過去編 兄 博 妹。
ふー…、何か色々ありすぎて疲れた。
「ただいまー」
「… …」
誰もいないのか、そんな事はどうでもいいや。
取り合えず、心と体を休めなくては。
風呂場へ行くと、俺はシャワーを浴びる。
あの無意味に高い山を炎天下の中ずっと歩いてきたんだ。
体中の汗がこびり付く様にして、皮膚呼吸を遮っているような気さえする。
水シャワーを浴びて、石鹸で体全体をごしごし洗いながら
旅の疲れと汚れを一緒に洗い流す。この爽快感は、炎天下の中を歩いてきて
ふと立ち寄った、クーラーガンガンに効いた電気店に突然入ったときに
似ているかもしれない。
俺は適当に体についた水滴をタオルで拭い取ると、パンツ一丁でタオルを首に巻き
階段を上がっていく。
二階に上がっていく間に、母と擦れ違ったがそんなもんは気にしない。
上がりきった後、廊下に備え付けられた冷蔵庫の前に、胡坐掻いて座った。
…スポーツドリンクはっと、お、あった…。
俺はそれを一気飲みする。そんな間に俺の後方から部屋の扉が開く音がしたかと思うと
パンツ一丁の俺の尻に蹴りを入れる輩がいた。
妹の雪乃だ。
「こら、兄貴、そんな格好でうろつくなっていつもいってんだろ?」
「おう、すまん、俺は気にしないから、お前も気にすんな」
「あぁもう、屁理屈いってからに、そんなんだからもてないんだよ」
「う、うっせ…」
普段なら堪えないんだが、なぜか今日は身に染みる言葉だぜ。
もう俺には、千鶴ちゃんは既に過去の人となりつつあったので
またフリーの身に逆戻りだからな…。
しかし、こんな気の強い雪乃に、あの博が惚れるとはな…。
分からないもんだ。もっと優しい女が好みだと思っていたんだが。
「なぁ、雪乃よ」
「なによ」
「お前さ〜博ってどう思う?」
「博君?うーん、ゲーオタだよね」
「うむ」
その通りだ…。
「他になんかある?」
「別に?」
いやぁ、思ったとおりだよ、博、お前のイメージはゲーオタ以外無いようだぞ・・
そうだ、もう少し掘り下げて聞いてみようか。
「ゲーオタってお前どう思うよ?」
「さぁ、なんとも思わないね」
「別にいいんじゃない?好きなことしてるんだし」
うむ、さすがにさっぱりした性格の雪乃。
これといった偏見や、蔑みはゲーオタには無いようだ。
うんうん、これは博にとって朗報だな。
雪乃が1階に降りていく。
俺は自分の部屋に入ると、扇風機の前に座り、その突風に体を浸す。
部屋の中は青いシーツを敷いたベッドが置かれていて、その隣には机。
更に隣に本棚、もちろんその中は漫画で埋め尽くされている。
テーブルが窓際にあるけど、そこにはパソコンが置かれていた。
とりあえず、博に携帯で連絡しとくか…。
プルルウプルルウ〜ガチャ……。
『おう、博か?』
『寝る雄か、どうした?』
『お前よ、雪乃好きだって激白しただろ?』
『お、おう』
『あ…、お前余計な事いってねーだろな!!』
『言ってねーよ、でもちょっとばかし情報仕入れたぜ!』
『な、なんだよ?』
博の奴動揺しているな。奴の恋心は本気のようだ。
分かるぜ、その気持ち……。
『雪乃はゲーオタに偏見ないらしいぞ?』
『まじか…?』
『おうよ!』
『そうか…、ありがとな』
最後の博の声がどことなく安堵に満ちていた気がした。
たぶん、ゲーオタに偏見を持っていない事に安心したんだろうな・
アイツの夢は、彼女と一緒にゲームセンターで遊ぶことらしいから。
そんなゲーオタな博にとって、それに寛容である女である事は
自分の彼女として必須条件であるとも言える。
しかし、兄としては複雑な気分だ。
万が一、博と雪乃が付き合いだしたりしたら、親友だとは言え
なんかこう、言葉に言い表せない気持ちが襲ってきそうな…。
そして千が一、奴等が結婚でもしようものなら…。
俺は博から『お兄さん』と呼ばれるわけだし……。
そう考えると、いや俺どうかしてるぜ。
考えすぎだ…。
どうせ、無理だろ?
俺はこの時はまだそういう楽観的な気持ちでいたんだ。
しかし、これから加速度的に博と雪乃が進展していく事を
この時知る術はなかった…。




