過去編、適職。
俺達はカラオケハウスへやってきた。
細い廊下で受付のねーちゃんに、金払って3時間コースドリンク付きを伝える。
廊下に建ち並ぶ部屋のドアから、同年代くらいの男女の声が薄っすら聞こえてくる。
一室に入ると、オレンジの細い長いソファーに並んで座って、リモコンを握る千鶴ちゃん。
店員が飲み物を運んできたようだ。
「飲み物お持ちしました〜」
「ごゆっくり〜」
小さなテーブルに飲み物を置くと、リモコンで千鶴ちゃんが好きな歌を選曲しはじめる。
「今日はなんだか気分のらないから、憂鬱な女にしようかな」
何その題名……いや、そんな歌が実際あるんだろう。
どんな曲だ?
『今日は〜良い事なかった〜♪ 明日も良いことなさそう〜♪ だけど、あなたがいるから〜更に憂鬱に〜♪』
いや、それ、俺へのあてつけですか?
しかし美声な千鶴ちゃん。綺麗な声してるよほんと。
冷めた細い目を浮かべるそのお顔から、透き通るような声が流れ出てくる。
彼女の歌のリズムになんとなく、頭の振りを合わせながら、その場にしたしむ。
いや〜、こんな雰囲気あんまり味わった事ないんだ。俺。
カラオケ行かないしな。
「お粗末さま〜寝る雄歌え」
どこか歌いきった後の千鶴ちゃんは、満足そうな顔を浮べ俺に振ってきた。
俺はなに歌おうかな?
「えーっと、選曲、知らない歌ばかりだ」
「寝る雄これ歌え、メランコリボーイ!」
えぇ、なんじゃそれ。
ま、歌ってみるよ。
『鬱だ〜鬱だ〜鬱だ〜♪ ……」
いや、俺を鬱にさせるつもりですかあなたは……
しばらく、良く分からんない歌の応酬が続いていたが、俺はそろそろあの事を聞こうかと、千鶴ちゃんの歌が途切れるのを待っていた。
ちょっとは休んでよ〜、歌いっぱなしだよ、あんた。
「はー、疲れた、ちょっと休憩〜」
ソファーに深く腰掛け、飲み物に手に取る千鶴ちゃん。
今だ、今しかない!
「千鶴ちゃんさ〜、そろそろ本題に入りたいんだけど」
「本題? なんかあったっけ?」
さばさばした表情を俺に向ける。
「ほら〜、俺じゃなかったって話」
「あぁ、あれね、あれは……」
突然の沈黙、あれはの言葉が急に低音になったのを聞き逃さなかった。
「ところでさ」
千鶴ちゃんは、あれはの続きを言ってくれるかと思いきや、
「私のママ、女優でしょ」
突如、千鶴ちゃんの母上の話へ。何故その話題を……
千鶴ちゃんはオレンジジュースの氷をストローでかき混ぜ始める。
「特訓と称して、出されたお題をやるよう強制されてるけどね」
あぁ、男を手玉にとる無垢な少女の奴ね……。
「あれ本当はやる気あんまりないんだ、性格じゃないっていうかね、元々私は女優なんかになるつもりはないんだよ」
顔可愛いし、俺を手玉にとったあの千鶴ちゃんの演技は、たいしたものだと思うけどな〜。
千鶴ちゃんはジュースを置くと、カバンの中から何かを取り出した。
とても怪しい黒っぽい本。
それをテーブルに置いて俺に見せる。
『あの世は身近にある 著 柊三太夫』
なんですかその本は……
「私実は、霊能者になりたい。もしくは占い師、占星術師、祈祷師、陰陽師など」
「ええ!?」
女優じゃなく、そんな怪しい職業に就きたいだって!
あんた、そりゃ似合いすぎだよ……
思ってもいない言葉を聞いて、俺は開いた口が閉まらない。
視線を降ろして、冷めた細い目にどこか照れ臭さのようなものが映る。
こんな顔は今まで見たことないな――本気か?
「なんで、そんなもんになりたいの?」
俺はとりあえず彼女の志望動機を聞いてみる事にした。
「いや〜、私小さい時から、色々見えるからさ、性に合ってるな〜って思って」
色々ってなにが……
「例えば、今日寝る雄を支配していた幽霊とか」
「え? なに言ってんの?」
思わず、体全体に鳥肌を逆立てながら、聞いてみた。
いや、マジ怖いんですけど。
「寝る雄、あんたには5体の霊魂がついてるよ」
…………
「まさか、今日俺を支配していたのは、幽霊だって事?」
「そういう事、ま、慣れればたいした事無いよ」
いや〜〜〜〜〜! 慣れたくないよそんなのと!
俺は5体とか言われて、血の気がうせる。
いや、その前に何故俺にとりつく?
「ちょっと俺についてるっていう幽霊について、詳しく教えてくれる?」
「いいよ、じゃあ、初歩的な事から教えてあげよう」
口端が右に怪しく割れる。
なんかすっげ〜〜楽しそうに笑ってる。
怖いよ、まじで似合いすぎてるから……。




