第五十八話 炸裂
アレン・ケイムは惑星マティスに降り立つと、着陸前に全て指示しておいた通りに近衛隊と軍を動かして、今は賓客であるゼモ・ガルイを総統領府へと誘導した。
「お見事でした、アレン様。混乱していた軍を抑えて、近衛隊を効率よく活動させ、大きな混乱もなくマティスに降り立つ事ができました」
ゼモは前を大股で歩くアレンに言った。しかし、アレンはそれには全く反応をしなかった。ゼモは微笑んだままでアレンの背中を見ていた。
(私を殺さなかったのは、こういう事だったのだな。マティスに難なく降り立ち、できるだけ速やかに復活の椅子を手に入れる。見事な筋書きだが、そうはさせん)
アレンは総統領府の正面玄関に入ると、エレベーターホールへと歩を進めた。彼とゼモは身長差が20センチ程あるが、ゼモはアレンに置いていかれる事もなく、かと言って、小走りになる事もなく、一定の距離を保ったままで歩いて行く。それを端から見ている近衛隊員や他の職員達は不思議そうな顔をしていた。ゼモはまるで地面を滑っているような移動をしていたからだ。
「隊長、衛星軌道に集結した艦隊が、所属不明の巨大戦艦を包囲していて、指示を仰いでいます」
エレベーターの前で待っていた隊員の一人が敬礼して言った。アレンはチラッとゼモを見てから、
「しばらく様子を見ろと伝えろ。あの巨大戦艦には、恐らく閣下がお乗りになっている」
「はっ!」
隊員は敬礼をし直して、軍靴の踵を鳴らすと、走り去った。
「攻撃をさせないのですか?」
ゼモが尋ねた。アレンはエレベーターの扉を見たままで、
「無駄死にをさせる必要もないだろう? 巨大戦艦がミハロフ・カークのものであるなら、数的有利は全く意味をなさない」
「なるほど」
ゼモは顎鬚を撫でながら応じた。その時、エレベーターの扉が開いた。アレンは何も言わずに先に乗り込んだ。ゼモは会釈をして中に入った。扉が静かに閉じて、エレベーターはゆっくりと動き出し、次第に加速して、たちまち最上階へと到達した。また静かに扉が開き、ゼモが先に降りた。アレンが続いて降り、廊下を歩き出した。ゼモはまた顎鬚を撫で、アレンの後ろを歩いた。
「この奥だ」
総統領執務室の扉を開き、アレンが告げた。ゼモはアレンの横をすり抜けて、執務室に入った。しばらく主が不在となっているその部屋は、物に全くこだわりがないアメア・カリングの性格もあってか、非常に殺風景だ。ジョーとアメアの戦いで破壊された箇所と、ジョーが逃走するために惑星アラトス側を撃ち壊したために使い物にならなかった移送機は修理が完了していた。アレンはそれには目もくれずに奥へと進み、暗証番号と右目の網膜でロックを解除して、扉を開いた。
「この中に復活の椅子はある」
アレンは振り返ってゼモを見た。ゼモは黙ったまま微笑んで頷くと、奥の部屋に入った。アレンはそれを追うように入った。
「おお」
ゼモはそこにあった無機質な石造りの椅子を見て声をあげた。
「初めて見たのか?」
アレンが皮肉めいた言い方で尋ねると、ゼモは復活の椅子に近づき、
「いえ。ブランデンブルグが手に入れる前に見ています。彼がこれを手に入れられたのは、私がそう仕向けたからなのですよ」
「何?」
ゼモの予想外の返答にアレンは眉をひそめた。ゼモは微笑んだままでアレンを見やると、
「その時とはまた輝きが違っているので、少しだけ驚いたのです。やはり、思った通りでした」
アレンは目を細めて、
「思った通り? それはどういう意味だ?」
ゼモは復活の椅子に視線を戻して、
「この椅子は、力を与えてくれるのは確かですが、与えられた者は必ず滅びます。そして、その滅んだ者から、また力を取り戻すのです」
アレンはその言葉にギョッとして復活の椅子を見た。
(確かに、ブランデンブルグがジョー・ウルフと戦う前とは色が違っている気がする)
アレンは自分の決意が揺らぎそうになるのを感じた。
(復活の椅子を使った者は、すでにその時から滅びる事が決まっている、という事か?)
ゼモは復活の椅子の背もたれを右手で触り、
「要するにこの椅子は次から次へと力を与えて取り戻す事で、与える力を増大させているという事です」
意味ありげにアレンを見てまた微笑んだ。アレンは一瞬、
(こいつ、私が考えている事に気づいているのか? 私を誘っているのか?)
最大のチャンスであると思ったが、ゼモが何かを企んでいるようにも思え、二の足を踏みそうになった。
(だが、迷っている時ではない。この化け物を倒す千載一遇のチャンスなのだ)
アレンはゼモに話しかけるふりをして近づくと、一気に復活の椅子に近づき、座った。その時、ゼモがニヤリとしたのをアレンは見た気がした。
「復活の椅子よ、私に力を! ゼモ・ガルイを倒せる力を!」
アレンは全身全霊を込めて、叫んだ。すると復活の椅子が輝き出した。
「ほお。これが貴方のお考えだったのですね、アレン様」
ゼモは復活の椅子から離れて、アレンが光に包まれて行くのを見た。
「そうだ。これ以外、閣下をお守りする手段はない。そして、お前のような化け物を倒す手段もな!」
アレンは復活の椅子から注ぎ込まれてくる力を感じていた。座る前は半信半疑であったが、今は確信していた。これなら、ゼモを消し飛ばす事ができると。
「おお、素晴らしい。貴方は今、ジョー様やルイ様、いえ、ミハロフをも超えた存在になりましたね、アレン様」
ゼモは全身を輝かせたままで立ち上がったアレンを見て言った。
「む?」
ゼモが目を細めた次の瞬間、アレンの右フックがゼモの腹部を襲っていた。ゼモはその衝撃で後ろへ吹き飛び、壁を突き破ると、執務室の机に激突して粉々に砕き、その先の壁にめり込んだ。
「軽く右手を打ち出しただけでこの威力か。凄まじいな」
アレンは止めを刺すために床に崩れ落ちたゼモに近づいた。
「くっ!」
そのアレンの喉にゼモの右手の突きが迫った。しかし、アレンはそれを容易くかわし、逆にゼモの右腕を掴むと、へし折った。
「ぐう……」
ゼモは呻き声を上げて膝から崩れ落ちた。
(いける!)
アレンは勝利を確信して、蹲ったゼモの背中に踵落としを叩き込んだ。
「がはあ!」
ゼモは床に這いつくばり、動かなくなった。
(また油断を誘うつもりか?)
アレンは動かないゼモを観察した。しかし、ゼモは一向に起き上がらない。
「ならば、今度こそ止めだ、ゼモ・ガルイ!」
アレンはベルトからサンダーボルトソードを抜き出し、最大出力で電流の刃を出した。そして大上段に振りかぶると、ゼモの後頭部目がけて振り下ろした。
「何!?」
ところが、そこにいたはずのゼモの姿はなく、電流の刃は床を焼き焦がしただけだった。
「アレン様、お巫山戯が過ぎますよ。そのような事をされましたら、いくら私でも死んでしまいます」
ゼモはいつの間にかアレンの背後をとっていた。
「グオオ!」
アレンの背中にゼモの右拳が叩き込まれた。そして、ゼモの左手がアレンの左肩をしっかりと掴んでいたので、アレンは背骨が折れるのをはっきりと感じた。
「バカな……」
下半身の感覚が失われていき、アレンは床に崩れ落ちた。
「右腕は骨折したはずだ……」
アレンはかろうじて動かせる両腕で半身をねじって、ゼモを見上げた。ゼモは不敵な笑みを浮かべて、
「ご存じなかったのですか? トリリオンスヒューマンは、ビリオンスヒューマン以上に回復力が優れているのです。ほんの少し、貴方が猶予を与えてくれましたので、治癒しました」
アレンは歯軋りした。ゼモは床に突き刺さったままのサンダーボルトソードを抜くと、
「すぐ楽にして差し上げますよ、アレン様」
間髪入れずにそれをアレンの眉間に突き立てた。アレンは目を見開いたままで絶命してしまった。
「愚かなお方ですね。素直に復活の椅子を引き渡してくれれば、命までは獲らずにおきましたものを」
ジョー達は、共和国軍の大艦隊が何も仕掛けてこないのを不審に思い、対処法を話し合っているところだった。
「いやあああ!」
突然、アメアが絶叫した。
「どうした、嬢ちゃん?」
驚いたミハロフが尋ねた。しかし、アメアは叫び続けるだけで、答えてくれない。
「何だ、この嫌な感じは?」
ジョーは眉間にしわを寄せ、ルイを見た。ルイは頷いて、
「私も感じた。非常に不快で、気分が悪い」
ミハロフは二人の会話を聞きながらも、暴れているアメアを落ち着かせようとしていた。
「俺には何も感じられねえぜ。何があったのか、説明してくれ、アメア」
アメアは涙をこぼしていた。絶叫が嗚咽に変わり、しばらくして落ち着きを取り戻してきた。
「アレンに何かあったのか?」
ジョーが言うと、アメアは涙で濡れた目をジョーに向けて、
「アレンが殺されたの、ジョー」
「何? ゼモにか?」
ジョーはルイとミハロフに目配せしてから、アメアを見た。アメアは黙って頷いた。
「何故このタイミングでゼモはアレンを殺したんだ?」
ジョーが更に尋ねた。アメアは俯いて、
「アレンが強くなったから。だから、殺さないといけないと感じたのよ」
また涙をこぼし始めた。
「アレンが強くなった? どういう事だ?」
ルイが尋ねたが、アメアは泣き出してしまい、何も答えなかった。
「強くなったって、まさか……」
ジョーは目を見開いた。ミハロフもその理由に気づいた。
「復活の椅子、か?」
ジョーはその問いかけに黙って頷いた。
「何故だ? アレン・ケイムは、復活の椅子を使った者の最期を知っているはずだろう? 何故使ったのだ?」
ルイが誰にともなく訊いた。しばらく、沈黙がブリッジを支配した。聞こえてくるのは、艦の稼働音だけだった。
「私のせい……」
しばらくして、不意にアメアが呟いた。
「はあ? アメアのせい? どういう意味だ?」
ミハロフがアメアの顔を覗き込んだ。だが、アメアはそれ以上何も言わない。ミハロフは困ったようにジョーを見たが、ジョーも首を横に振るだけで、理由に思い当たる事はなかった。
「何?」
その頃、タトゥーク星で出産の準備を進めていたカタリーナは、突然腹部に痛みを感じて、蹲ってしまった。
「どうした?」
近くにいたサンド・バーがカタリーナに駆け寄り、リーダーとエミーも歩み寄った。
「大丈夫。何でもないわ」
カタリーナは痛みがすぐに収まったので、微笑んで立ち上がった。
(でも、今の、何だったの? 何かアメアにあったのかしら?)
不安になるカタリーナであった。




