過去編、彼女の秘密。
「帰るか〜、博またなー! 」
「お、おう」
博は俺とまともな会話を交わす間も惜しんで、雪乃の学校へ行くため突っ走っていった。
徒歩で一時間なわけだし、走り続ければ30分ってとこか。
まぁ……汗だくもいいとこだろうけど、頑張ってくれ。
俺は俺の戦場が待っている!
「千鶴ちゃん〜どこ行ったのかな〜?」
教室を見渡すが、彼女の姿が無かった。
どういうことだ……?
「今から寝る雄んち行くよ」
「俺も一緒に行っていいか?」
「うん、きなよ」
千鶴ちゃんが誰かと喋っている。
誰だよあれ?
短髪の黒髪、男らしい眉毛、太い腕、シャツの間から見えるギャランドゥ〜
なぜそんなムキムキマンと一緒に会話しながら俺に近付いてくる……
反則だろ……。
どういうつもりだ?
来やがった……
彼氏の前でいきなり浮気披露でもするつもりか?
「寝る雄、行くよ」
「ちょっとまったー! 」
何を平然と事を進めようとしてるんだ。
その隣の男の説明がまだじゃないか。
ここは譲れないよ、ちゃんと聞かないとな。
「そのお方は誰? 」
いや、もう、「お前誰だよ?」って直に噛み付き気味に聞きたかったけど
抑えたよ。
とても強そうだし、ケンカしたらまず地面に、這いつくばることになりそうだからね。
もちろん俺が……
「これ? 私の兄貴だよ」
「おっと……紹介がまだだったな」
「寝る雄君って言ったかな」
「俺がコイツの兄貴、源五郎だ」
「よろしくな」
「はい、よろしく」
無意識にお辞儀を3度連続で彼にしてしまった。
いや、せざるを得ない雰囲気を醸し出す男。
こんな奴が千鶴ちゃんの兄貴だと〜〜!?
まぁ……驚くほどでもないけど、彼女も十分ユニークだし……
こんな兄貴がいてもおかしくはないよ。
でも……問題は、さっき遠くから聞こえた会話だよ。
「千鶴ちゃん、もしかして……お兄さんもうちに連れてくるき? 」
「うん、駄目? 」
「いや……でも……」
素直にOKなんか言えるわけないじゃないか。
何故、兄貴を彼氏の家に連れて来るんだよ。
「寝る雄君、気にするな、ちょいと話があるだけだ」
「家の中にまでは、お邪魔する気は無いよ……」
鋭い目つきで俺に威圧感を目一杯浴びせかけてくる。
これは断れないよ、でも家の手前で帰るって行ってるんだし
取りあえず、折れておかないと怖いな。
「じゃ、じゃあ、行きますか……」
「うむ、行こう」
良く分からない展開のまま、なぜか千鶴ちゃんとその兄貴に挟まれながら家路を辿る。
「寝る雄、今日何して遊ぶ?」
千鶴ちゃんが、いつもの冷めた細い目で聞いてきた。
「そうだなぁ……」
彼女との会話中にも隣の兄貴の存在が気になる。
額に汗が吹き出てくるので、ポケットからハンカチを出して
こまめにふき取る。
「寝る? 」
「え!?」
喉から心臓吐き出しそうになった……
唐突にとんでもない事を……
彼女の口からそんな大胆な言葉が、いきなり出てくるなんて。
寝るってあれの事か〜〜〜?
「寝るだと〜!! 」
兄貴の目つきが更に鋭くなり、声に明らかに殺気が混じっていた。
何で怒るんだ、何で俺みるんだ、俺が言ったんじゃないよ〜〜。
「俺の妹を……てめぇ許さねぇ……」
手を組んでバキボキ言わせながら、俺ににじり寄る源五郎。
おい、千鶴ちゃん、助けてよ〜?
なんで黙ってみてるの……?
千鶴ちゃんに助けを求めて、藁をもすがる視線を送るが、彼女は余所見をしていた。
電柱に止まるカラスを見上げていたんだ……
「おらー! 」
兄貴が物凄い勢いでマッチョな体ごと突進してくる。
だ、だめだ……殴られる……。
目を瞑りその時を待つ。
――ん? 兄貴のワイルドなパンチがこねぇ……
目を恐る恐る開けてみると、俺の顔を覗き込みながら源五郎は笑っていた。
なぜか一緒にいる千鶴ちゃんまで俺をせせら笑っている。
「ははは、ごめんよ〜、寝る雄ちゃん」
「兄貴、今の良かったよ、迫真の演技だよ、二重丸」
「そう〜? まぁ千鶴には負けるけどね〜」
どういうことだ……今分析中……
兄貴の雰囲気が豹変した。さっきのドスの効いたコワモテマッチョマンから
オカマバーのマスターに変わったよ。
「あの、どういう事? 」
俺は思わず思った事を直言ってしまった。
無理もない、二人のパラレルワールドに突然引き込まれたんだから。
「寝る雄ちゃん、知らないの? 千鶴」
「あぁ、そういや教えてなかったね」
「じゃ、私が教えてあげようかしらん」
マッチョオカマと化した源五郎が、俺に気持ち悪い視線を向けて
何かを話すつもりらしい。
「水城紗枝子って知ってる?」
「確か、その人有名な女優さんでしたっけ」
「そう、あれ、うちのママンなの」
「ええ!? 」
驚いた……
水城紗枝子っていや〜、サスペンスドラマや恋愛ドラマ、時代劇、etc――でひっぱりだこの有名な女優さんじゃないか……
そんな有名人が千鶴ちゃんの母上だと〜〜〜!?
「でね〜、うちのママン演技とかうまいでしょ〜」
そら女優だしね……
「言わば、演技のプロよね」
「そんな母を持つと私たちも大変なのよ〜」
「私たちにも俳優や女優の道を目指す事を強要してきてね〜」
「それになるためには、日ごろの鍛錬が必要とか」
「だから、毎回、私たちにお題をだしてくるの〜」
ゲンゴロウは体をクネクネさせながら、内股で気持ち悪い目線を俺に向けて連射してくる。
巧みに俺はそれを交わし続ける。
左、右だ、そこで左向け、やばい正面からくるぞ、そこで足を掻きながらしゃがんで回避!
――取りあえず
彼の目線を交わし続けるのも大変なので、千鶴ちゃんに視線を合わせたまま、彼にお題の事を聞いてみよう。
「どんなことさせられるんですか? 」
視線を向けた先が千鶴ちゃんだったせいか、それに答えるのも千鶴ちゃんに変わってしまった。
「簡単だよ、決まったキャラになり切る事」
「今兄貴に出されてるのは、硬派で喧嘩っ早いマッチョマン」
「そして、あたしに出されてるのは……」
ごくり……固唾を呑んで耳を傍立てる。
彼女は一体何に……?
「男を手玉にとる無垢な美少女……」
ちょ、ちょっと待てよ、 まさか……俺をやっぱり騙してるのか!?
頭の中にふつふつと怒りがこみ上げてくる……
「あ、でも勘違いするなよ、寝る雄」
「私は男にはうるさいから、演技のために適当な男に声掛けるなんてしないから」
「寝る雄は私が気に入ったから声掛けたんだよ、演技はついでだよ」
ナイスフォロ〜〜〜! 千鶴ちゃん!!
この時、彼女の誠意を始めてみたかもしれない。
やっぱり彼女は悪女なんかじゃなかった……
なんだかんだいって、俺の事を思ってくれている。
千鶴ちゃんは俺にホの字。そして俺も……
ラブラブ路線は変わらないぜ。




