて、猫背気味にその後を追った。
いや〜、なんかいつもより歩き方に無駄が無いね。
最短距離を進むあれは、アサシンかスリかとも思える足裁きだ。
怒ると動きが鋭くなるんだな、とりあえず彼女の癖発見だ〜。
とか――言ってる場合じゃないよ! 早いよずんずんと!
「待って〜……」
俺は千鶴ちゃんに追いつくと、3階の理科室を右に曲がった細い廊下に行こうと進言した。
ここ穴場なんだよ、いつでも人がいないんだ。こういう場所を確保するって事は結構重要でね。ちょっとした内緒話とかする時とかにいいんだよ。
博が極秘に手に入れたHなDVDの受け渡し場所としても重宝している。
「このへんで話そう」
俺が場所を指差すと千鶴ちゃんは頷いて、廊下の窓に近付きスライドさせて空けた。
窓の桟にもたれかかり、顔を少し外に出すと、眼下の校舎裏の細い道に視線を流していた。
表情見分けるの難しい娘なんだけど、さっきまでの憤怒の形相は幾分、外の空気を吸って、和らいでいるようにも見える気が。
さて、なんて声をかけよう……取りあえず、
「千鶴ちゃん、何かあったの?」
俺が気さくに声をかけると、窓から出していた顔を引っ込めて、俺のほうに暗い影を孕んだ顔を向けた。
まだ和らいでいなかった……彼女はその顔を向けたまま押し黙っている。
この重い沈黙は……と千鶴ちゃんの威圧感に押され、右足を半歩後ろに引いた時――
「寝る雄君〜、聞いてよ〜ママったら、ママッたら〜」
失われたあの顔で、俺の胸に顔を擦りつけながら、ぶりぶりモードで話し出した。
ちょ、めちゃめちゃ可愛いし、この胸に当たる小さな頭がとっても愛らしくて、頭を後ろから柔らかく抱きたくなるんだけど……なぜ今これに変身するの?
「あのね、ママったらね、この洗練された私の演技がね、駄目だって言うの!」
彼女は俺の胸に内側に柔らかく握った両拳を置いて、顔を上げて言った。
涙の粒を目尻に溜め、丸顔の愛らしい円らな瞳を真直ぐ俺の目に向けてくる。
かわいい……な、なんてかわいいんだ、
その無垢で愛らしい生き物を目の前にして、俺の何かが音を立てて崩れ始める。
「千鶴ちゃん〜〜〜」
もう理性というものが吹っ飛んだね。
がばっと両手を横に開いて彼女の体を抱きこむと、口を尖らせて可愛らしい唇に突撃させたんだ。
そしたら――
「ここまで!」
って聞こえたかと思うと、顎を右手で下から押し上げられた。
だけど――もう俺の勢いは止まらなくって、その手を顎の力で押し戻し再度キスを迫る。
しかし、彼女は押し返すことを突然やめると、後ろに体を引いた。当然、勢いがついているから、前のめりに体を倒すけど、それを千鶴ちゃんはさらっと体を横にして避けた。
俺は勢い余って壁に額を打ち付けると、額を押さえながら顔をしかめていた。
いててて……なに……今の流れるような体裁きは……合気道の使い手か?
「ほら、完璧、なにがいけないんだか」
俺は額を撫でながら振り返ると、千鶴ちゃんが冷めた細い目で平然とそう述べた。
「寝る雄、今の私の演技良かったでしょ?」
「いっつあぱーふぇくと」
親指を立てて、彼女の演技を褒め称えた。申し分ありません……
そのままベッドに押し倒してもいいくらい……
#
「何だそんな事か〜、別にいいんじゃない? どうせ占い師になるんだし適当でさ」
「違うよ、霊媒師だよ、それに一応何ヶ月もあの顔を練習してきて、極めてたつもりだったから、悔しくってね」
「でも完璧だったよ、俺から見たら100点満点だよ」
は〜〜〜、なんていうか長閑で、平和だなぁ。
さっきまでの怒りがこの程度の理由だなんて。来る前はさ、俺に何か不満でもあるのかと思って冷や冷やしてたよ。
さぁ、かえんべ、授業も始るし――と、安心しきって教室へ向けて踵を返すと、
「寝る雄君、もう一度良く私の顔みて」
「え? もういいって、何度見ても……」
千鶴ちゃんが呼び止めてきて、タイプ2の顔を近づけてくる。
う〜ん、どこがいけないんだろうな〜?
俺は仕方ないからまじまじと覗き込み、敢て欠点らしい所を探していると――
「ちゅ〜〜〜〜」
千鶴ちゃんが不意をついて、唇を俺の唇に重ねてきたんだ、というよりは吸い付いているというか。
俺はまるで抵抗せずに、ただそれを受け入れていた。
なんて柔らかいんだ……あぁ、生暖かい……幸せ……
色んな思いが交錯しているが、全く纏まらなくて、そうしているうちにも、彼女の柔らかい唇がゆっくり離れていく。
もう俺は茫然自失で、頬が少し赤らんだ彼女の顔を見つめていた。
「じゃ、先行くね〜」
ちょっと俺はそれに反応が出来なかった。放心状態で思考が停止していたからだ。
しかし――その思考の空白地帯が生まれた時、何者かが俺を侵食し始める。
またあの猛烈な眠気が急に襲ってきたかと思うと、その重々しさに額を右手で押さえて、意識が遠のきはじめたんだ。
「………………」
#
「授業終ります〜、きり〜つ、れい、着席!」
授業は終った、古典の授業は終ったんだけど――体は動いているんだけど、俺の意思で動かせないんだ。
これは、あの現象と同じだ――俺は一度同じ経験をしているので、前よりは冷静にこの状態を、押し込められた場所から眺めていた。
しかし、こいつ、まだ声を発していない。授業中、真面目にノートを取り、授業を聞いていただけだ。ま、授業中だし仕方無いんだけどね。
ただ、雰囲気が前のタイプ2の時とは明らかに違う。クラスの女の子をちらちら見ている。
まるで物色しているかのような目の動き、昔の俺のような飢えた眼差しできょろきょろしていた。
これは――第2の幽霊が現れたんだろうか? 俺はそう思うと、しばらくこいつの動向を見守ることにした、いやそれしかできないんだけどね!
椅子を引いて立ち上がるぞ。どこへ行くつもりだ?
千鶴ちゃんとこか。
「千鶴ちゃん、元気?」
「ん? 元気だけど……」
彼女も気づいているようで、どこか不審な目で俺を見ている。
何か見えているのだろうか。
「そうか、それは良かった! じゃちょっとトイレ行ってくるね〜」
「はいな」
千鶴ちゃんにたぶん笑顔で振り向いて、手を振ったよ。
教室を出ると、振り返りながら何かに警戒をしているな。良く分からないが……
あれ、急に走り出した、どこ行くつもりだ?
――あ、素早く廊下を右折した。その後、さっと壁際に張り付いて、顔を少し出して走ってきた廊下を探った後、何かに安堵したのか大きく息を吐いた。
ここは――同じ学年の違うクラスの教室が連なるエリアだ。
ん? 前から一人メガネをかけた、大人しそうな女子がとぼとぼ歩いてくる。
その彼女を食い入るように見る『タイプ3』としておこうか。
美肌、色白、優等生タイプ、三つ編み、メガネ、メガネ取ったらたぶん可愛い。(寝る雄スコープ)
たまにクラスにいる、大人しくて無口な女の子ってかんじだろうか? 人見知りタイプ?(寝る雄、独断と偏見スコープ)
そんな彼女に近付いていくぞ……




