第五十九話 滅亡への序曲
ゼモはしばらく動かなくなったアレンを見ていたが、やがてサンダーボルトソードを引き抜くと、電流を切り、床に投げ出した。その時、総統領執務室に大勢の近衛隊員達が飛び込んできた。
「隊長!」
彼らは床に仰向けになって絶命しているアレンを見て叫んだ。そして、憎悪の目をゼモに向けた。
「貴様が隊長を殺したのか!?」
隊員の一人が怒鳴った。しかし、血気に逸る彼らに反して、冷静そのもののゼモはあご髭を撫でながら、
「だとしたら、どうなさるおつもりですかな?」
微笑んで尋ねた。
「言うまでもない! 殺す!」
隊員達は一斉に銃を構えて、ゼモに向けて発砲した。執務室の中が破壊されていったが、そこにはすでにゼモの姿はなかった。
「何!?」
仰天して周囲を見渡したが、どこにも老人はいなかった。隊員達は、アレンから何も聞かされてはいない。そのため、ゼモ・ガルイがどんな人間なのかは知らないし、何が起こったのかも把握はしていない。只、総裁執務室で何かが起こったのは察知して、駆けつけただけなのだ。
「貴方達では相手にならない。しかし、ついでもありますので、安らかにお眠りください」
ゼモの声がどこからともなく聞こえた。隊員達は更に慌てて周囲を見渡したが、やはりゼモはいなかった。次の瞬間、隊員達は自分達が死んだ自覚もできないくらいの速さで殺戮された。首を折られた者、肋骨ごと心臓を潰された者、頭を叩き潰された者。見るも無残な姿で死んでいった。ゼモは全員を殺し終わると、また何事もなかったかのように微笑み、エレベーターホールへと歩き出した。
長い間、俯いていたアメア・カリングであったが、顔を上げると通信機に近づいた。
「どうした、アメア?」
ミハロフが尋ねたが、アメアはそれには応じず、
「銀河共和国総統領のアメア・カリングである。今すぐにこの艦の包囲を解き、私の指揮下に入れ。現在、共和国の首府星であるマティスは凶悪なるゼモ・ガルイに制圧されてしまっている」
アメアは涙を堪えて、
「近衛隊長のアレン・ケイムはゼモの手で殺害された。もはや、政府機能は失われたも同然である。ゼモを倒すために協力して欲しい」
震える声で訴えた。沈黙の時が流れた。そして、ミハロフの艦を取り囲んでいた共和国の大艦隊が次第に離れて行き、その向こうにマティスが見えてきた。
「さすが、アメア!」
ミハロフが言うと、アメアはキッとミハロフを睨んでから、
「感謝する」
微笑んで告げ、マイクを戻した。そして、もう一度ミハロフを見ると、
「このまま、マティスへ突っ込め。ゼモ・ガルイは私が殺す!」
以前のように凄まじいパワーを放ってみせた。ミハロフはニヤリとして、
「了解!」
前を向くと、操縦桿を握り、艦を前進させた。ジョーとルイは目配せし合い、席に戻った。
ゼモはエレベーターを降りると、外へ向かって歩いた。そこへまた大勢の近衛隊員が現れた。今度はゼモは何も語らずに一瞬にして全員の息の根を止めてしまった。
「ほう」
次に現れたのは、自動小銃を携帯した共和国軍の部隊だった。それでもゼモは微笑んだままで、全く動じた様子がない。
「貴様、一体何者だ!? アレン・ケイム近衛隊長が貴様に殺害されたと連絡が入った」
部隊の指揮官が尋ねた。するとゼモはあご髭を撫でてから、
「我が名はゼモ・ガルイ。惑星ゲルサレムの管理長です」
静かに答えた。指揮官は眉をひそめて、
「ゲルサレムの管理長だと? それが何故近衛隊長を殺害したのだ?」
ゼモは微笑んだままで、
「私の邪魔をしようとしたからですよ。貴方達も私の邪魔をするつもりですか?」
その声に指揮官は思わず一歩退いてしまったが、それでも、
「共和国の重職にある者を殺害した以上、厳罰に処す。これだけの数の自動小銃を向けられても、まだ抵抗するつもりか?」
自分達の方が圧倒的に有利だと考え、言い返した。ゼモは自分に向けられている銃を見渡して、
「どれ程の数の銃があろうとも、それが当たらなければ何の意味もなさないという事を理解していますか?」
指揮官は笑い出し、
(このジイさん、気が狂っているのか? アレン・ケイムを殺害したという事は、かなりの手練れと思ったが、それも怪しくなってきた。隙を突いて殺したんだろう)
右手でゼモを指し示すと、
「やれ!」
銃殺を命じた。部下達は自動小銃を構え、一斉にゼモに向けて掃射を開始した。
「愚かですね」
ゼモはそれよりも早く動き、まずは指揮官の喉を右手で掴むとそのまま握り潰し、たちどころにその左右の部下の首を手刀でへし折り、驚愕して掃射を止めてしまった者達を次々に殺してしまった。そこまでいくと、それを見ていた者達はパニックを起こし、逃げ出した。だが、ゼモは逃さなかった。彼らの行く手を塞ぎ、喉を突き、肋骨を折り、頭骨を砕いて殺した。総統領府のロビーは地獄絵図の様相を呈していた。
「おお、これは……」
そこに姿を見せたのは、ネルム・ザキーム情報長官とその側近達だった。ネルムは眉一つ動かさずに惨状を見渡したが、側近達はそこかしこに嘔吐していた。ゼモはネルムを見ると、ゆっくりと近づいてきた。側近達はビクッとして後退ったが、ネルムはニヤリとしてゼモを見つめた。
「遅かったですね。そのせいで余計な手間がかかってしまいましたよ」
ゼモは後ろに転がっている死屍累々を一瞥してネルムに言った。ネルムは肩を竦めて、
「それは失礼しました、ゼモ様。私もこれで、そこそこ忙しい立場でしてね」
その言葉の異様さに側近達は目を見開いたが、ネルムを詰問する事はできなかった。ネルムの銃で撃ち殺されたからだ。
「機は熟した、という事ですか?」
ネルムが銃を腰のホルスターに戻しながら言うと、ゼモは微笑んで、
「そういう事です。宇宙の方は如何ですか?」
ネルムはチラッと外を見上げてから、
「総統領閣下のご威光がまだ機能されているようでして、全艦隊が閣下の指揮下に入ってしまいました」
「そのような事はどうでもいいです。ミハロフの艦はどうしましたか?」
ゼモが笑みを封じて尋ねたので、ネルムはピクンとして、
「今、解かれた包囲網から脱出して、こちらに向かっているところです」
「なるほど」
ゼモはネルムの横を通って、ロビーから外へと出た。空にはミハロフの艦が降下してくるのが見えていた。
「アレン様がまさかの行動の出たので、計画が若干狂いました」
ゼモはまた微笑んで言った。後から出てきたネルムは眩しそうに空を見上げて、
「どうなさるおつもりですか?」
「どうという事はありません。あの方達の死期が早まるだけの事です」
ゼモはあご髭を撫でながら、総統領府から離れて行く。ネルムは小走りにゼモを追いかけて、
「アメア・カリング閣下の強さは、我々の予想を遥かに超えていると思われます。問題ありませんか?」
ゼモは背を向けたままで、
「そのためにストラッグル一族を預かったのです。貴方はあの方達のお世話をしてください」
ネルムはフッと笑うと、
「畏まりました」
深々とお辞儀をして、ゼモが乗ってきた大戦艦へと歩き出した。
「あのジイさん、余裕だな。総統領府から出てきて、こっち見て笑ってやがるぜ」
操縦席横のモニターを除いて、ミハロフが言った。ジョーはブリッジの窓から次第に大きくなってくる総統領府を眺めつつ、
「逃げ出さないって事は、勝算ありって事だろうな」
腕組みをした。ルイは通信機器を操作して、
「ゼモ・ガルイのそばにいた男、共和国の情報長官のネルム・ザキームらしい」
その名を聞いたアメアが、
「一番嫌いな男だ」
吐き捨てるように呟いた。
「内通者だって事か」
ミハロフはモニターに映し出されたネルムの情報を見て舌打ちして、
「着陸するぞ、衝撃に備えてくれ」
操縦桿を握り直した。ジョーとルイは身構えたが、アメアは微動だにしなかった。ミハロフの艦は速度を落として降下し、総統領府から数百メートル離れた幹線道路に軟着陸した。
「出るぞ!」
ジョーがルイに言い、ブリッジを出て行く。ルイとミハロフが続き、アメアも続いた。彼女は先を走るジョーを追い越し、一番最初にマティスに降り立った。
「アメア、逸るな!」
ジョーはアメアを諌めようとしたが、アメアは全く応じずに走り出した。
「困った嬢ちゃんだな」
ミハロフはジョーを見て肩を竦めると、アメアを追いかけた。ジョーとルイもそれを更に追いかけた。
「カタリーナさん、頑張って!」
カタリーナは「銀河の狼」の女性メンバーに励まされながら、医務室で出産を始めていた。
(この子が早く生まれたがっている……。こんな感覚、今まで一度もなかったのに、やっぱり、ジョーかアメアに何かあったの?)
カタリーナは言葉で言い表せない程の激痛に見舞われながらも、ジョーとアメアを案じていた。
『心配要らない。父上と姉上は大丈夫』
どこからか、女の子の声が聞こえた。
(まさか?)
カタリーナは目を見開いた。
(そういう事なの?)
彼女は全てを理解できた気がした。
(わかった。もう、貴女を産む事に集中するね)
カタリーナは新しい命のために力を尽くす事にした。
「お早いお着きでしたね、アメア様」
ゼモはアメアが数メートル手前で立ち止まったのを見ると、声をかけた。
「黙れ! 凶悪なるゼモ・ガルイ! よくもアレンを殺したな! 絶対に許さないぞ!」
アメアの身体から発せられるパワーで、地面に亀裂が走っていた。
「なるほど、確かに予想していたより遥かにパワーがあるようですね。しかし、それもあくまで想定内です」
ゼモは微笑んで告げた。アメアはその言葉により怒りを更に募らせ、
「ふざけるな! お前がどれ程の存在であろうと、私が消し飛ばす!」
ベルトのサンダーボルトソードを抜くと、最大出力で電流の刃を出した。
「待て、アメア。このジイさんはお前の想像以上だぞ」
ジョーが追いついてアメアの左肩を掴んだ。ゼモはジョーを見て、
「さすがにジョー様はおわかりになっていますね。その通りです。あなた方が一斉に攻撃しても、私は倒せません」
その後ろに来たルイとミハロフに視線を移した。
「お久しぶりですね、ミハロフ・カーク。相変わらず、連邦政府と争っているのですか?」
ミハロフはペッと唾を吐くと、
「余計なお世話だ、クソジジイ。今日がお前の最期の日だから、覚悟しな」
ホルスターの銃に手をかけた。




