過去編、覚醒。
次の朝、学校が普段通りあるわけで、太陽の日差しを瞼に受けた俺は、一つ欠伸をすると、布団を跳ね除け、学校へ行く準備に取り掛かる。
母ちゃんと雪乃が慌しく飯を食い散らかし、母ちゃんは俺にフライパンにある玉子焼きの存在を示唆すると、さっさと会社へ出かけていく。
父さんの姿は既に無い。片道1時間の会社へ着くには、俺達と同じ時間に起きていては間に合わないんだろう。
影の薄い父上。そのうち存在感が増す日も来るだろう。
取りあえず、雪乃に博との今日の予定を尋ねてみる。
「今日はダーリンとなんか予定あるの?」
ご飯を先ほどの玉子焼きを味わいながら腹にかきこむ。
俺がひやかすように放った言葉に、雪乃は面倒くさそうに訝しげな目を向けて返してくる。
「んなの、お兄ちゃんに関係ないでしょ」
「へいへい」
そう言いながらも、多少俺は兄貴として、突っぱねられた事に寂しさを感じてしまう。
あぁ、我が妹はこうして大人になっていくんだなって。
小さな頃は事あるごとに、「お兄ちゃん!」を連呼してなつかれたもんだが……
#
俺は面倒くさい学校への道のりの全行程を終え、教室の扉の前まで来ていた。
相変わらず中から、ピーチクパーチク賑やかな男女の声が漏れ聞こえてくる。
俺が扉でもたもたしていると、突然後ろから強い口調で話しかけてくるものがいた。
「寝る雄、さっさと入れよ」
「ん?」
そう偉そうな声を浴びせてきた男の名は神楽昌彦。
金髪で眉毛が薄い、いかつい顔をした男。
このクラスの中じゃちょっとした強面で名が通っている、言わば、ぐれてる奴?、DQN?
馬鹿? 不良? 何か古いな、まぁそういうややこしい奴だ。
できれば、近寄りたくない奴であるのは間違いない。
「あ、どうぞ」
俺は神楽に道を開け、先に入ってもらうよう促した。
「ふん」
なんでそんな朝から不機嫌なんだよって思うような顔を俺に向けると、中へスタスタはいっていく。
そいつがいなくなると、一息ついて扉に手を当てる。
さぁ、俺も中へ入ろう――っとした時、体を先に割りこませ入ろうとしてきた不貞の輩がいた。
もう、神楽のような不穏分子はこのクラスにはいないと思い、ちょいとムカついたので、その輩にきつい言葉を浴びせてみる。
「ちょ、俺が入ろうとしてるのに……」
きついといっても、この程度しか言えない俺。
「うっせーんだよ」
そいつは長い髪を右耳から後方へ流しながら、俺に鋭い犯罪者のような目を向ける。
女だ。しかも怖い女。あぁ、忘れてたよ。
神楽の女バージョン、志賀真由美だ。
長髪を茶色に染めていて、ボインで美形の女、どこか擦れた目を浮かべる影のある女。
彼女もまた、朝に似合わない虫の居所が悪そうな顔を浮かべて
「さっさとどけよ」
怖い顔で凄んだかと思うと、俺の左足に振り向かずして、右足で蹴りを命中させる。
痛いと思いつつも、視線を向けずに俺の足に正確に当てた事に、ブラボーっと言いたくなったがそこは抑える。
しかし、男がやったらムカつくんだろうけど、女がやると格好よく見えるのはなぜだろうか。
#
朝からそんなハプニングを2度味わい、多少おどおどしながら教室の中へ向うと、博と千鶴ちゃんが俺の席でなにやら会話を弾ませていた。
そこへ割ってはいる俺。
「おはよー」
「おう、寝る雄、おはよ」
「おはようさん」
それぞれと挨拶を交わした。
博は普段通りの笑顔を向けて俺に爽やかな挨拶を飛ばす。
千鶴ちゃんはまぁ――冷めた細い目がデフォなんでなんとも言えないが、爽やかとは程遠いかな……
昨日の事もあるので、少し様子を窺いながら、会話へ入るタイミングを計る。
俺が何か言おうとした瞬間、千鶴ちゃんが俺にあの目を向けてきた。
「寝る雄、昨日の事はきにしないでいいからな」
「あ、ごめんよ、昨日」
「うん、いいよ、兄貴が悪いんだし」
なんて素直なんだ。
しかも、いきなり先手で言われてしまった。
これは――もしや、博が空気を暖めてくれていたのかと思い、博に視線を向けると、案の定、片目を細めて俺に何かの意図を伝えてきた。
やはり、さすが博。ありがたや〜。
#
俺は千鶴ちゃんの言葉で安堵してしまうと、トイレに無償に行きたくなった。
朝きっちりしてきたんだけど、今日はボリューム多めらしい。
便意が波濤のごとく急激に押し寄せてきたので、二人にトイレへ行くことを告げると、内股になりながらトイレへ走る。
便所ー、便所ー!
心の中で便所のイメージがぐるぐる回り始め、それしかもう頭になかった。
それが少しばかりの不注意につながり、敵との接触を回避する足を遅らせる。
「コルァ、テメーいてーじゃねーか!」
げ、神楽……
このやばい時にやばい奴に体当たりをしてしまったよ。
殺されちゃう。
もう、俺の腹の痛みは限界だというのに。
どうしよう、平謝りするか?
俺は便意に頭を混乱させながらも、恐怖におののく。
「てめぇ、謝らないつもりか?」
「ごめんなさい、すみません、でも腹が」
謝りながらも便意の旨を彼に伝えた。
背に腹は変えられないんだ。
「そんなもんしるか、土下座しろ」
そんな、この便意で土下座なんかしたら出ちゃうだろ。
「早くしろ!」
ああ、もう駄目だ、そう俺の中で苦悶が頂点に達した時
――あの瞬間が訪れたんだ。
俺は意識が虚ろになり始めると、急激な睡魔に襲われ、額に右手を当てて、その場で暗く俯いて佇む。そしてしばらくそのポーズで沈黙を決め込む。
「あん、なんか言えよ?」
「………………」
「こら、さっきのは誰に向って言ったんだ?」
「おめーだよ……」
そして次の瞬間、一転して態度を変えると、俯いていた顔を神楽に向けて強気の発言を飛ばした。
俺の中に良く分からない感情が流れ込み、全く制御ができないんだが、元の意識はきっちり残っていて、今発している言葉に心の片隅にいる本当の俺? は恐怖を感じていた。
――がそれとは別にその異質の感情が俺の言動をきっちり支配していた。
「てめぇ、誰に口聞いてるつもりなんだ?」
神楽は凶悪な顔を更に歪ませ、見るに耐えない顔で凄んでくる。
今にも掴みかかってきそうな勢いだ。
「同じ事言わせるな、おめーにってんだよ、死にたいのか?」
俺がそう神楽に凄み返すと、なぜかボクサーのオーソドックススタイルで左手を前にだし、右手を後ろに引き気味に構え、左足を前にシフトし右足を後方にして浮かす。
そして、神楽を睨みつけた。
うん、たぶん怖い顔をしているよ、かつてないほど、顔の筋肉に力が入ってるから。




