第五話 着陸
ジョーは操縦をフルオートにすると、操縦席を立ち、監禁室に向かった。彼が一時的に入れられていた監禁室の扉は、ジョーに閉じ込められていた副隊長を救出するために破壊されていたが、中を捜索した様子はなかった。ジョーはニヤリとして足を踏み入れ、一番奥に歩を進めた。
(銀河共和国の創設者であるケント・ストラッグル達がどこにいるのか、一番知っていそうなのは総統領近衛隊だな)
まさに怪我の功名であった。ジョー自身も想定していなかった展開なのだ。だが、だからこそ警戒する必要もあった。分隊長との取引で、護衛艦が乗っ取られたのを連絡するのはしばらく待ってもらう事になっている。彼がジョーの要請にそのまま従うかは全くわからないが、少なくとも退艦時の反応を見る限りでは、裏切る事は考えにくい。
(予定は未定ってな)
ジョーは苦笑いをして、身体検査の時に調べられても何も見つけられなかった布製の鞄を拾い上げた。
(中身をスキャンしても別の物が映るとは、どこまでも狸だな、フレッド)
ジョーは鞄のロックを解除してフッと笑った。フレッドとは、かつてジョーが行動を共にした銀河一と言われた銃工である。彼は最強の敵との戦いで命を落としたが、彼が残してくれた数々の武器や防具、アイテムはその後のジョーの役に立ち続けている。
「さてと。この艦がどこまで保つかわからないから、脱出の準備をするか」
ジョーが鞄の中から取り出したのは、彼の一番の相棒であり、最強の銃であるストラッグルであった。
「反乱分子を乗せた護衛艦が定刻通り、本星に向かっています」
惑星アラトスの近衛隊総司令部の一室の両側に三段の引き出しが付いている大きめの机に備え付けられた肘掛付きの椅子に寛いでいる金髪の男に通信が入った。男は目を細めて通信機のマイクを手に取ると、
「全砲門を展開し、護衛艦を撃墜せよ」
男の命令があまりにも想定外だったのか、通信兵はしばらく何も返せないでいた。
「聞こえなかったのか?」
男の低くて背筋を凍らせるような問いかけに、
「いえ、そ、そのような事はあ、ありません! た、直ちに全砲門を展開し、ご、護衛艦を撃墜します!」
通信兵は呂律がうまく回らなくなる程焦った様子で応答した。
「頼んだぞ」
金髪の男はマイクを戻した。
(この程度で終わるジョー・ウルフではないだろうがな)
彼は右の口角を吊り上げた。そして、フワッと立ち上がると、部屋の扉に近づいた。
「まだ閣下の『ご威光』を借りねば、理想社会の建設は難しいか……」
謎めいた言葉を呟き、金髪の男は廊下へと出た。その途端、扉の両脇にいた近衛隊員が背筋を伸ばして敬礼した。
「私も出るぞ」
男の言葉に二人は顔を見合わせて驚愕した。
「そこまでなさらなくても、総司令部の守備は万全です」
隊員の一人が敬礼を解いて告げたが、金髪の男は、
「ジョー・ウルフ如きのために私が出る必要はないが、お前達では太刀打ちできまい?」
斜目で異を唱えた隊員を見た。その隊員はビクッとして一歩退き、
「も、申し訳ありません!」
しかし、金髪の男はそれには何も言わずに長い廊下を歩き出していた。
「近くまで来たか、ジョー・ウルフ」
惑星マティスの総統領府の最上階にある執務室で、白い仮面の女が呟いた。共和国第二代総統領アメア・カリングである。
「早くここまで来い、ジョー・ウルフ!」
アメアは大股で巨大な窓ガラスに近づきながら叫んだ。それと同時に身体から紫色の気を立ち上らせた。すると、触れてもいないのに目の前の防弾ガラスにピシッとヒビが入った。
「ぐう……」
脱出用の小型艇に乗り込もうとしていたジョーは眉間の傷跡に激痛を感じ、よろけて小型艇の主翼に右手を着いてしまった。
(まただ……。この傷、あの女に負わされて一年近く経つのに、未だに消えないばかりか、時々抉られるような痛みを感じる……)
ジョーはまだ続く痛みを堪えて立ち上がり、小型艇に乗り込んだ。
「アメア・カリング……。お前があの時の女なのか?」
ジョーは傷跡に触れてからヘルメットを装着した。
「いずれにしても、会ってみれば全てがはっきりするさ。そして、もう一つの事もな」
ジョーは軍服の胸ポケットから指輪を取り出して握りしめた。
(カタリーナ……)
その名は、ジョーの最愛の存在で、銀河を揺るがす激闘の後、妻となった女性のものである。
(全てがわかった時、俺はそれを受け入れられるのか?)
ジョーの額を幾筋かの汗が流れ落ちた。
「時間がないな」
ジョーは現実を思い出して小型艇で護衛艦を脱出し、
「監獄惑星アラトス、か」
すぐ目の前に広がる地球型の海洋惑星を眩しそうに見て呟いた。
「来たか」
次の瞬間、地対空ミサイルが向かってくるのを感じ、小型艇を護衛艦から離した。コンマ数秒後に護衛艦に着弾があり、装甲のあちこちから火の手が上がり、黒煙が噴き出した。しかし、まだ撃墜には程遠く、護衛艦は速度を保ったままで大気圏との摩擦に抗いながら、地上を目指していく。小型艇は護衛艦の後方に下がり、空気抵抗を抑え、砲撃を避ける位置に着いた。次第に地上からの砲撃が激しさを増していく。成層圏まで届くミサイル攻撃が一旦止むと、次は高射砲の乱れ撃ちが始まった。護衛艦は次々に装甲を破壊され、火達磨になりつつ、推進力ではなく重力によって加速度的に落下していった。
(そろそろ離れるか)
ジョーは小型艇を旋回させ、護衛艦の陰から出た。するとそれを待っていたかのように迎撃機が飛来した。
「大層な出迎え、痛み入るぜ」
ジョーはニッと笑うと、小型艇から脱出した。勢いよく上方に射出されたジョーはストラッグルを構えると、狙い撃ってくる機体を撃破した。一撃で友軍機が爆発して錐揉みしながら墜落して行くのを見て、他の機体が一斉にジョーと距離を取った。だが、
「そのくらい離れてくれた方がちょうどいい」
止まっている標的を撃つかのように続けざまに撃破した。地上がその状況を察知したのか、再び高射砲が展開し始めた。
「高射砲は落下する人間を撃てるほど精度は高くねえよ」
ジョーはその砲撃は全く気に留めず、逃げようとする戦闘機を更に撃破し、全て片付けると、パラシュートを開いた。地上は高射砲では当たらない事に気づき、機銃を出してきた。それでもジョーは慌てず、動きが鈍い機銃座を次々に撃って沈黙させた。そのジョーの遥か後方を原型をほとんど留めていない護衛艦が墜落していき、総司令部の滑走路の外れに激突四散した。
「まだ次がいるのかよ」
地上が近くなった頃、今度は戦車部隊が展開してきた。地上に降りるところを地面もろとも吹き飛ばす作戦のようだ。
「この銃が普通の銃なら、確かにその作戦は有効だったな」
ジョーはフッと笑ってヘルメットを脱ぎ捨てると、ストラッグルで戦車を撃った。厚い装甲もストラッグルの放つビームを防ぐ事はできない。まるで木製品のように戦車は撃ち抜かれ、爆発炎上した。それを見て、他の戦車が砲門の横に付いている機銃でジョーを狙ってきたが、ジョーはそれを見切り、パラシュートを切り放して地面に飛び降り、すぐさま反撃した。ほんの数秒の間に十輌展開していた戦車が全て炎上してしまった。
「ようやく静かになったか」
ジョーは黒煙を吐き出す残骸の向こうに新たな兵器が登場しないのを見て呟いた。
「む?」
兵器は登場しなかったが、それよりも危険な感覚に囚われ、ジョーは眉をひそめた。
「アメア、ではないな……」
強大な力を放つ何者かがゆっくりと近づいてくるのを感じて、ジョーは前方を睨んだ。
「さすがだ、ジョー・ウルフ。総統領近衛隊総司令部にようこそ」
姿を見せたのは、金髪の男だった。ジョーはストラッグルを軍服のベルトに差して、
「誰だ、てめえは?」
金髪の男はニヤリとして、
「私は近衛隊隊長のアレン・ケイム。お前が来るのをずっと待っていたよ」
ジョーはアレンと名乗った金髪の男の妙な言葉に目を細めた。
「ずっと待っていた、だと?」
本当の戦いはこれからなのか。ジョーはふとそう思った。