第五十四話 アメア・カリング VS ミハロフ・カーク
ミハロフと名乗った大男はアメアを見下ろして、
「ジョー・ウルフが歯が立たなかったという噂がアンドロメダまで流れてきている。それがお前なのだな? お前が、銀河共和国第二代総統領であるアメア・カリングか?」
右の口角を吊り上げて尋ねる。アメアはミハロフの笑みに歯噛みして、
「そうだ。私がアメア・カリングだ。それがどうした?」
尋ね返した。ミハロフは上体を反らせてから、
「ならば好都合だ。お前の力を見せてくれ」
いきなり腰のホルスターに提げていた漆黒の銃を抜くと、アメアに向けて射撃した。
「うへっ!」
近くで見ていたサンド・バーは思わず目を瞑ったが、
「どこを狙っている? そんなもので私は仕留められないぞ、デカブツ」
アメアはいつの間にかミハロフの背後に回っていた。
「素早いな、と言いたいところだが……」
アメアが交わした光束は反転して彼女の頭上から迫っていた。
「舐めるな!」
アメアはサンダーボルトソードを抜くと、出力を全開にして、襲いかかってきた光束を弾き飛ばした。光束はその斬撃の強さによって四散し、消滅した。
「噂に違わぬ強さだな。だが、その程度では話にならぬ」
ミハロフは続けざまに光束を放った。アメアはそれを難なく交わし、最後の光束をミハロフに打ち返した。
「無駄だ!」
ミハロフはその光束を左手を突き出して受け止めると、握りつぶすようにして消してしまった。
「何!?」
アメアは目を見開いた。サンド・バーも同じである。
(どういう事だ、光束を握りつぶすなんて……)
サンド・バーの額に大粒の汗が浮かんで流れ落ちた。
「その銃は、ビリオンスヒューマン能力をエネルギーとして射出する事ができるのか?」
アメアが眉をひそめて訊いた。ミハロフはニヤリとして、
「よくわかったな。そうだ。この銃は俺の生体エネルギーを効率よく熱エネルギーに変換できる。要するにビリオンスヒューマン能力を撃てる銃だ」
アメアはフッと笑って、
「それならば、父上、いや、ジョー・ウルフのストラッグルもできる事だ。アンドロメダ銀河の技術とは、大した事はないのだな」
それを聞いて、サンド・バーはホッとした表情になったが、
「ストラッグル、だと? そんな旧世紀の遺物と、俺の銃を一緒にしないでくれるか? ストラッグルは、詳しいデータはないが、生体エネルギーを熱エネルギーに変換する事はできるが、非効率的で、万人に扱える銃ではない。だが、俺の銃は誰もが使える銃なのだ。そして、百パーセントの確率で変換が可能だ」
ミハロフの言葉にまたギョッとした。アメアはミハロフを睨みつけたままで、何も言わない。
「聞くところによれば、ジョー・ウルフでさえ、確実に生体エネルギーを熱エネルギーに変換できないそうではないか?」
ミハロフの勝ち誇った顔を見て、アメアは歯軋りした。そして、
「どれ程優れた銃でも、当たらなければ意味がない!」
サンダーボルトソードを中段に構えて走り出した。ミハロフは肩をすくめて、
「まだ理解していないようだな」
再び銃を構え、連射した。アメアはそれを次々に交わし、ミハロフに肉薄した。その時、アメアが交わした光束が戻ってきた。
「俺にぶつけても意味がないぞ。それは俺自身の力。俺には通じないんだからな」
ミハロフはアメアの作戦を見切ったように言った。
「私を舐めるなと言ったはずだ!」
アメアは光束が迫る中、ミハロフの直前で右へ飛び、左に回りながら、サンダーボルトソードを真横に動かして、ミハロフの左脇腹を斬りつけた。
「ぬおっ!」
アメアの動きを予測していなかったミハロフはその斬撃を受けて吹き飛ばされた。そのため、光束は行き場を失い、消滅した。
「すげえ……」
サンド・バーはアメアの強さを改めて思い知った。
「下手な芝居はよせ! お前が全く実力を出していない事くらい、私にはわかっているぞ!」
アメアはソードを下段に構えてミハロフに叫んだ。ミハロフはその声に反応して、スッと立ち上がった。
「そうか。ならば、お前では相手にならない事も理解しているのだな?」
ミハロフは真顔でアメアを見た。アメアはソードの電撃を消して、腰に差すと、
「当然だ。ジョー・ウルフでも、お前には簡単には勝てないだろう」
ミハロフはまたニヤリとして、
「ほお。ジョー・ウルフなら、もしかすると勝てるかも知れないと思っているのか?」
アメアはミハロフをまっすぐに見据えて、
「そうだ」
サンド・バーに目配せした。サンド・バーは黙って頷き、アジトへと駆け出した。
「なるほど、自分が犠牲になって、他の者達を避難させるつもりか?」
ミハロフはチラッとサンド・バーを見てから、アメアを見た。アメアは再びサンダーボルトソードを抜いて電撃を走らせると、
「違う。犠牲になるつもりなどない。もうすぐ、ジョー・ウルフが来る。それまで時間を稼ぐ」
大上段に構えた。
ジョーは小型艇へと走り、飛び乗った。ルイも自分の小型艇へと走り、乗り込んだ。
(アメアが危ない)
ジョーはミハロフがタトゥーク星に降下したのを感じていた。
(そうはさせるか!)
小型艇は爆音を轟かせて急上昇し、大気圏を離脱した。ルイの小型艇がそれを追いかける。
(もうたくさんなんだよ。俺に関わりのある人間が死ぬのはな)
ジョーは、多くの人の死を思い出していた。父親、バルトロメーウス・ブラフマーナ、フレッド・ベルト、ジャコブ・バイカー。
(もう、誰も死なせはしない!)
ジョーはゲルサレムの衛星軌道まで出ると、ジャンピング航法で一気にタトゥーク星へと飛んだ。ルイもそれに続いた。
「ジョー様とルイ様がゲルサレムを離脱しました」
管理人の一人がゼモに知らせに来た。ゼモはそれに頷いてみせてから、アレン・ケイムを見た。
「お前の本音は何だ? ジョー・ウルフとミハロフ・カークを戦わせたいのか? それとも別の目的があるのか?」
アレンが尋ねた。するとゼモは笑みを封じて、
「ジョー様はブランデンブルグを倒してからも、その成長は著しいものがありました。しかし、あのニコラス様の劣化コピーにはなす術がありませんでした。よくわからないのですよ」
「何?」
アレンは眉をひそめた。ゼモは窓に歩み寄り、
「ジョー様はブランデンブルグと戦った時、突出したビリオンスヒューマン能力を発揮していました。ところが、ニコラス様の劣化コピーと戦った時は、それがなかった。あの方はビリオンスヒューマン能力が不安定なようです。私には、ジョー様とミハロフのどちらが勝つのか、判断がつかないのですよ」
アレンはゼモの見立てに同意見だった。
(確かにジョー・ウルフの強さは理解できない点がある。総統領府で、閣下と戦った時と、ニコラスのコピーと戦った時では、明らかに閣下と戦った時の方が強かった。どういう事なのだ?)
ゼモは窓から振り返ってアレンを見ると、
「ブレ、とでも申しましょうか。ジョー様には強さの幅があります。それはある兆候でもあるのですが」
「兆候? 何だ、それは!?」
アレンはゼモが持って回った言い方をしているので、苛ついて怒鳴った。ゼモは微笑んで、
「トリリオンスヒューマンへと進化を遂げようとしている兆候なのかも知れないのです」
「何だと?」
アレンは思いがけない事を言われて、目を見張った。
「ここまでのあの方の様子を見ていて、はっきりと断言できるのですが、ジョー様はニコラス様が人工的に創り出したビリオンスヒューマンの末裔ではありません。私やニコラス様と同様、自然発生的に生まれたビリオンスヒューマンです。だからこそ、トリリオンスヒューマンになる可能性があります」
「だとすれば、閣下、アメア・カリングもその素養があるという事か?」
アレンが言うと、ゼモは首を横に振り、
「素養はありましょうが、アメア様は経験値が低いので、なれるとしても、ずっと先。何年も時間が必要でしょう。ジョー様が突出した能力を発揮できたのも、強敵と幾度も戦い、遺伝子レベルで命の危険を何度も感じているおかげです。ビリオンスヒューマンとは、人類が何世代にも渡ってようやく成し遂げた事をわずか一代で成し遂げてしまう存在なのです」
アレンはあまりにも突拍子もないゼモの話に言葉を失った。
「わかった。もういいだろう。本当の事を話そう」
ミハロフは両手を上げて言った。
「何?」
アメアにはミハロフの行動の意味がすぐには理解できなかった。
「荒っぽい試験をして、すまなかったな。あんたとジョー・ウルフが力を貸してくれれば、俺の長年の宿願が叶う」
ますます意味がわからない事を言い出すミハロフにアメアは眉をひそめて、
「回りくどい言い方はやめろ。もっと単刀直入に言え」
ミハロフはそれを聞いて笑い出した。
「何がおかしい!?」
アメアが大声で問い質すと、ミハロフは、
「いや、すまん。わかった、もっと端的に言おう。あんたとジョー・ウルフが力を貸してくれれば、ゼモ・ガルイを倒せるという事さ」
「ゼモ・ガルイ、だと?」
その時、アメアは多くの事を理解した。自分に何度も語りかけて来たのがゼモである事。ゼモがそんな事をしていた理由。自分が生まれた理由。そして、ジョーが自分の父親である理由。
「全ての始まりがゼモ・ガルイだというのか? 銀河系が戦乱に明け暮れたのも、ブランデンブルグが侵略して来たのも?」
アメアは探るようにミハロフを見て訊いた。ミハロフは頷いて、
「そうだ。奴こそが、元凶。あらゆる戦争の大元だ。アンドロメダ銀河連邦が躍起になって奴を捜索し、捕縛しようとしたのも、そのせいだ。きっと、ジョー・ウルフは今頃、ゼモに俺の悪口を吹き込まれて、俺がここのいる事に気づき、向かっている最中だろうな」
アメアにはわかった。ミハロフが嘘を吐いていない事を。
「あんた、ゼモに取り込まれかけていただろ? 俺と戦った事で、それが解れたようだな」
ミハロフが言うと、アメアはハッとなった。
「あんたは、ブランデンブルグが生み出した対ゼモ・ガルイ用のビリオンスヒューマンだったのさ。ブランデンブルグ自身は、自分がニコラス・グレイの実験体の末裔だと知っていたからな」
ミハロフの話をアメアはずっと以前から知っている事のように受け入れていた。




