過去編、葛藤。
俺は博と共に集合場所に恐る恐る近付いていく。鬱蒼としたジャングルで、敵陣キャンプへ奇襲をしかけようと近寄る兵士のような気持ちで…。
…集まっとる、集まっとる。
既に生徒達は列を綺麗に整え、その前に陣取る先生達の話を聞き入っていた。
俺は博と共に、その列へと紛れ込んでいく。
そしてターゲットを視認するため、列の先頭に目をやった。
…千鶴ちゃんはどこだ?
あ!いた…。
友達と談笑しているな。
もう、彼女はあの可愛い顔を演じてはいなかった。
素の顔で喋っているのが後ろからでも確認できる。
あの冷めた細い目が、彼女が横に顔を振るごとに俺の目に飛び込んでくる。
しかし、まだ信じられない…。
ついさっきまで、俺はマジで彼女に惚れてたんだ。
そして、今もまだ半信半疑で彼女の後姿を見つめている。
…ひょっとしたら・・どこかで頭を打ったのかもしれない。
もう一度何かの衝撃を与えれば元の可憐な千鶴ちゃんに戻るかも。
俺はそんな淡い期待を胸に秘めながらも、さっきのドス黒い千鶴ちゃんのイメージが
どうしても頭から離れないでいた。
…すると突然、野生の感が働いたのか、後ろを振り向く千鶴ちゃん。
俺は咄嗟に、前に立ちはだかる巨体の大俵君の影に潜み、その視線の範囲内に入る事を
拒否した。
…見られては駄目だ、今のあの子の目は神話に出てくる蛇女ゴルゴンと同じだ。
見られたら最後、俺は一瞬で石化してしまう…。
俺はさっきのとてつもない衝撃で、ガラスのハートに大きなヒビが
入ったままの状態なわけで、とても、今彼女と会話を交わす事、見つめられる事に耐えれる状態では無かった。
とにかく、この満身創痍の心を癒すため、何事もなく無事に家に辿り着かなければならない。
家というオアシスで心と体を休め、また新たな力を蓄えねば、学校にすら来る事ができないんだ。それほど俺は弱っていた……。
「じゃ、みんな山下りるぞ、来た時と同じように纏っていけよ」
先生達の指示が拡声器から周りに伝わると、俺達はざわめきながらも
また山の階段を修行僧みたいにぞろぞろ降りていく。
登ってきたより、降りる時のほうが楽なはずのに、俺の足取りはとてつもなく重く
そして、小さなものだった。
俺は今日まで千鶴ちゃんの事だけを一途に思い、彼女に告白するためにこの山へ来たと言っても過言じゃない。その過程はまさに夢のような時間だった。
しかし、その全てが悪夢へと変わり、今では恐怖すら彼女から感じている。
そんな俺の様子を気遣ってか、博が後ろから声を掛けてくる。
「どうしたよ、さっきからびくびくしてさ…」
博は俺の落ち着かない様子を見て、和ませようと思ったのか、博独自の会話を展開してくる。
「なぁ、最近新しい格闘ゲーム出たんだよ」
「ゲーセンで毎日最近やってるんだけどさ」
「これが難しいんだよ、コンボが中々はいらねーの」
「そうだ、山下りたら、俺と対戦しないか?」
「いいけど?俺下手だよ」
「ははは、な〜にお前ならすぐ旨くなるさ」
博はゲーオタだが、特にゲームの中でも格闘ゲームが奴のマイブームらしくって
毎日暇を見つけてはゲーセンに通い、腕を磨いていた。
奴の話に寄れば、幾多の格闘ゲームを既に制していて、ゲーオタ仲間の対戦では
無敗を誇るらしい。俺はそんな博の武勇伝をいつも誇らしげに聞かされてきた。
それを聞くたびに、「たかがゲーム…」、「博、他に趣味見つけろよ」
「彼女作った方が楽しいんじゃないか」と言ったある種蔑みをこめたコメントを
返していたが、奴はそんな言葉に動じるような男では無かった。
自分なりの世界観と確固たる独自の理論を持ち合わせていて
それに異議を唱えようものなら、怒涛のごとく切り返し、相手をねじ伏せるだけの理論武装ができていた。
俺はそんな博に呆れながらも、「こいつはいつか大物になる・・・」といつも心の底で感じていた。
博があんまり楽しそうに話を続けるもんだから、それを聞いているうちに俺まで楽しい気分にさせられて、だんだん千鶴ちゃんから受けた衝撃とそれに対する警戒心が、薄らいでいくのが分かる。
…博マジック!
気がつくと俺は既に山を降りていて、学校の運動場で先生達の話しを聞いていた。
「よし、じゃあ話しはこれまでだ、解散!」
「さようなら〜」
先生のその一言で、蜘蛛の子散らしたように生徒達は、仲のいい友達と寄り固まり
学校の門から家路へと足を進める。
ゲーセンに行こうって話しになってはいたが、残念ながら俺は金をあまり持っていなくて
その話はおじゃんになり、博と一緒に普通に家に帰る事にした。
その間まったく千鶴ちゃんの事が頭から消えていて、心地良い疲れが体に広がり
博と話しながら爽やかな気持ちで帰宅するところだったんだ。
しかし……。
「寝る雄君〜」
「ん?」
「え…?」
俺を覆っていた清涼感が一瞬にして消え入り、恐怖が体を支配する。
「あ、博君と一緒に帰るんだ?」
「あ、あぁ」
その突然の自体に顔を強張らせる俺に、千鶴ちゃんは失われたかと思っていた
あの可愛い笑顔で、優しく声を掛けてくる。
…こ、これは、エラーを起こしていた頭の中のハードディスクが、正常に作動し元に戻ったと考えていいのか…?それとも…。
俺はその顔を覗き込みながら、額に冷たい汗を流し考えていた。
もしやという思いが頭に去来するが、それと同時に暗黒の本性が頭に浮かぶ。
その俺の様子を横で観察していた博が言葉を発した。
「おっと、邪魔者は消えなきゃな…」
「え?」
その博の空気を読んだ言葉に思わず肩に縋り付く俺。
…ま、待ってくれ。
今、この子と二人にされたら、俺は……。




