第五十三話 迫り来る悪魔
ジョーは小型艇でゲルサレムへと降下していた。
「反共和国同盟軍の大艦隊が、跡形もねえのか……」
ジョーはゼモに怒りを覚えた。
(ゼモ・ガルイ。味方なのか敵なのか、はっきりさせる)
小型艇は大気との摩擦で真っ赤になっていたが、ジョーは艇内の暑さを物ともせず、ゼモがいると思われる方角を睨み据えていた。
ルイとアレンはゼモに先導されて、サロンのような場所にいた。
「ご心配なく。毒など入っておりませんから」
管理人の一人が差し出したカップを訝しそうに見るルイに対して、ゼモが微笑んだ。ルイはゼモに一瞥を浴びせてから、カップを受け取り、一口飲んだ。
「これは、帝国軍で扱っていたのと同じ豆か?」
ルイは目を見開いてゼモを見た。ゼモは小さく頷いて、
「はい、その通りです。帝国軍が兵士達に支給していたものと同じコーヒー豆を使っております」
そして、アレンを見ると、
「アレン様にお淹れしたのは、ブランデンブルグ軍で飲まれていたお茶です」
アレンもルイ同様、その味に驚いた。
「何故知っている?」
ルイはカップをそばにあるワゴンに置いて尋ねた。アレンもカップをテーブルに置いてからゼモを見た。
「簡単な事です。その豆も、茶葉も、全て私が調達していたものだからです」
ゼモは微笑んだままで言った。
「どういう事だ? 帝国軍はともかく、ブランデンブルグ軍の物資を調達していたとは思えん」
アレンが語気を強めて尋ねた。ゼモはアレンを見て、
「ブランデンブルグ軍が所有していた武器弾薬がどこから運ばれたものなのか、ご存知ないようですね」
アレンはまた目を見開いた。
「まさか、まだブランデンブルグが大マゼランを侵略する以前から、つながりを持っていたのか?」
アレンの問いかけにゼモはニッコリして、
「はい、そうです。彼に戦力を提供したのは、私です。正確に言うと、ヤコイム・エレスという武器商人を通じて、ですが」
「という事は、ブランデンブルグが宇宙征服を開始したのは、お前の存在があったからなのか?」
ルイが口を挟んだ。ゼモはルイを見て、
「私はそこまで感知しておりませんよ。ブランデンブルグが宇宙征服の野望を抱いたのは、彼自身の考えです」
穏やかな口調のままで反論した。
「て事は、あんたが黒幕なのは認めるんだな?」
そこへジョーが入ってきてゼモに詰め寄った。ゼモはジョーを見て、
「お早いお帰りでしたね」
さも驚いたように言って見せたので、
「ふざけるなよ、ジイさん。あんたは最初からエレンに仕掛けさせるつもりで彼女を誘導して、最終的に返り討ちにしたんだろう? ブランデンブルグが宇宙を征服しようとしたのも、あんたが誘導した。そして、あのニコラス・グレイのコピーも、あんたの誘導で実験を繰り返し、残虐行為を繰り返した。違うか?」
ジョーは更にゼモに近づいて言った。しかしゼモは、
「まさか。考え過ぎですよ、ジョー様。確かに、今にしてみれば、切っ掛けは私が与えたのかも知れませんが、全てを見通せるはずがありません」
「かも知れねえが、偶然にしては出来過ぎだ。ジャコブのジイさんは、ニコラス・グレイのコピーの仕業だろうが、それを仕組んだのはあんただろう? ジャコブはアンドロメダ銀河に太いパイプを持っている。それが邪魔だったから、殺させた」
ジョーは尚もゼモに迫った。それでもゼモは、
「私はアンドロメダ銀河連邦と対立しているのですよ。そんな事をしても、何も得るものはありません」
まだ穏やかに反論をしてきた。
「それはお前がそう言っているだけだな。お前がアンドロメダ銀河連邦と敵対しているという証拠はどこにもない」
ルイが言うと、ゼモはルイを見た。
「なるほど。確かにそうかも知れませんね。しかし、百歩譲って、私がアンドロメダ銀河連邦と敵対していないとしましょう。それでも、ジョー様がおっしゃった事を私がしたのだとしても、何も得るものはないと思われますが?」
ゼモは全く怯む事なく、ジョーとルイに同時に反論した。ジョーとルイは顔を見合わせた。
(確かに、この男がアンドロメダ銀河連邦と通じている証拠はない。そして、ニコラス・グレイのコピーの件についても、何も証拠はない)
ルイはゼモを見て歯噛みした。
「ならば、ヤコイム・エレスはどうしたのだ? お前は最初は奴を利用していたのだろう?」
アレンが不意に口を開いて尋ねた。ゼモはアレンを見て、
「ヤコイム・エレス様は、ニコラス様のコピーが殺してしまいまして、自分がヤコイム様に成り代わってしまったのです。これは完全に計算外でした」
肩をすくめてみせた。アレンは舌打ちをして、
「そういう事か。お前が一番やりたかったのは、時間稼ぎなのだな?」
するとゼモの顔から笑みが消えた。
「む?」
ジョーは遥か彼方から迫ってくる強大な力を感じた。
「何だ、これは?」
ルイとアレンもそれを感じたのか、サロンの窓から空を見上げた。
「何だ? 何が来ようとしているのだ?」
ルイはゼモを見た。しかし、ゼモは無表情になった顔でルイを見ているだけで、何も言わなかった。
カタリーナは、アメア・カリングがすぐに戻ってきたので、ホッとして出迎えていた。
「父上に叱られてしまいました」
アメアは嬉しそうに告げた。カタリーナはそれがジョーの事だとわかると、複雑な心境になった。
(アメアは本当に私とジョーの子なの?)
まだその実感はない。今、自分の中に宿っているのが、ジョーとの子だと思っているからだ。しかし、アメアの顔が自分にそっくりなのと、アメア自身がジョーに引けを取らない能力を持っているのからして、嘘ではないとも思える。
(突然、こんな大きな娘が本当にいるってなると、どうしていいのかわからなくなる)
ジョーには、半分以上は冗談で言っていた事だったが、いよいよ真実だと思えてくると、それは少しだけ受け入れ難かった。
「はっ!」
アジトへ戻る途中で、アメアが空を見上げた。
「何? どうしたの?」
また彼女が何かを感じているのだと気づき、カタリーナは動揺しながら尋ねた。アメアは空を見上げたままで、
「何か、とてつもない者が、銀河系に来ようとしています。あのニコラス・グレイよりももっと強大な何かが」
身震いをして、カタリーナを見た。
「もっと強大な何か?」
カタリーナはアメアが言っている事をすぐには理解できなかった。
「父上……」
アメアは目を閉じて、祈るように呟いた。
「とうとう来てしまうようです。先程申し上げた、ミハロフ・カークが」
ゼモが目を細めてジョー。ルイ、アレンを見渡して言った。三人は一様にギョッとした。
「ミハロフ・カーク、か……」
ジョーは噛みしめるようにその名を呟いた。
「その男を銀河系に来させるために、お前は様々な事を仕掛けて来たのだな?」
アレンが訊いた。ゼモは、
「信じてもらえないでしょうが、ミハロフ・カークと私は敵対関係です。彼を誘導してはいません」
するとジョーが、
「なら、中立ってか。要するに傍観者だって事だよな? 勝った方を取り込んで、また自分の思い通りの歴史を作る。寒気がするぜ」
吐き捨てるように言い放った。ゼモはジョーを見て、
「ジョー様がどうお思いになろうと構いませんが、ミハロフは操れるような人間ではありません。ましてや、人の下で動く人間でもありません。それは貴方も同じですよね、ジョー様?」
その言葉に皮肉めいた響きがあるのを感じたジョーはゼモを睨んだが、外宇宙からも伝わってくるその圧迫感が気になり、窓の外を見た。
「ここを目指しているのか?」
ルイがゼモに尋ねた。ゼモは首を横に振り、
「わかりません。しかし、ミハロフが銀河系に来れば、どこにいようとも、只ではすまないでしょう」
ルイは聴き終わると、もう一度空を見上げた。
「それじゃあ、訊くが、奴に勝つ方法はあるのか?」
ジョーが言った。ゼモはジョーを見て、
「私ならば、あるいは勝てるかも知れませんが、それもわかりません。ミハロフと最後に顔を合わせたのは、七年前。つまり、貴方がブランデンブルグを倒した頃ですから」
「なるほどな」
ジョーはニヤリとした。そしてストラッグルに手をかけると、
「それからずっと、足踏みをしていた訳じゃねえって事か。それは俺も同じだぜ、ジイさん」
サロンを飛び出して行った。
「待て、ジョー・ウルフ!」
ルイがそれを追いかけた。
「お前はこれが目的だったのか? ミハロフ・カークとジョー・ウルフを戦わせて、その勝者を殺す」
アレンが目を細めてゼモを見た。しかしゼモは微笑んだだけで、何も言わなかった。
「勝算はあるのか?」
廊下を走りながら、ルイが尋ねた。ジョーは前を向いたままで、
「さてね。やってみなければわからねえよ」
「そうかも知れんな」
ルイはフッと笑って応じた。二人は管理棟の外に出た。ジョーには、ミハロフ・カークと思われる圧迫感は外に出ると更にその凄まじさを増したような気がした。
「一人では無理だぞ、ジョー・ウルフ」
ルイが言うと、ジョーは、
「ああ、そうだな。久しぶりにやばいって気がしている」
空を見上げたままで応じた。
「む?」
ジョーはその時、圧迫感が微妙にずれていくのを感じた。それはルイにも感じられた。
「どういう事だ? 力が方向を変えているようだぞ」
ルイが言った。ジョーはハッとした。
「まさか……」
彼の額に幾筋もの汗が流れ落ちた。
「何、今の?」
カタリーナ達は地面が激しく揺れるのを感じ、最初は地震だと思ったのだが、アジトのコンピュータが地震ではないと結論を出したので、困惑していた。
「様子を見てくる」
サンド・バーが銃を構えて外へ出て行った。
「私も」
それをアメアが追いかけた。
「嬢ちゃん、危ねえから建物の中にいろ」
サンド・バーが言うと、
「私はお前より遥かに強いぞ」
アメアが口を尖らせて反論したので、
(可愛いなあ)
バカな事を思っていた。その時だった。
「おかしいな。ここにはジョー・ウルフはいないのか? 随分と強力なビリオンスヒューマン反応があったんだが?」
大柄なサンド・バーが子供に見えるくらい大きな男が現れた。
「誰だ、てめえは!?」
サンド・バーが銃を向けて怒鳴った。
「危ない!」
それをアメアが飛びかかって押し倒した。そうしていなければ、サンド・バーは消し炭になっていただろう。凄まじい閃光が彼の上を通過したのだ。
「そうか、お前か、女。お前が強大なビリオンスヒューマン反応の持ち主なんだな?」
その大男は長い黒髪を後ろで束ねて、サンド・バーが見た事がない赤い軍服を着ていた。
「お前は何者だ?」
アメアはサンド・バーを起こしながらその大男を睨んだ。大男はニヤリとして、
「我が名はミハロフ・カーク。宇宙最強のビリオンスヒューマンだ」
それを聞き、アメアは目を見開いた。




