第六十話 死闘
ミハロフは素早くホルスターから銃を抜くと、ゼモ目がけて連射した。しかし、ゼモはまるでそれを予測していたかのようにかわし、間合いを一瞬にして詰めた。
「残念です、ミハロフ」
ゼモは微笑んで告げると、ミハロフを掌底で吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
ミハロフは防御もできずにゼモの攻撃を受けてしまい、数メートル跳ね飛ばされた。そして、地面に叩きつけられ、バウンドして転がり、仰向けになって止まった。
「さすがにアンドロメダ銀河製の軍服は丈夫にできていますね。今の一撃で終わりにするつもりでしたが」
ゼモは残念そうに肩をすくめると、アメアに接近した。
「舐めるな!」
アメアはゼモの詰め寄りをかわすと、背後からサンダーボルトソードで袈裟斬りした。だが、ミハロフの時と同じで、すでにそこにはゼモはおらず、ソードは虚しく宙を切った。そして、ゼモはかわしながらもジョーとルイの動きも確実に捉えており、ジョーのストラッグルの光束をかいくぐり、ルイのストラッグルの連射も簡単にかわした。
「その程度で私に挑むとは、勇気があるというよりは、無謀ですね」
ゼモは振り返って一堂を見渡すと、余裕の笑みを浮かべ、あご髭を撫でた。
「確かにあのニコラス・グレイと名乗っていた男よりも動きが速いな」
ルイはストラッグルを下げて目を細めた。ジョーはストラッグルの弾薬を詰め直して、
「ああ。だがこのジイさん、まだ半分の力も出していねえって顔してるぜ」
アメアはジョーの言葉に目を見開き、ゼモを睨んだ。ゼモは微笑んだままで、
「いえいえ。まだ十分の一も出しておりませんよ、ジョー様」
嘲るような口調で言った。ジョーはチッと舌打ちをし、ルイは目を見開いた。
「確かにな。出なけりゃ、いくら防弾・防熱・防圧のこの軍服でも、貫かれていただろうからな」
ミハロフが立ち上がりながら口を挟んだ。
「ならば、こちらも手加減は不要という事だ!」
アメアが再びサンダーボルトソードを振り上げて、ゼモに向かった。
「愚かな。実力の差を理解しないとは」
ゼモは笑みを浮かべたままでアメアに向き直った。
「はあ!」
するとアメアはソードをゼモへ投げつけた。
「む?」
さすがに意表を突かれたのか、ゼモはソードをかわすのに一瞬遅れたが、それでも当たりはしなかった。
「アレンの仇だ、ゼモ・ガルイ!」
態勢を低くして地面を疾走して来たアメアが、ゼモの喉元目がけて突きを繰り出した。
「見切っていますよ、アメア様」
ゼモはアメアの突きを紙一重でかわすと、そのまま反転して裏拳をアメアの背中に叩き込んだ。
「ガハッ!」
アメアはある程度予測していたのか、身体をひねっていたので、直撃は免れたが、それでも地面に叩きつけられ、動けなくなった。
「アメア!」
ジョーはアメアに駆け寄ろうとしたが、それをゼモが阻んだ。
「他人の心配をしている余裕はありませんよ、ジョー様」
ゼモの掌底がジョーの腹を襲った。
「待ってたぜ」
「何ですと?」
ジョーはゼモが掌底を打ち込む時に隙があると判断し、その瞬間を狙ってストラッグルを撃った。ストラッグルの射撃の反動のおかげで、ゼモの打撃は弱まり、なおかつストラッグルの光束をかわし切れない距離にいるゼモは、今度こそ避けられないとジョーも他の三人も思った。
「ストラッグルは当たりませんよ」
ゼモは閃光に包まれながらニヤリとした。
「しまった!」
ジョーは気づいた。ニコラス・グレイの劣化コピーは、ストラッグルの光束を化学的に無効にしてしまうシールドを纏っていた。
(このジイさんもあのシールドを!)
それを想定しなかった自分の考えの浅さを後悔したが、遅かった。
「死んでください、ジョー様」
ゼモが次の掌底をジョーの胸に叩き込もうとしていた。
「む?」
その時、ミハロフとルイが同時にゼモを撃った。しかも右と左からなので、どちらもかわすのは不可能だった。
「あばよ、ジイさん。地獄であんたが殺した連中が待ってるぜ。俺のはシールドじゃあ防げねえぞ」
ミハロフが得意げな顔で言い放った。ルイも光束ではなく、弾丸を撃っていた。
「考えましたね」
ゼモが笑みを封印した。彼はミハロフの光束をかわすと、ルイの弾丸をローブを使って叩き落としてしまった。
「まだだぜ」
ゼモはジョーの声にハッとしたが、かわせなかった、ジョーが近過ぎたからだ。しかもジョーは、右の拳をゼモの顔面に叩き込んでいた。
「くう!」
ゼモは血反吐を吐いて地面に倒れ伏した。
「なるほど、原始的な攻撃の方が通用するのか」
ミハロフが銃をホルスターに戻して言った。
「言い残した事はあるか?」
アメアがサンダーボルトソードを振り上げて倒れているゼモに近づいた。
「そこまでです、総統領閣下」
そこへ共和国情報部長官のネルム・ザキームが現れた。
「何!?」
アメアが怒りの目をネルムに向けると、彼は部下にケント・ストラッグル、カミーラ・ストラッグル、アルミス・ストラッグルを伴わせて現れた。ケントはニコラス・グレイの劣化コピーに撃たれた膝がまだ完治していないので、車椅子に乗せられている。
「ケント、カーミラ、アルミス!」
ジョーが驚愕して叫んだ。
(あの三人の事を忘れていた。しくじったな)
ジョーは歯軋りをした。
「このお三方の命が惜しければ、下がりなさい」
ネルムはアメアに命じたが、アメアにとってその三人は関係なかった。
「ネルム、貴様、総統領であるこの私に指図するつもりか!?」
ネルムはアメアの迫力に一瞬ビクッとして退きかけたが、
「アメア様、貴女はそのお三方とは縁もゆかりもないでしょうが、貴女のお父上がそうではなさそうですよ」
ゼモがスッと立ち上がって、ジョーを指差した。アメアはハッとしてジョーを見た。
「ジョー・ウルフ、どういう事だ?」
アメアは混乱した顔でジョーを見た。ジョーはネルムを睨みつけてから、
「その三人は、俺の恩人の関係者だ。できれば、助けたい」
アメアに懇願するように告げた。アメアは悔しそうにソードを下げた。
「なかなかゾクゾクする手段をとるじゃねえか、ジイさん。嫌いだねえ、そういうの」
ミハロフは不愉快極まりないという顔でゼモを見た。ゼモはまた微笑んで、
「何とでもおっしゃってください。私には褒め言葉にしか聞こえませんので」
嫌味を言ってのけた。ミハロフはチッと舌打ちをした。
「では、皆さんの武器を放棄していただきましょうか?」
得意満面の顔で、ネルムが進み出た。彼はまずアメアをニヤニヤしながら見た。アメアは歯噛みしたが、サンダーボルトソードの電流を切ると、地面に投げ出した。次にネルムはジョーを見た。ジョーはネルムを睨んでから、ストラッグルを放り出した。ネルムは更にミハロフに視線を移した。ミハロフは肩をすくめると、ホルスターから銃を抜いて、地面に放った。
「確保しろ」
ネルムが部下に命じると、数十人いる情報部員が駆け出して、四人を拘束した。アメアが周囲を見渡しているので、
「残念ですが、閣下の頼みの綱の近衛隊はすでに全滅しています。ですから、この星には、貴女の協力者は一人もおりません」
ネルムは愉快そうに告げた。アメアはギリギリと歯を軋ませてネルムを睨めつけた。
「ジョーさん、申し訳ない。私達のために……」
車椅子に乗っているケントが涙ぐんで言った。ジョーは微笑んで、
「取り敢えずよかった。薬の効き目が切れたようだな?」
ケントは微笑み返して、
「お陰様で。でも、こんな結果になるのであれば、もっと早く殺されていればよかったと思います」
妻のアルミスと妹のカミーラを見て言った。二人は微かに頷いて応じた。
「バカな事を言うな。まだ諦めるのは早い」
ジョーが言うと、ネルムが、
「まだ何とかなるとお思いですか? 随分と楽観主義なのですねえ、銀河系の英雄は」
侮蔑的な笑みを浮かべて言った。アメアがネルムに掴みかかろうとしたが、ジョーはそれを止めて、
「ああ。少なくとも、てめえのようなクズよりはいい生き方をしているんでね」
ニヤリとして言い返した。ネルムは「クズ」に反応したが、
「まあ、負け犬の遠吠えですね」
部下を見て、ジョー達を連行した。
「何だよ、今すぐに殺さねえのか? 後悔するぜ」
ミハロフが情報部員に抵抗しながら叫んだ。するとゼモがミハロフを見て、
「あなた方は時を改めて、銀河系中の皆さんの注目を浴びながら、死んでいただきますので、ご安心を」
あご髭を撫でながら言った。
「けっ」
ミハロフは唾を地面に吐きつけて、連行された。
その頃、カタリーナはアメアの言った通り、女の子を無事出産して、授乳を終え、休んでいた。
「カタリーナさん、おっぱいおっきいね」
授乳を見ていたエミーが興奮気味に言った。カタリーナは苦笑いして、
「そんな事ないわよ。妊娠していたから、いつもより大きかっただけ」
「そうなの? じゃあ、私も妊娠したら、大きくなるかな?」
エミーは自分の胸を見て切なそうな顔で尋ねた。カタリーナはまた苦笑いをして、
「エミーはまだこれから成長するんだから、そんな心配はしなくて大丈夫よ」
「そっか。そうだね」
エミーはスヤスヤと眠っている新たな命を愛おしそうに見て呟いた。その時、病室の外が騒がしくなった。
「ちょっと! 赤ちゃんが寝ているんだから、静かにしてよ!」
エミーがドアを開いて注意すると、
「それどころじゃないんだよ」
サンド・バーが言って、走って行った。
「何だろう?」
エミーはキョトンとして、病室に戻ったが、
「おい、本当なのか?」
リーダーが通信係を問い詰めていた。通信係はインカムを外して、
「間違いないよ。いつも盗聴している共和国の回線で流されていたんだから」
「何が流されていたんだ?」
後から来たサンド・バーが訊くと、
「ジョーさん達が共和国標準時の明日の午前十時に公開処刑されるって銀河系全域に向かって放送されていたんです」
「何だって!?」
サンド・バーは目を見開いた。
(やっぱり、相手が悪かったのか。しかし……)
そうは思ったが、自分には助けに行く事すらできないとも思い、やるせなさで身体中の力が抜けていくのを感じた。




