過去編、タイプ2の実力。
「最初に言っておく、一撃だ」
俺はその場で軽く脚を弾ませながら、神楽に言った。
「一撃だと? 一撃で俺を倒すっていうのか? お前が?」
「ま、そういう事だな」
神楽にしたり顔で言ったに違いない。セリフから判断。
俺の顔は見えないしな。
ただ神楽の顔だけは俺からも見えた。
うーん、この形相は……、怒ってますね、凄く怒っています。
犬みたいに低い声で唸っています、鋭い目つきにこめかみに何本も皺が浮き出て、殺気が吹き上がっています。
やばいっす、どうしましょ?
いやもう、俺タイプ2に任せるしかないんだけど……
「しねやぁあ!」
突然、神楽は右拳を後方に素早く引き、勢いをつけて俺の鼻面に、その堅い拳を直ぐに突っ込ませてきた。
神楽渾身の右ストレート。
それが俺の目の前まで来た時、深層意識に押し込まれた俺は瞑目した。
いや、タイプ2の俺は目開けてますけどね……
真の俺はまだ目は閉じてるんだけど――――左手を素早く動かし何かを払った感覚、右拳が堅い顔面を打ち抜いたような衝撃、嗚咽、呻き声、壁に叩きつけられた何かの音、そしてタイプ2の俺の罵声と楽しそうな笑い声、しつこく誰か(たぶん神楽)へ右足を連続で振り下ろす行為、それに伴う呻き声――――
あぁ、そろそろ説明面倒臭いんで、目を開けます。
「ごめんなさい、もうしません、許して、許して」
「あぁ、てめぇ、これに懲りて偉そうな口俺に聞くんじゃねぇぞ!」
「分かりました、もう、あなたには逆らいません、忠誠を誓います、私は奴隷です、犬です、イナゴです」
神楽の顔面には俺の右拳の後がくっきり付いていた。
赤くはれた右頬、鼻からは鼻血が垂れていて、俺の右拳を顔面で受けた時、その衝撃で後ろの壁に叩きつけられて、そのままずるずる地面に座り込んだようだ。
その神楽に罵声と悪魔のような笑い声を発しながら、腹を足で何度も振り上げている。 もう完全にグロッキーな神楽は、ただバッタのように震える声で涙を流し謝っていた。
「まぁ、もう飽きたし、行けよ」
「俺もそろそろ便所行かないとやべぇ……」
腹を蹴る足を止めると、ふーっと大きなため息を付き、神楽に呟いた。
タイプ2の俺はちゃんと、便意の事を覚えていてくれた。
いや思い出させるほどの、猛烈な便意。
これだけは目を閉じても、真の俺にさえ苦しみが共有されていた。
もうこうなると、タイプ2も俺も行動が変わらない。
内股になって左腹を左手で押さえ込んでいる。
漏れそうなんだよ。
神楽はそのまま放っておいて、便所に走る!
「どけどけ〜!!」
勇ましい声を上げながら、廊下の淀んだ空気を肩できりつつ走り抜けていく。
前に立ち塞がる、ふらふら歩く生徒どもをヒラリと交わすが、少し危うい。
あ、避け損なってしまった……
俺の猪突猛進なタックルを受け、横に吹き飛ばされる見知らぬ誰か。
ごめんよ、俺のようで俺なんだ。でもどうしようもないんだよ……
「便所発見〜!」
恥ずかしい事を大きな声で。
もう少し慎みが欲しいよ。
大便用便所のドアをぶっきらぼうに開くと〜〜〜〜省略。
「すっきりんこ」
これを言ったのも、まだタイプ2の俺。
言動は違うようでやっぱり俺なんだなって、痛感するような台詞。
まだ支配は解けていない。
しかし、この長く押し込めていた物を外へ全て押し出した後の快感は、何と例えたら良いだろうか?
良くパニック映画で船が沈んだ乗客が、あらゆる苦難やハプニング、仲間の死を乗り越えながらも、沈み逝く船の外に脱出し、息が切れそうになりながらも海の表面にたどり着き、顔を出して新鮮な空気を吸って、安堵の表情を浮かべ、生き残った仲間と笑顔で顔を見合わせて、青い空を仰いだ時、ヘルプに来てくれたヘリの姿をタイミング良く、視界に捉えた時のようというか――――長いけどそんなかんじでした。
そんな快感の説明はさておき、これからだよ。
前の時、そう、この症状が出たのは、千鶴ちゃんの兄貴と一緒にいた時だ。
あの時は――殴った後、案外すぐにタイプ2の俺は消えたんだよ。
だけど、今は消えていない。
この後何しでかすんだろう?
真の俺は不安に苛まれながらも、何もできないので、彼の動向を見守るしかない。
「さてと、どうするかな」
どうするおつもりで?
「取りあえず、俺の彼女、千鶴に会いに行くか」
「寂しがってるかもしれないしな」
いやあ、それだけは止めて、お願い止めて。
そんな訴えは彼には聞こえない。
トイレを済ませた彼は、案外穏やかに廊下を歩く。
肩を張りながらだけど、相手がぶつかりさえしなければ、通りすがりの人に牙を向く事は無さそうだ。
どこか気取った歩き方、マイケルのムーンウォークでも始めそうな勢い。
顎をきゅっと引き、下から押し上げるような上目遣い。ちょっと目が痛いよ……無理してるってば。
結構、ハードボイルドが好みのようだ。
――あ、眼鏡の白いヒョロイ奴と肩が触れた。
……どうでる?
「気をつけな!」
「は、はい」
多少睨んだとは思うが、案外さっぱりした声を掛け、何事も起こさなかった。
うーん、案外紳士的な奴だ。なんでもかんでもケンカ売るわけじゃないらしい。
当等、教室の扉の前まで来たよ。
扉を開け放った瞬間――走った!物凄いダッシュ!
教室をうろちょろする生徒どもを巧みに交わす。
交わす! 交わす! なんというフットワーク。
さっき便所に向かう時、避けそこなったのは便意のせいか!?
目指すは――あぁ、やっぱり千鶴ちゃん……
冷めた細い眼で椅子に腰掛け、何やら黒い怪しげな本に目を通していた。
そんな彼女の机の上側の角二つに両手を広げて突っ伏し、前のめりに千鶴ちゃんを覗き込んだ。
千鶴ちゃんの机が前に大きく揺れる。木の机の片隅に良く分からない魔方陣の彫り発見。
彼女は細い眼を俺に向けて、本を静かに閉じた。
「千鶴! ただいま」
「寝る雄、遅かったな、大か?」
糞〜、俺の彼女だぞ、気安くしゃべりやがって。
なんだか、タイプ2の俺に憤る真の俺。
千鶴ちゃんは、ごく自然に接している。
そいつは俺であって、俺じゃねーんだよぉお。
「まぁな、ところで千鶴、次の休憩時間、屋上で飯食おうぜ」
「ん? 何で屋上?」
「そんなもん決まってらぁ、俺たちゃ、カップルだぜ、二人っきりになる場所で飯食いたいだろ?」
「な? いいだろ? な? な?」
「分かった」
周りに聞こえるような大きな声で、手のひらを前で合わせてまで頼み込む。
千鶴ちゃんは、特に驚いた様子も見せずに、タイプ2の俺に冷めた目で頭を縦に振り頷いた。
うーん、千鶴ちゃん俺の異変に気づかないのかな?
しかし、こいつ、大きな声で快活に言いたいこと言うし、強いし、何かかっこいいな。
確かに俺なはずなんだけど、なぜか嫉妬してしまう。
#
まだ支配が解けていないが、現在4限目の授業中――英語。
机に上半身を前のめりに伏して、左腕を横に長く敷き、その上に額を乗せる。
眠っているのを先生に悟らせないようにするため、本を頭の前に立てて、鉛筆を右手に持たせ、絶妙の角度でそれを固定させる。
鉛筆の下にはノートとその隣に開いた英語の教科書。
鉄壁の陣の中で眠りにつく俺、いやタイプ2。
普段の俺は案外真面目に授業きいて――――ないけど……、ここまで完璧な陣を張る事はあまりない。
よっぽど眠さに耐えられないという、不遇な事態に陥っている時くらいしか使わない。
だが、その鉄壁の陣を破ろうとする者がいた。
「ちょっとそこ〜、寝てちゃ駄目よ〜」
「起きなさい、えーっと、寝る雄君か」
優しいどこか色気さえ漂わす大人の女性の声。
この英語の授業を取り仕切る赤城香。
地毛か染めているのか、微妙な茶色がかった髪が肩まで伸びていたはず。
赤渕の眼鏡に大きな瞳、今日は赤渕メガネかどうかは知らない。
この学校にいる女教師の中じゃ美形な方だとは思う。
タイプ2の俺は寝ているが、真の俺は起きていた。
しかし、先生の声に反応しようと、体を動かそうとするが、まだ支配権は奴にあるようだ。
おいおい、赤城は美形だけど、怒らすと怖いぞ。
「起きなさい!」
ほら、声のトーンがさっきより2つほど、上がってきてますよ。
そろそろ起きないと、何か飛んでくるに違いな――ドカ!
黒板消しが俺の頭に命中……この感触は絶対そう。
白い粉がパラパラと腕に埋める顔の方へ降り注ぐ。
粉くさいよ、思わず咳き込む俺の体。これは自然反応だな。
「うーん、うっせーな」
うぇ、いきなり、そんな大胆な言葉を……




