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第五十話 究極の強さ

「いえ、何も申しておりませんが」

 ゼモ・ガルイは微笑んだままの顔でニコラス・グレイに応じた。ニコラスはフンと鼻を鳴らして、

「そういう事にしておこうか」

 ゼモから視線を外して、またジョーを見た。ジョーは口から血が混じった唾を吐き出して、立ち上がった。ルイは顔に付いた土を払い落としながら起き上がった。アレンは口の周囲に付いた胃液を拭って顔を上げた。

「そいつを手当てする必要などないぞ、ゼモ。無駄だ」

 ニコラスはジョー達をせせら笑いながら、銃で撃たれたケント・ストラッグルに声をかけているゼモに言った。

「無駄、ですか」

 ゼモの笑みが消えた。しかし、ニコラスはそれには気づかずにまたジョー達を見て、

「そうだ。そいつらを含めて、この私に逆らった者達はもうすぐ死ぬのだからな。痛みを感じるのはあと数分だ」

 ゼモはゆっくりと立ち上がり、

「なるほど。それでは、やめるとしましょう」

 ニコラスはゼモを見て、

「そうだ。無駄な事はしない方がいい。こいつらにも教えてやれ。私に刃向かったところで、何の利もないとな」

 右手でジョー達を示しながら告げた。

「どうやら、実験はまだ途上のようだな。もう何世代か続けて、それでも結果が望ましくなければ、全てを抹消して、一からやり直しだ。いや、もう実験は不要か。私が完成されたビリオンスヒューマン、すなわち、トリリオンスヒューマンになったのだからな」

 ニコラスが目を細めて再び「トリリオンスヒューマン」という言葉を使った時、ゼモは、

「さて、それはどうでしょうか?」

 同じ言葉を言った。ニコラスは鋭い目でゼモを睨みつけると、

「先程も同じ事を言ったな。今度は聞き逃す訳にはいかないぞ、ゼモ。いくらお前が私の実験の一番の協力者だとしても、その言葉、聞き捨てならん」

 周囲の地面に亀裂が走る程のパワーを放ち始めた。ジョーとルイとアレンはほぼ同時に目を見張った。

(やはり、ゼモ・ガルイはニコラス・グレイと深い繋がりがあるのか?)

 ゼモとニコラスの関係を疑っていたアレンは眉をひそめた。

「そうですか。しかし、私は実際にトリリオンスヒューマンを知っています。ニコラス様は確かに素晴らしいお力をお持ちですが、まだまだ遠く及ばないと思います」

 ゼモはまた微笑みを浮かべ、事も無げに言った。ニコラスはゼモに一歩踏み出して、

「何だと!? トリリオンスヒューマンは未だ存在していないと言ったのは、貴様だぞ、ゼモ。それはどういう事だ!?」

 怒りを露わにした。ゼモはそれでも落ち着いた様子で、

「はい、その通りです」

「私をバカにしているのか!?」

 ニコラスは更にゼモに詰め寄った。ジョーとルイとアレンも、ゼモの言葉が謎めいていて、意味がわからなかった。

「いえ、バカになどしておりません。事実をありのままに申し上げているだけです、ニコラス様」

 次の瞬間、ゼモから凄まじい力が放出されるのをジョーもルイもアレンも感じた。

「何!?」

 ニコラスはとっさに飛び退いた。しかし、遅かった。

「グオオ……」

 ニコラスの鳩尾にゼモの右の手刀が深く食い込んでいたのだ。

「がは、がは、がは……」

 一瞬呼吸が停止してしまったニコラスは、酸素を求めて必死で息を吸い、咽せ込んだ。

「き、貴様、何のつもりだ……?」

 折れかけ膝を何とか保ち、ニコラスは歯軋りをしてゼモを睨んだ。ゼモはまたケント・ストラッグルに近づき、膝の様子を見ていたが、

「何のつもり? それは私の台詞ですよ、ニコラス様。貴方はご自分のお立場が少しもわかったいらっしゃらないようですね」

 真顔でニコラスを見た。その目の鋭さにニコラスは一歩退いてしまった。

「まさか、貴様は……」

 ニコラスは続けざまに数歩退いた。ジョーとルイとアレンも、ゼモの力を感じて、唖然としてしまっている。

「私がそのトリリオンスヒューマンです。貴方の実験を見届けるために貴方に近づきました」

 ゼモの言葉にニコラスはギリギリと歯を軋ませ、

「貴様も私と同じようにゼモ・ガルイと入れ替わったのか?」

「違いますよ。貴方は特殊なスーツを着て、ヤコイム・エレスになりすまして自分の力を隠していたのでしょうが、私は自分の力を自在に操れるのです」

 ゼモがそう言うと、一瞬にして彼の力が消えてしまった。

(何てジイさんだ。この前会った時、全くわからなかった。ここまで力を隠してしまうとは……)

 ジョーはニコラスよりもゼモに脅威を感じていた。


「待ちなよ、嬢ちゃん」

 戦艦に乗り込もうとするアメアに、サンド・バーが息を切らせて言った。

「嬢ちゃんではない。私は共和国総統領アメア・カリングだ!」

 アメアはサンド・バーを睨んで怒鳴った。サンド・バーは呼吸を整えながら、

「そりゃあ、悪かったな。だけどな、あんたはジョーに母上を守るように言われたんじゃないのか?」

 その言葉にアメアはピクンとした。サンド・バーはニヤリとして、

「あんたがするべき事は、ジョーを助けに行く事じゃない。カタリーナを守る事だろ」

 アメアは俯いてしまったが、

「そうだった。ありがとう」

 顔を上げてサンド・バーに礼を言うと、カタリーナの方へと歩き出した。

「それに、父上は大丈夫だ」

 アメアは前を向いたままでサンド・バーに告げた。サンド・バーはアメアを追いかけて、

「そうとも。ジョー・ウルフは無敵さ」

 するとアメアはニコッとしてサンド・バーを見た。

(可愛いな、アメア・カリング……)

 サンド・バーはつい思ってしまった。


(ゲルサレムの管理長も、ヤコイム・エレスもろとも、消し炭にしてやる!)

 新たな艦隊を編成して、自らが指揮を執るために旗艦に乗り込んだエレン・ラトキアは、キャプテンシートに座り、宇宙を航行していた。

「ゲルサレムに連絡を取り、素直にヤコイム・エレスを差し出すように命じなさい。もし逆らうようであれば、殲滅すると」

 エレンの言葉に、ブリッジの一同は顔を見合わせた。「ゲルサレムは聖地」という考えが、広く深く浸透しているからだ。

「復唱はどうしましたか!?」

 シートから身を乗り出し、目を吊り上げて怒鳴るエレンの剣幕に驚いた通信兵が、

「了解しました!」

 大慌てで応じると、通信を開始した。

(私を、このエレン・ラトキアを舐めると、大怪我をすると教えなければ)

 エレンはキャプテンシートに座り直して目を閉じた。


 ニコラスは先程までの高圧的な態度がなくなった。むしろ、怯えているようだ。

「貴方は、確かに科学者として、遺伝子の専門家として、優れた能力をお持ちです。それ故に、多少の傲慢な態度や行き過ぎの所業にも目を瞑ってきました。しかし、もはやそれも今日までですね」

 ゼモはニコラスの目の前にいつの間にか近づいていた。

「ひっ!」

 ニコラスは小さく悲鳴をあげると、ゼモからまた飛び退いた。

「その程度の力で、トリリオンスヒューマンになったなどと、厚顔無恥も甚だしいです」

 ゼモの顔からは笑みが完全に消え失せ、怒りこそ湧いている様子はないが、ニコラスに罰を与えるつもりであるのは、ジョー達にも感じ取れた。

(ブランデンブルグ、そしてこの傲岸不遜なニコラス・グレイなど、足元にも及ばないのが、わかる)

 ルイは額から幾筋もの汗を流していた。

「貴方も実験体の一つに過ぎない事を思い知るべきですね」

 ゼモのその言葉は、他のどのようなものよりもニコラスの心に突き刺さったようだった。ニコラスは目を見開き、口を大きく開いたままで動かない。

「貴方はニコラス・グレイだと記憶を刷り込まれた只のクローンです。それもオリジナルには数段劣る存在です」

 ゼモは容赦がなかった。ニコラスにはすでにゼモの言葉は聞こえていないのか、反応がない。

「放置が過ぎたようです。消えなさい」

 ゼモが動いたのはジョーにも見えたが、ニコラスと名乗っていた存在が霧のように消えてしまった理由がわからなかった。

「皆さんにはご迷惑をおかけしました。あれは私の失敗作です」

 ゼモはジョー達を見て、頭を下げた。ジョーは眉を潜めて、

「あんたは一体何者なんだ? ニコラス・グレイのオリジナルか?」

 するとゼモは顔を上げて微笑み、

「とんでもないです。ニコラス様は、皆さんがご存知のように五百年前にお亡くなりになりました。残っているのは、ニコラス様の理論と知識だけです」

 そして、また真顔になると、

「私は、アンドロメダ銀河連邦のビリオンスヒューマン部隊に所属していた者です」

「何!?」

 その言葉にルイとアレンが身構えた。するとゼモは微笑んで、

「所属していた者です。今は関わりはありません。むしろ、敵対していると申した方が正しいでしょう」

「アンドロメダ銀河連邦が銀河系を侵略しようとしているのは、事実なのか?」

 アレンが尋ねた。ゼモはアレンを見て、

「それは遠い未来の話になりましょう。アンドロメダ銀河連邦は、政情不安で、現在外宇宙に出る余裕がありません」

「そうか……」

 アレンはホッとした表情になったが、

「それで、あんたは何のために銀河系に来たんだ? 先遣隊じゃねえのか?」

 ジョーは目を細めてゼモに近づいた。ゼモはホッホッホと笑い、

「違います。ニコラス様の研究結果を調べに来たのです。ですが、アンドロメダ銀河よりも遅れているものでした。成果とはならなかったのです」

 ジョーはギョッとしてルイと顔を見合わせた。

「しかし……」

 ゼモが不意に言ったので、ジョーとルイとアレンは彼を見た。

「連邦政府が動く事はしばらくありませんが、個人的に動く者がいるかも知れません」

「個人的? どういう意味だ?」

 ジョーが尋ねた。ゼモはジョーを見て、

「まさに個人的、ですよ。ミハロフ・カークという元軍人が、貴方を狙っていると聞いた事があります」

「ミハロフ・カーク?」

 ジョーは聞いた事がない名前を告げられ、右眉を吊り上げた。ゼモは続けた。

「はい。ミハロフは十年程前、ブランデンブルグと戦って敗れています」

「ブランデンブルグと!?」

 ジョーとルイが異口同音に叫んだ。アレンも目を見張った。

「もしや、小マゼラン雲に現れたのがそうなのか?」

 アレンが口を挟んだ。ゼモは頷いて、

「そうです。血気に流行ったミハロフが、ブランデンブルグに挑んだのです。その頃、ビリオンスヒューマンの研究ではブランデンブルグが最先端でした。ですから、ミハロフはなす術もなく敗れたのです」

 ジョーはニヤリとして、

「なるほど、そういう事か。そのブランデンブルグを倒した俺に興味があるって事だな?」

「そういう事です」

 ゼモは微笑んで応じた。


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