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第五十七話 惑星マティスの攻防

「お前の望みは何だ? 復活の椅子を手に入れて、宇宙を征服する事か?」

 上昇をしていた艦体が水平飛行に移ったところで、アレンはゼモに問いかけた。

「宇宙を征服したところで、何も得るものはありません。私が復活の椅子を探していたのは、不逞の輩がそれを手に入れて、良からぬ事を企むのを阻止するためです」

 ゼモは前方を見据えたままで答えた。しかし、アレンにはその言葉が信じられなかった。

「綺麗事を言うな。お前が一番恐れているのは、復活の椅子によって、お前以上の能力を持った者が現れる事だろう? だから、復活の椅子を手に入れて、今以上に強くなろうと思ったのではないか?」

 アレンはゼモの背中を射抜かんばかりの視線で反論した。それでもゼモは振り返らずに、

「ではお尋ねしますが、仮に誰かが復活の椅子を手に入れて、私に挑んだとして、勝ち目があると思われますか?」

 アレンはその質問にグッと詰まってしまった。

(ゼモ・ガルイの強さは私の想像を遥かに超えている。確かに、誰かが復活の椅子で力を手に入れてゼモに挑んだとしても、勝てはしない……)

 ゼモは何も言わないアレンに顔を向けて、

「貴方はブランデンブルグ軍にいたはずであるのに、復活の椅子の恐ろしさを知らないようですね。あれは使った者を狂わせ、破滅に導く悪魔のアイテムなのですよ」

 ゼモに言われるまでもなく、アレンは復活の椅子の恐ろしさを知っていた。

(私は十分に理解している。だからこそ、閣下に復活の椅子を使っていただくのを躊躇ったのだ。ブランデンブルグの末路を見ていれば、そんな気にはとてもなれないからだ)

 アレンは意を決して、

「お前がそこまで強いのであれば、何を恐れる必要がある? 復活の椅子で力を手に入れた者が現れても、お前が負ける事はないのだろう?」

 ゼモを煽るような事を言ってみた。ところがゼモは、

「私は恐れてなどいませんよ。只、手間のかかる事をしたくないだけです。復活の椅子で力を手に入れた者が挑んでくれば、流石に無傷という訳にはいかないでしょうからね」

 アレンは目を見張った。

(復活の椅子を使えば、あるいはこのジイさんに勝てるかも知れないという事か?)

 一瞬、アメア・カリングならば勝てるかも知れないと考えたアレンであったが、

(いや、それはダメだ。復活の椅子はどこまでいっても、邪悪なものだ。ゼモに勝ったとしても、その後どうなるかわからない)

 するとアレンの心の内を見透かすかのように、

「復活の椅子を使えば、私を倒せると思ったのですか?」

 ゼモが微笑んで言ったので、アレンはゼモを睨みつけて、

「そのような事を考えてはいない。お前が恐れているのは、ミハロフ・カークが復活の椅子を手に入れる事だろう?」

「確かに、ミハロフが現段階では、一番私に近いでしょうから、ミハロフが復活の椅子を使えば、私も危ういかも知れませんね」

 ゼモは嬉しそうに微笑んだままで応じた。アレンはその反応に苛ついたが、

「ならば、急いだ方がいいぞ。ミハロフも恐らく、復活の椅子の在り処を知ったはずだからな」

 カマをかけるつもりで挑発した。

「何故そう思われるのですかな?」

 ゼモは微笑んだままで目を細めた。アレンはフッと笑って、

「お前が私だけがゲルサレムに残るように誘導したのにジョー・ウルフかルイ・ド・ジャーマンが気づいたはずだからだ。そして、私がブランデンブルグ軍にいた事を思い出せば、自ずと答えは導き出せるだろう?」

「なるほど。道理ですね。では、急ぎましょうか」

 ゼモは前を向くと、

「次元跳躍法に入りなさい」

 操縦士に命じた。

(次元跳躍法? ジャンピング航法の事か?)

 アレンが眉をひそめていると、

「次元跳躍法、完了しました。惑星マティスの衛星軌道です」

 操縦士がすぐに返答をした。

「何だと!?」

 アレンはブリッジの窓の向こうに見える惑星を凝視した。それは紛れもなく、共和国首府星であるマティスだった。

「バカな……。一体どうやって……?」

 瞬間的にゲルサレムがあった宙域から移動したので、アレンは混乱していた。

「私は無為に五百年の間、銀河系やアンドロメダ銀河を彷徨っていた訳ではありません。何百万光年も離れた別の銀河には、アンドロメダ銀河連邦を遥かに凌ぐ科学技術を持つ知的生命体が存在しているのですよ。私は行ける限りの銀河へ旅をして、そこの技術を吸収しました」

 ゼモの語りにアレンはついていけていなかった。ゼモはアレンの事を気にする様子もなく続けた。

「そして、その科学力で私の計画を阻止されては困るので、殲滅しましたが」

 そこでようやくアレンは我に返った。

「殲滅、だと?」

 アレンが睨みつけると、ゼモは、

「まだおわかりいただけないようですね。私の計画は、全宇宙に存在する知的生命体の根絶なのですよ」

 アレンは息を呑んだ。

(征服ではなく、根絶なのか? 何を考えているのだ、このジイさんは?)

 あまりにも途方もないゼモの計画を知り、アレンはまさに唖然としてしまった。

(以前、ヤコイム・エレスの商用艦が一瞬にして消えたのも、同じ技術だったのか?)

 アレンの額を汗が流れ落ちた。


 一方、タトゥーク星を離脱したミハロフの戦艦は、惑星マティスに向けてジャンピング航法に入ろうとしていた。

「ああ!」

 まさにミハロフが最後の操作をしようとした時、アメアが叫んだ。

「どうした?」

 ジョーが振り向いて尋ねた。アメアはジョーを見て、

「すでにゼモ・ガルイが惑星マティスの衛星軌道に着いてしまったようです」

「何だって!?」

 ミハロフとジョーがほぼ同時に叫んだ。

「とにかく、行くしかない」

 ルイが言った。ジョーとミハロフは目配せした。

「今度こそ、ジャンピング航法に入るぞ」

 ミハロフが操縦桿を動かして告げた。程なく、ミハロフの戦艦は三次元から姿を消した。


 突然、謎の巨大飛行物体が衛星軌道に現れたので、共和国首府星マティスの中枢は大混乱に陥っていた。総統領アメア・カリングと近衛隊長アレン・ケイムの行方がわからないため、あらゆる命令系統が麻痺した状態なのだ。緊急避難的な措置として、軍の参謀総長が共和国各宙域で防衛任務に当たっていた艦隊を呼び戻した。そして次にマティスを守備する主力艦隊を編成し、出撃準備を進めさせた。先のバーム・スプリングの暴走による艦隊損耗が響き、以前の戦力の三分の二に満たない規模であったが。


 そんな共和国軍の右往左往ぶりをゼモは全て傍受していた。

「愚かしいですね。まだこちらが何のメッセージも発していないのに、敵対行動に出ようとしているとは。貴方が呼びかけて、全て止めてくださいませんか? 私は復活の椅子が欲しいだけなのですから」

 ゼモは微笑んだ顔でアレンに告げた。しかし、その言葉は凄まじい圧迫感を持ってアレンに迫ってきていた。

「わかった……」

 反共和国同盟軍の主力艦隊を一瞬にして吹き飛ばした管理棟の砲撃を見ているアレンには、選択の余地はなかった。

「これでお話しになれます」

 通信士が告げ、席を空けた。アレンは黙ってそこに座り、通信を開始した。

「近衛隊長のアレン・ケイムである。この船はゲルサレムの管理長であるゼモ・ガルイ氏の乗艦だ。攻撃意志はない。着陸の許可を願いたい」

 アレンはマイクを通じて軍に呼びかけた。しばらく返答がなかったが、アレンの声と断定したのか、

「了解した。第三十七ブロックの港に着陸をしてくれ」

 参謀総長の声が応じた。

「了解した」

 アレンはマイクを置くと、ゼモを見た。ゼモは黙って頷き、立ち上がった。

「では、参りましょうか、アレン様」

 アレンはゼモに導かれるままにブリッジを後にし、下降を始めた船の長い廊下を進んだ。


 ゼモの乗艦がその超巨大な艦体をゆっくりとマティスに降下させ始めた頃、ミハロフの戦艦がマティスの公転軌道付近にジャンピングアウトした。

「付近に怪しい影は見当たらない。おかしい」

 監視席でレーダーを覗き込んでいたアメアが告げた。ミハロフは腕組みをして、

「まさか、すでにマティスに降り立っているんじゃないだろうな?」

「アレンが一緒なんだ。その可能性が高いぜ」

 ジョーがブリッジの窓の外のマティスを見て言った。

「そうだな。だが、俺達はそう簡単に降りられないみたいだぜ」

 ミハロフが言うと、マティスの方角から無数のミサイルとビームが迫って来た。

「舐めるなよ」

 ミハロフはニヤリとした。ミサイルとビームが次々に戦艦に命中したが、かすり傷一つ負わなかった。

「ロングレンジの攻撃が通じる程、この船はもろくねえぜ」

 ミハロフは得意そうにアメアを見た。アメアはプイと顔を背けた。そして、

「通信を開け、ミハロフ。私が命じれば、攻撃はなくなる!」

 立ち上がって怒鳴った。ミハロフはピュウと口笛を吹き、

「そうか、アメアは総統領だもんな」

 通信席にいるルイを見た。ルイはすぐに機器を操作して、

「これで話せるはずだ」

 アメアにマイクを渡した。アメアはルイに歩み寄ってマイクを受け取ると、

「総統領のアメア・カリングである。この船には、私が乗っている。攻撃を中止しろ」

 しかし、攻撃はやまなかった。むしろ、激しさを増していた。

「何をしている!? 私が乗っているのだぞ。攻撃をすぐにやめろ!」

 アメアが呼びかけても、何の応答もない。

「おのれ!」

 アメアは激怒して、ブリッジを出て行こうとした。

「待て、アメア。恐らく、ゼモ・ガルイがマティスを制圧しちまったんだ。一旦退くしかない」

 ジョーが言うと、アメアは不満そうな顔をしながらも、監視席に戻った。

「何なら、この星ごとあのジイさんを吹っ飛ばしてもいいんだが、そいつはやり過ぎだし、そんな事をしても、ジイさんだけ逃げちまう可能性があるからな」

 ミハロフが冗談交じりに肩をすくめて言った。

「呑気な事を言っている場合ではないぞ。銀河系各宙域に出撃していた艦隊が戻って来て、囲まれてしまったぞ」

 アメアがレーダーを見て言った。

「おーお、こいつはすげえな。大歓迎されてるぜ」

 ミハロフは取り囲んでいる大艦隊をスクリーンに投影した。まさに蟻の這い出る隙間もない程の包囲網になっていた。

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