第六十七話 宇宙戦
ニコラスはゼモ・ガルイとして乗ってきた巨大戦艦が見えてくると、笑い出した。
(五百年かけて行った壮大な実験は失敗か? いや、違う。まだ途上だったのだ。ビリオンスヒューマンとは、自然の状態で誕生するまで、何百万年を要した。それは長過ぎるかも知れんが、銀河系の人間が宇宙を行き来するようになって、千年弱。それより短い期間では、まともな結果は得られないという事だ。まだ待たねばならぬ)
ニコラスは巨大戦艦のタラップの前に着くと、
(急ぐ事はない。私はゲノム編集により、不老不死となったのだ。どれ程時間がかかろうと、構わぬ。成功するまで続けるだけだ)
フッと笑い、タラップに足をかけた。
「待ってたぜ」
背後から声が聞こえた。ニコラスは目を見開いて振り返った。そこには、ニヤリとしてストラッグルを構えているジョーが立っていた。
「貴様、生きていたのか?」
ニコラスの顔に焦りの色が見えた。ジョーはストラッグルをニコラスに向け直して、
「最終的には、てめえはああいう事をするだろうと思っていたから、時間は短かったが、ちゃんと対応できたよ」
「何?」
ニコラスは眉をひそめてジョーを見た。すると、アメアも姿を現した。
「お前はここへ来るまでに多くの死体が倒れているのを見ただろう? いや、気づく余裕はなかったか? 一刻も早く爆発する場所から逃げる必要があったからな」
アメアはサンダーボルトソードを最上段に振り上げて言った。
「どういう意味だ?」
ニコラスは苛ついてアメアを見た。アメアはフッと笑って、
「あれは死体ではなかったのだ。近衛隊の精鋭達が死んだふりをしていただけだ。そして、お前がどちらに走っていったか、確実に把握していた」
ニコラスはギリッと歯を軋ませた。
「おのれ……」
アメアはニコラスが感情を昂ぶらせているのを見て取り、
「近衛隊は私達がお前と戦っている間に、様々な事を調べてくれていた。例えば、この惑星マティスを銀河共和国の首府星にするのを進言したのは、ゲルサレムの管理長のゼモ・ガルイであったという事。そして、マティスの開発に深く関わっていた事」
そこまで話すと、ルイとミハロフも姿を見せた。
「てめえはこの星の事を全て知っていた。だから、情報長官公邸からの脱出経路もわかっていたし、ケント達が閉じ込められていた部屋が隔壁を備えている事も知っていた」
ジョーが一歩前に出て言うと、ニコラスは一歩退いた。
「ネルム・ザキームがお前を手引きしたのは、奴が元はゲルサレムの管理人一族の末裔だからだ。そのザキームさえも、お前は捨て駒扱いしたのだがな」
アメアも一歩前に出た。
「マティスの事を知っているのは、お前だけではない。この私、アメア・カリングも、全てを把握している。しかも、お前が辿った経路よりも早く、ここに来るルートも知っていた」
アメアは嘲るように笑みを浮かべてニコラスにソードの先端を向けた。
「だから、嬢ちゃんがあの部屋からの別ルートを解放してくれて、俺達は難なくここまで来られたって訳さ」
ミハロフが言うと、「嬢ちゃん」という言葉にムッとしたアメアが睨みつけた。ミハロフは苦笑いした。
「逃げ回るのは見苦しいぞ。そろそろ諦めろ」
ルイがストラッグルをニコラスに向けて告げた。しかし、ニコラスは、
「なるほど。見事だった。私をここまで追い詰めたのは、称賛に値する。だが、お前達には私を殺す事はできぬ」
それは突然訪れた。ジョー達はニコラスの精神波の奇襲を食らってしまった。
「ぐああ!」
四人は地面を転げまわる程の激痛に襲われた。ニコラスはその姿を見てニヤリとすると、タラップを駆け上がって閉じてしまった。
「逃がすか!」
ジョーはすぐにミハロフの戦艦がある方へと駆け出した。それをアメアとルイ、そしてミハロフが追いかけた。ニコラスの乗った巨大戦艦は砂埃を巻き上げながら、離陸していく。
「この宇宙の誰よりも生きる事に執着があるからこそ、ゲノム編集をしてまで、長く生きようとしたヤロウだからな。どこまでも生き延びようとするはずだ」
ミハロフが走りながら言うと、
「もう十分過ぎる程生きたろうよ。それに、生きてちゃいけないくらい、たくさんの人を殺した」
ジョーは地上から離れていく大戦艦を睨みつけたままで走った。
「何よりも許し難いのは、人としての尊厳を奪う行為をしておきながら、当たり前の事をしていたかのように振る舞っているあの態度だ」
ルイが言った。
「いずれにしても、もう打ち止めにさせねえとな」
ミハロフが同意の言葉を吐いた。四人は更にスピードを上げて、ミハロフの戦艦を目指した。
「あのヤロウ!」
そして、ニコラスの大戦艦からミサイルが発射されたのを見て、ミハロフが銃を撃った。光束が蛇のように蛇行して飛び、全てのミサイルを貫いて空中で爆発させた。
「許さねえ!」
ミハロフは一番に戦艦のタラップに到着すると、ブリッジへと駆け上がった。ジョーとルイは備え付けられていた小型艇へと走り、タラップから飛び立って行く。アメアはそれを見届けてから、ブリッジへと走った。
「む?」
ブリッジでキャプテンシートに座ったニコラスは、ジョーとルイが小型艇で追いかけてきたのに気づくと、
「バカめ。この艦はストラッグルの特殊弾薬さえ受け付けない特別な装甲だ。何もできない事を思い知るがいい」
不敵な笑みを浮かべた。そして、
「ミハロフ・カークの戦艦には注意しろ。あれは曲がりなりにも、アンドロメダ銀河連邦のものだ。特殊な兵器が格納されている可能性がある」
「はっ!」
操縦士が応じた。他の乗組員も各自の担当の仕事を始めていた。ニコラスの大戦艦は大気圏を離脱した。ジョーとルイの小型艇もそれに続いた。
「ミハロフ・カークの戦艦が距離を詰めてきています」
レーダー係が報告した。ニコラスは前を見たままで、
「まだ距離はある。迎撃態勢を取りつつ、速度そのまま」
笑みを封じて命令した。
「後部ミサイル発射準備。後部主砲並びに機関砲、装填始めろ」
砲術長が各部へ伝達した。ニコラスは余裕の笑みを浮かべて、接近しているミハロフの戦艦が映っているモニターを見た。
「最初から全力でいくぜ」
ジョーは宇宙服を着ると、キャノピーを開いて立ち上がった。ストラッグルには特殊弾薬が装填されている。
「了解だ」
ルイも同じく宇宙服を着て、キャノピーを開くと立ち上がった。もちろん、ストラッグルには特殊弾薬が装填されている。
「エンジンを狙うぞ」
「わかった」
二人はほぼ同時にストラッグルを撃った。特殊弾薬の巨大な光束が吐き出されて、渦を巻いて一つになり、ニコラスの戦艦に向かった。そして、やや狙いが外れ、光束は戦艦の後部に命中した。しかし、何事もなかったかのように、光束は霧散してしまった。
「特殊弾薬が通じないなんて、一体?」
ルイは唖然としてしまった。ジョーは歯軋りして、
「特殊なコーティングがされているようだ。もっと接近しねえと、ダメだな」
「そのようだな」
ジョーとルイの乗る小型艇は、ミサイルと砲火をかいくぐり、ニコラスの大戦艦へと迫った。
「何をしている! 近づかせるな! もっとよく狙え!」
ニコラスはジョーとルイの小型艇が確実に近づいてくるのを見て怒鳴った。
「私が出る。それと同時に撃ち方をやめろ」
ニコラスはキャプテンシートから飛び出して、ブリッジを出て行った。
(ジョー・ウルフめ。やはり、ブランデンブルグを倒した時に、すぐに始末しておくべきだった)
自分の見通しの甘さに腹が立ち、ニコラスは廊下の壁を殴った。壁は大きくへこみ、破片が床に撒き散らされた。
「準備はできているか?」
ニコラスは発進ゲートに着くと、作業員に尋ねた。
「はっ! 二番機が発進準備完了しております」
作業員は敬礼して応じた。
「ご苦労」
ニコラスはヘルメットを受け取ると、小型艇に飛び乗り、発進した。それと同時に射撃が止んだ。
「この宇宙で一番強いのは私だという事を思い知らせた上で殺してやる」
ニコラスは後方から迫る二つの光へ向かった。
「急速接近するものがあるな」
ジョーがレーダーを見て言った。
「奴が出て来たのか?」
ルイの声が言った。ジョーはニヤリとして、
「だったら、幸いだ。小型艇ごと吹き飛ばしてやる」
進路を迫り来るニコラスの小型艇に向けた。ルイの小型艇もそれに続いた。
「落ち着いたみたいね」
ぐっすりと眠っている赤ん坊を見て、エミーが言った。
「ええ。よかったわ」
カタリーナはホッとして、可愛い寝息を立てている我が子の頬を優しく撫でた。
(ジョー、大丈夫よね?)
カタリーナはまた天井を見上げた。
「カタリーナさん?」
それを不思議に思ったエミーが声をかけた。カタリーナはハッとしてエミーを見ると、
「あ、ごめんなさい。何でもないの。ちょっと疲れたのかな?」
苦笑いをしてエミーを見た。
「そうなの? だったらいいんだけど」
エミーは首を傾げながらも、病室を出て行った。
(ジョー、お願い。この子のためにも、必ず生きて帰って来て。アメアも必ず生きて帰ってね)
カタリーナはエミーがいなくなったのを確認してから、天に祈った。
ミハロフはニコラスが小型艇で出て来たのを知り、びっくりしていた。
(どういうつもりだ? ここは逃げ切って、態勢を立て直すのが安全策のはずなのに、ニコラス・グレイめ、何か企んでやがるのか?)
ミハロフは眉をひそめて、思案した。
「どうした、ミハロフ?」
ミハロフの様子に気づいたアメアが尋ねると、
「いやあ、嬢ちゃんと二人きりだと思うと、ドキドキしちまってさあ」
ミハロフがまた笑えない冗談を言ったので、
「嬢ちゃんはやめろ!」
アメアはムッとして怒鳴った。そして、
「私に指一本触れてみろ、八つ裂きにしてやるぞ!」
腰に差していたサンダーボルトソードを抜いて最大出力にした。
「冗談だって……。ジョー・ウルフの娘に手を出す程、俺も命知らずじゃねえよ」
ミハロフは苦笑いして謝った。アメアは何故か顔を赤らめてソードの電流を切り、
「そ、そうか」
それだけ言うと、前を向いた。




