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過去編 寝る雄立つ!

 

 博は帰った。

 言わずもがな、帰り際の顔はもうアレなわけで、何て言えばいいかな。

 高校野球の優勝チームの選手が甲子園で校歌歌うときの笑顔?違うな、マラソン選手がゴール前間際で心で「ハイヤー!」と呟きながらテープ切るときみたいな?あぁ、良い例えがでないな……とにかく笑顔だね。もう最強の笑顔。

 


――……


俺は今とても複雑な思いで、台所に座る雪乃の横顔を見つめている。

 彼女もまた案外さっぱりとした表情を浮かべていた。

 あの告白でなぜこいつがOKしたのか俺には理解できなかった。

 取りあえず、インタビューだ。


「なぁ、雪乃」


「なに? 」


「お前博のどこが気に入ったの? 」


 頬に右人差し指を当て、テーブルに顔を向けて物思いに耽るように俺の質問の答えを捻り出そうとしている。

 なぜ、そんなに悩むんだよ……? 


「特に浮かばない」


 なんだそれ、理由なしに告白にOK出したと言うのか?


「強いて言えば、あの口のまわる所?」


「後、私のためなら命投げ出してくれそうな暑苦しさ?」


 暑苦しさ……。熱意か? 


「まぁ、付き合って損はないと思った」


 俺は我が妹ながら、その屈託ない率直な意見に女の逞しさを見た思いがした。

 いや、みんなこうじゃないと思うけど……

 千鶴ちゃんも俺をこんな風に見てたりするのかと連想してしまった。

 

 ……まぁ、もういいや。所詮は他人の恋路。知ったこっちゃない。

 他人の事より明日の俺だよ。

 千鶴ちゃんとはもう、恋人同士なんだし、明日からバラ色の高校生活初日が始まるんだ。

 それに備えてもう寝る事にしよう。


◆◇◇◆


 今日も暑いな、いつもの道、いつもの学校。しかしその道のりを歩く気分は昨日までとは違う。どんな胸ときめく様な展開が待ち受けているのだろう?

 俺と同じコースを辿る生徒達の顔が、心なしか綺麗に見える。アナログTVからハイビジョンに変えた時みたいにクリアで輝いて見えるんだ。

 

「おう、寝る雄おはよー」


 博が教室へ向う廊下で俺にご機嫌の挨拶を飛ばしてきた。

 案の定、清清しい笑顔を浮かべて。


「よー昨日のヒーロー博君じゃないか」


 肩をポンポンっと二回叩いて勇者博を讃えると、彼は照れ臭そうに笑った。

 

「博、今日は帰り、もちろん雪乃の学校行くんだろ? 」


「そのつもりさ」


 あいつの学校、うちらから徒歩で1時間くらい離れた場所にあるのに、結構大変だよな。


「博、まぁ 妹は頼んだぞ」


「任せとけよ、兄貴! 」


 く、何か複雑だよ、いやいいんだけどさ。


 

 ……俺達は教室にやってくると、各々の席に着くため分かれた。

 さーってと、千鶴ちゃんはどこですか〜?俺の彼女、俺の女、俺の女神はどこかな〜?


「後ろだよ……」


 はぅわ! ビックリした。いつの間に俺の後ろを……?


「おぉ、千鶴おはよ! 」


 いきなり呼び捨てで行くぜ。


「寝る雄、遅いよ」


 彼女は冷めた細い目をしていた。

 昨日までの俺なら、この目の威圧感に押され、カエルに睨まれたミミズ(何か違うな)のように怯えていたんだけど……今日は違うぜ、俺の防御力は上がったよ、心につけた装備品が新しい物へと変わって以前とは耐久度が違うぜ。


「ごめんよー待ったかい?」


 頭を平手打ちして、申し訳無さそうな顔を作ってみる。


「23分39秒待ったよ……」


 その不意打ちのような言葉に冷たい汗がこめかみを通過した。

 凍り付いたよ……怒ってるかな?

 でもここで飲み込まれてはいけない。顔を引きつらせちゃいけない。

 取り繕うんだ、ケッパレ寝る雄。


「そ、そんなに前から待ってたんだ……?」


「うん、寝る雄の来るのを首をなが〜くしてね」


「ほんとごめんよ〜」


「気にしなくても良いよ、好きで待ってたんだし」


 まだ大丈夫、彼女は怒ってはいない。

 会話的にはごく普通だ。早めに来て、彼女は待っていてくれたんだ。

 優しいじゃないか、理想の彼女だよ。




 ……彼女は冷めた細い目で俺をみつめている、いや観察?

 とにかく俺のほうをじっとみている。

 何か言わないとな……


「あ……」


「そうそう、今日、暇あるかい?」


 俺の言葉を押しつぶし、彼女が口を開いた。


「あるよ、いつも暇だよ」


「じゃあ、今日さ、寝る雄んち行っていい? 」


「良いけど……」


 いきなり家来るのか、予想外だな。

 掃除もしていないし、エロ本だってベッドの下に挟んだままだ。

 目ざとい彼女なら、速攻見つけ出すに違いない。

 しかしまぁ、普段から掃除してるしな。

 ちょっと待ってもらって、すぐ片付ければ問題ないか。


「いや、良いに決まってるよ、おいで」


「ありがと〜! 寝る雄君」


 うわ、タイプ1の眩い笑顔……。

 たまんねぇ、この落差はすごいよ。

 萌えって言いたくなるような笑顔だ。


「じゃ、先生来るし、自分の席戻るね〜」


「おう」


 かわいい、あの顔でできれば固定してほしい。

 しかし、意外となんとかなりそうだよ。

 なんとなく彼女と付き合うコツみたいなのが分かってきたぞ。

 

 

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