第六十五話 形勢逆転
アメアはジョーの右胸から流れ出る血で自分の軍服が赤黒く染まるのを見て、
「ジョー、しっかりしろ!」
力が抜けてしまっているジョーの耳元で叫んだ。
「他人の心配をしている余裕はないぞ、アメア・カリング!」
その視界にゼモ・ガルイが入ってきた。
「ゼモ・ガルイーッ!」
アメアはジョーの身体を横に退けると、素早く立ち上がり、サンダーボルトソードを出力最大にしてゼモに対峙した。
「またそれか!? お前は頭が悪いのか!?」
ゼモは凶悪な顔でアメアを罵り、銃を向けた。
「お前こそ頭が悪いのか!?」
アメアはゼモの視界から消えた。
「何!?」
ゼモはアメアがまだ回復していないと思い、接近したが、それが誤りだった事に気づいた。
「死ねえ!」
アメアはジャンプしており、ソードを振り下ろしながら落下してきた。
「死ぬのはお前達だよ!」
ゼモが銃をアメアの顔に向け、間髪入れずに撃った。アメアはまるでそれを予期していたかのようにかわすと、ゼモに対して袈裟斬りを見舞った。
「くっ!」
ゼモは電流の刃を銃身で受け、飛び退いた。
「はあ!」
アメアは着地すると同時にゼモへ突きを繰り出した。ゼモはそれを左に避けてかわし、銃を撃った。アメアはソードの電流で光束を跳ね飛ばすと、間合いを詰めてゼモに斬りかかった。今度は右薙ぎである。
「うぬ!」
ゼモはローブを切り裂かれたが、傷は負っていなかった。
「どうした、ジジイ? 動きが鈍くなってるんじゃねえか?」
ミハロフが起き上がりながらニヤリとして言った。ゼモは何も言わずにミハロフを睨んだ。
「やはりそうか。先程までとはかわし方が違っていると思った」
アメアはソードを正眼に構えた。
「ゼモ・ガルイ。貴様は我々を見くびり過ぎだ。自分の限界も知らないとはな」
ルイも立ち上がっていた。
「全くその通りだぜ。舐められたもんだ」
そう言いながら、ジョーが立ち上がったので、ゼモはギョッとして彼を見た。ジョーはニヤリとしてゼモを見ると、
「心配するな。ゾンビになった訳じゃねえよ。俺は死んでねえからな」
傷口が塞がった右胸を撫でてみせた。
「あり得ん! 心臓を射抜かれて、生きていられる者はいない!」
ゼモが言うと、ジョーは、
「あんたも生きてるだろ? それと同じなんじゃねえか?」
「何!?」
ゼモは眉をひそめてジョーを見た。アメアとミハロフとルイもジョーを見た。
「俺の心臓は確かに以前はやや右にあった。だが、何度もそこを狙われているうちに心臓が移動したらしいんだよ。今は左で元気に動いてるぜ」
ジョーは今度は左胸をさすってみせた。そして、ゼモを睨みつけると、
「あんたもそうなんだろ? 心臓が胸の奥にあり、前からの攻撃では傷つけられないようになっている。だから、さっきアメアに斬られた時、実際には心臓は潰されていなかった」
ジョーの言葉を聞き、アメアもゼモを睨みつけた。
「なるほど。確かに貴様は肉体的にはトリリオンスヒューマンに達してきているようだ。だが、それだけでは私には勝つ事はできない」
ゼモはまた余裕の笑みを浮かべた。
「確かに、俺一人では、まだあんたに勝てねえかも知れない。だが、ここには四人のビリオンスヒューマンがいる。あんたが今までどれ程のビリオンスヒューマンを始末してきたのか知らねえが、俺達四人より強い奴はそうはいなかったはずだ。そして、ここまで長期戦になった事もねえよな?」
ジョーはゼモを嘲るように鼻で笑い、肩をすくめてみせた。ゼモは歯噛みをしたが、何も反論しない。
「どうやら図星のようだぜ、ジョー」
ミハロフがフッと笑った。アメアがソードを下段に構え、
「そろそろ楽にしてやる。覚悟しろ!」
ルイとミハロフはほぼ同時に銃を構えた。しかし、ゼモは微動だにしなかった。
(妙だ。ジイさん、まさかこの期に及んで、虚勢を張っているんじゃねえだろうな?)
ジョーはゼモの態度に不信の目を向けた。
「そうだな。ここまで時間をかけてしまったのは、確かに私の判断の甘さによるものだろう。しかし、貴様らは致命的なミスを犯している」
ゼモは不敵な笑みを浮かべてジョー達を見渡した。
「何だと? 強がりを言うんじゃねえよ、ジジイ!」
ミハロフが怒鳴った。ルイは不愉快そうに舌打ちをした。
「見苦しいぞ、ゼモ・ガルイ!」
アメアは全身を震わせて叫んだ。ゼモは高笑いをして、
「この私の姿が現実だと思っているのが致命的なミスだと言っているのだよ!」
顔を右手で掴むと、ベリベリッと皮膚を引き剥がした。
「何!?」
ジョー達は異口同音に叫んだ。その下から、若い男の顔が現れたのだ。
「まさか……?」
ジョーはその顔を見て気づいた。ゼモは引き剥がした皮膚組織らしきものを床に投げ捨て、
「ジョー・ウルフ、この顔に見覚えがあるだろう?」
ジョーは歯ぎしりをして、
「やはり、てめえがニコラス・グレイの本物だったんだな?」
ゼモ・ガルイと名乗っていた男の顔は、あのニコラス・グレイの劣化コピーの男と瓜二つだったのだ。
「抜かったぜ。まさか一人二役を演じていて、その片方を殺したように見せかけていたとはな」
ミハロフが血が混じった唾を吐き出して言い放った。
「よくぞここまで私を追い詰めたと褒めてやろう。私は永遠にゼモ・ガルイとして生きるつもりだったが、ここまで力をつけた者が現れては、そうもいかなくなった」
ニコラス・グレイはローブを脱ぎ捨てた。その下には光沢のある白い軍服を着ていた。
「先程まで私が流したり吐き出したりしたのは、全てまがい物の血だ。本当の私は、かすり傷一つ負ってはいない」
ニコラスはニヤリとして言った。
「あまりにも力の差があるので、シールドの展開を止めたのだが、それでも差は埋まらなかった。悲しいよ」
ニコラスはそこまで言うと、風を巻いてミハロフに向かった。
「くそう!」
ミハロフは身構え、ニコラスを迎えうとうとした。しかし、ニコラスは寸前でかわし、ミハロフの身体を壁まで吹っ飛ばした。ミハロフは壁を突き破り、隣の部屋まで飛ばされた。
「次はお前だ!」
ニコラスは目を血走らせてアメアに向かった。
「やられるか!」
アメアはサンダーボルトソードを投げ捨てて身構えた。ニコラスはまた消えた。
「お前は殺したくないのだがな」
次の瞬間、ニコラスはアメアの眼前に現れていた。
「お前には次世代のトリリオンスヒューマンを産んで欲しかったのだが、そのレベルではないようだ」
アメアも壁まで吹き飛ばされ、めり込んだ。
「アメア!」
叫んだジョーに向かって、ニコラスが接近してきた。
「ジョー・ウルフ! 貴様は始末する! 何があってもな!」
ジョーはストラッグルを構えてニコラスを撃った。
「遅い!」
ニコラスはジョーの懐に飛び込んでいた。
「砕けろ、ジョー・ウルフ」
ニコラスの両の掌底がジョーの腹部に叩き込まれた。
「グアア!」
ジョーはその衝撃で壁まで飛ばされ、めり込んで破片と共に床に崩れ落ちた。
「ジョーさん!」
ケント達が叫んだ。ニコラスはケント達を見てせせら笑い、
「無駄だ。もうすぐジョー・ウルフは死ぬ」
止めを刺すためにジョーに近づいた。その時、ルイがニコラスを撃った。
「まだ雑魚がいたか」
ニコラスは光束を見る事なくかわすと、ルイへと走った。
「ぐふっ……」
ルイはニコラスの突きを腹に喰らい、血を吐いて倒れた。
「貴様は後でじっくりと殺してやる。待っていろ」
ニコラスはルイの顔面に蹴りを入れると、再びジョーへと歩き出した。
「ニコラス!」
そこへ崩れた壁の向こうからミハロフが現れ、突進してきた。
「死に損ないが!」
ニコラスは苛だたしそうにミハロフを見て叫び、腰に提げていた銃を抜くと撃とうとした。
「はあ!」
するとそのミハロフの背後からアメアがサンダーボルトソードを振り上げて現れた。
「ぬ!?」
ニコラスは一瞬対処が遅れた。しかし、それでもアメアの斬撃をかわして、彼女の背中に手刀を振り下ろした。
「やらせるかよ!」
そこへミハロフが襲いかかり、ニコラスの後頭部へと肘打ちを見舞った。
「ぐは!」
かわし切れなかったニコラスはそのまま床に叩きつけられ、顔面を強打した。
「止めだ!」
更にアメアがサンダーボルトソードをニコラスの背中に突き立てようとした。
「舐めるな!」
その瞬間、ニコラスが立ち上がり、ミハロフとアメアを跳ね飛ばしてしまった。
「この私の顔をよくも傷つけてくれたな!」
ニコラスが血塗れになった顔を袖で拭い、アメアに向かった時、彼の右頬を光束がかすめた。
「何?」
ニコラスは目を見開いて振り返った。そこにはジョーが立っていて、ストラッグルを構えていた。
「ニコラス・グレイ。まだ俺は死んじゃいねえよ。相手をしてやる。かかってこい」
ジョーはニヤリとして、左手の人差し指をクイと動かした。
カタリーナは火が点いたように泣いている我が子を抱いて宥めようとしていたが、彼女は泣き止まなかった。
(まさか、ジョー達の身に何かが? それをこの子が感じて、泣いているの?)
そう思うと、怖くなって震えてしまった。
「カタリーナさん、赤ちゃんは大丈夫なの?」
そばで見ているエミーが不安そうな顔で尋ねた。カタリーナはエミーを見て、
「この子は大丈夫だと思うけど、もしかすると、ジョー達に何かが起こっているのかも知れないの」
「え?」
エミーはギクッとした。ジョー達に何かあったりしたら……? 彼女も震え出してしまった。
(この子は何を感じているの? 本当にジョーとアメアに何かがあったの? もし知っているのなら、教えて)
カタリーナは泣き叫ぶ我が子に顔を寄せて、懇願した。すると、
(母上、父上と姉上が危険です。二人の無事を祈ってください)
声が聞こえてきた。
「え?」
以前にも聞こえた事があったので、空耳だとは思わなかったが、伝えられたのは衝撃的な事だった。
(やっぱりそうなのね。でも、祈るだけでいいの? そんな事でジョーとアメアは助かるの?)
カタリーナは不安になって尋ねた。
(大丈夫です、母上。父上と姉上には、母上の祈りが何よりの力となります)
泣いている我が子の声がそう言ったように思えた。
「わかった」
カタリーナが応じると同時に泣き声が止んだ。カタリーナは我が子をベッドに戻して、天を仰いだ。
(ジョー、アメア。どうか無事に帰って)
カタリーナは目を閉じて祈った。




