第五十六話 ゲルサレム崩壊
アレン・ケイムはゼモ・ガルイの衝撃的な話にしばし呆然としてしまっていたが、
「待て! まだ話は終わっていない!」
ゼモを追って、管理棟の中へ入った。
「では、今度は私から貴方に質問を致しましょうか、アレン様?」
ゼモは管理棟のロビーで微笑んで待っていた。
「何?」
アレンは訝しそうに眉をひそめ、ゼモの言葉を反芻した。
「復活の椅子はどこにありますか?」
言葉は穏やかだったが、ゼモは笑みを封じてアレンを見た。アレンはゼモからの言い知れない圧力を感じ、一歩退いてしまった。
「復活の椅子? あれはブランデンブルグの大宮が崩壊した時、宇宙の塵となったはずだ」
アレンはゼモを睨みつけて応じた。するとゼモは、
「なるほど。それが貴方の私に対する考え、という事でよろしいですか?」
次の瞬間、アレンは管理棟の壁に叩きつけられていた。
「ぐはっ……」
何が起こったのか理解する事ができなかった。全身を襲う激痛に呼吸もままならないアレンは、指一本動かす事ができないなまま、床に崩れ落ちた。
「もう一度お尋ねします。復活の椅子はどこに隠したのですか?」
いつの間にか、ゼモはアレンのすぐそばにいた。アレンは手繰り寄せるように呼吸をしつつ、
「何の事だ? 私は何も知らない」
言い終わらないうちに今度は反対側の壁に激突させられていた。
「かふっ……」
血反吐を吐いて、アレンはまた床に崩れた。
「何度も同じ事を言わせないでくださいませんか、アレン様? 私の質問に答えてください」
アレンが口から流れ落ちる涎と血の混じったものを拭いながら顔を上げると、目の前にゼモのローブが見えた。
「何度訊いても、答えは同じだ。何も知らない」
アレンはゼモの顔を見上げた。ゼモは目を閉じて首を横に振り、
「何故そこまで頑なに嘘を吐くのか、理解に苦しみますね。そのような事をしても貴方には何も利益はない。無駄な抵抗だとは思いませんか?」
蔑んだ目をアレンに向けた。
「抵抗も何も、私は何も知らない。お前こそ、無駄な事をしているぞ、ゼモ」
アレンはふらつきながらも立ち上がり、フッと笑った。するとゼモはもう一度微笑み、
「ならば仕方がありません。アメア様にお尋ねするしかありませんね」
その言葉はまるで呪文だった。不敵な笑みを浮かべていたアレンの顔がひきつり、目が見開かれた。
「やめろ。閣下は何もご存じない。私が独断で決めた事だ!」
アレンはゼモのローブにすがりつき、懇願するように叫んだ。ゼモは微笑んだままで、
「脆過ぎますよ、アレン様。最愛の女性を盾に取られると、全く抵抗できなくなるとは。情けないですね」
アレンを振り払ってから、ローブのよれを直して、
「では、復活の椅子はどこですか? 今度は教えてくださいますよね?」
アレンはゼモが何故復活の椅子の在り処を知ろうとしているのか、考えた。
(復活の椅子は願う者の望みを叶えるもの。しかし、その代わり、人としての理性や良心を奪われると聞いた。だからこそ、復活の椅子を手に入れた者は必ず滅ぼされた。だが……)
復活の椅子を手に入れたゼモを倒せる者がいるのか? その答えをアレンは出せなかった。
(もしここで復活の椅子の在り処をこの男に教えれば、私は間違いなく殺されるだろう。そして、閣下も、ジョー・ウルフも、ルイ・ド・ジャーマンも。どちらにしても、命はない運命ではあるがな)
そして、アレンはある賭けを思いついた。今はそれしかないと考えたのだ。
「復活の椅子があるのは、惑星マティス。共和国の首府星の総統領府の最上階、総統領執務室の奥だ」
アレンはゼモの目をまっすぐに見て告げた。ゼモはしばらくアレンを見ていたが、
「わかりました。では、惑星マティスへ行きましょう」
アレンに歩くように促した。アレンは眉をひそめて、
「私を始末しないのか?」
ゼモはフッと笑って、
「貴方が本当の事を言っているかどうかわかりませんから、マティスの総統領府まで案内はしていただきます」
アレンはハッとしたが、苦笑いして、
「そうか。私は少しは長生きできるという事か」
「そういう事です。では、こちらへ」
ゼモはふらつくアレンの二の腕を掴み、長い廊下を歩き出した。
「とにかく、一刻の猶予もない。俺が乗ってきた戦艦に乗ってくれ」
ミハロフはデッキチェアから立ち上がった。ジョーとルイはそれに続いて立ち上がった。アメアも立ち上がった。
「ジョー」
カタリーナが身重の身体を引きずるようにして近づいてきた。ジョーはミハロフに目配せしてから、カタリーナに歩み寄り、
「すぐに戻る。アジトに入っていてくれ。そして、無事に俺達の子を産んでくれ」
その言葉にカタリーナは目を潤ませて、
「ええ。約束して。必ず戻るって」
「できない約束はしない。だから、戻ってくる」
ジョーはカタリーナとキスをすると、ミハロフのところへ戻った。アメアはじっとその様子を見ていたが、カタリーナを見て頷くと、そのままジョー達を追って歩いて行った。
「大丈夫よ、カタリーナさん。ジョーは必ず帰ってくるわ」
嗚咽をあげながら、エミーがカタリーナを励ました。カタリーナはエミーの頭を撫でて、
「ええ、そうね」
もらい泣きしそうになるのを我慢した。
「さあ、戻りましょう」
カタリーナはとうとう泣き出してしまったエミーを抱きかかえるようにアジトへと歩いた。サンド・バーが堪り兼ねて、カタリーナに手を貸した。
「おじさんは、アメアに何も言わなくていいの?」
涙を拭いながら、エミーがいきなり言ったので、
「な、何を言っているのかな、エミー? それから、俺はおじさんじゃないぞ」
サンド・バーは狼狽えて応じた。そんな二人のやりとりをカタリーナは微笑ましく思って見ていた。
ジョー達はアジトからしばらく歩いた高原の一角に、小高い丘のように巨大な戦艦を見つけて驚いた。
「こいつは凄いな。旧帝国の皇帝専用の戦艦より大きいかも知れん」
ルイが言うと、ミハロフはニヤリとして、
「この大きさでも、アンドロメダ銀河連邦の軍艦では、一番小さいクラスなんだぜ。まあ、こっそり乗り出すには、これが精一杯だったんだけどな」
「戦艦を盗んできたのか、お前は?」
アメアが目を見開いて言うと、ミハロフは、
「人聞きの悪い事を言うなよ、アメア。ちょっと拝借しただけだよ」
ウィンクをして応じたので、アメアは顔をしかめた。ジョーはそれを見て苦笑いしたが、
「急ぐんだろ、ミハロフ?」
「ああ、そうだったな」
ミハロフの先導で、ジョー達は艦体の下部にあるハッチから中に入り、ブリッジへ上がった。
「連邦の軍艦の全てに、対ビリオンスヒューマン兵器が搭載されている。あんたらも知っていると思うが、ビリオンスヒューマンには物理的な力を使う者と精神的な力を使う者がいる。その精神的な力を使う者達の攻撃をカットする事ができる兵器って事さ」
ミハロフは操縦席に座って言った。その隣の副操縦席にはジョーが座り、その後方にある監視員席にはアメアが座った。ルイは通信員席に腰を下ろした。
「そいつは頼もしいな」
ジョーは窓の外を見ながら応じた。ミハロフはエンジンの指導準備をしながら、
「ゼモ・ガルイが精神的な力を持っているという情報は入っていない。だが、油断はできない。奴は自らをトリリオンスヒューマンと名乗り、ビリオンスヒューマンよりも一万倍も低い確率で誕生する存在だと言っているからな」
「それも全部奴のハッタリと言いたいところだが、実際に奴の力を見ているから、それはあり得ないとわかる」
ジョーはチラッとミハロフを見て言った。
「ハッタリじゃないのは、俺もよく知っている。俺が連邦軍にいた時、率いていたビリオンスヒューマン百人が全滅させられた」
ミハロフの話にジョーだけではなく、アメアもルイも息を呑んだ。
「その化け物が、復活の椅子なんていう反則技の存在を手に入れようとしているんだから、弱ったもんだぜ」
「あんたも俺達も、あのジイさんにすっかりはめられたって事かもな」
ジョーが腕組みをして言ったので、ミハロフは右の眉を吊り上げて、
「それはどういう意味だ?」
ジョーは窓の外を見た。
「今、ジイさんと一緒にいるのは、アレン・ケイムだ。奴はブランデンブルグ軍にいた」
ミハロフの眉間にしわが寄った。アメアはビクッとし、ルイは顎に右手を当てて考え込んだ。
「復活の椅子がもしまだ存在するとしたら、それを知っている可能性があるのは、アレンだって事さ」
ジョーは動き出した艦体のGを感じながら告げた。ミハロフは操縦桿を握りしめて、
「そういう事か。ならば、ますます急がないといけないな」
ジョー達を乗せた戦艦はゆっくりと離陸し、タトゥーク星を離脱し始めた。
「これは一体……?」
アレンはゼモに案内されて入った一室を見て驚愕していた。
「まさか?」
アレンがゼモを見ると、ゼモはゆっくりと頷き、
「貴方のご想像の通りですよ、アレン様。この管理棟そのものが、巨大な飛行体なのです。全長は数キロメートルあるでしょうね」
アレンが通されたのは、その制御室ともいうべき部屋だったのだ。
「もはや、ゲルサレムの役割は終わりました。いよいよ、我が宿願を叶える時が来たのです」
ゼモは制御室のほぼ中央にあるシートに腰をおろした。
「アレン様も、空いている席にお着きください。まもなく、ゲルサレムを離脱します」
ゼモの言葉に我に返ったアレンは、近くにあった席に座り、シートベルトを装着した。
「では、発進致します」
ゼモの言葉が合図となり、振動が伝わって来た。やがてタービンが回転するような音が聞こえ始めると、管理棟が動き出すのがわかった。
(これ程の質量のものが飛ぶというのか?)
アレンはゼモの計り知れない秘密の一端を見た気がして、寒気がした。
「何だ?」
背後で何かが崩壊していくような凄まじい音が聞こえて来た。
「ゲルサレムは私が造った人工惑星なのです。今、まさにその役目を終えました」
ゼモは天井部にある巨大なスクリーンに映るゲルサレムを見上げた。アレンもそれに釣られて見上げた。ゲルサレムは管理棟が建っていた場所に大きな穴ができたせいで、そこから崩落を始めていた。
(この男、何と恐ろしい存在なのだ……)
もし、ゼモに復活の椅子が渡ってしまったら……。想像するだけでおぞましいとアレンは思った。




