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第四十九話 トリリオンスヒューマン

 ルイ・ド・ジャーマンとアレン・ケイムがほとんど同時に倒されたのを見て、ジョーは唖然とした。

「お前も同類か、ジョー・ウルフ! 隙だらけだぞ!」

 ジョーが気づいた時はもう遅かった。ニコラス・グレイの鋭い右の手刀がジョーの鳩尾に食い込んでいたのだ。

「くは……」

 ジョーは心臓を一瞬止められ、白目を剥き、呼吸も停止してしまった。

「どうやら私の実験は失敗だったようだな。まともなビリオンスヒューマンがまだ誕生していないようだ」

 ニコラスは崩れ落ちるように倒れるジョーを蔑んだ目で見ながら言った。

「ぐう……」

 ジョーは倒れた衝撃で意識を取り戻したが、呼吸がまともにできず、立ち上がる事ができずに這いつくばった。

「くっ……」

 ルイも口から血反吐を吐き捨てると、半身を起こした。

(まさか、本当にニコラス・グレイなのか? あり得ん)

 彼はまだニコラスの存在に懐疑的だった。

「おのれ……」

 脳震盪を起こしたのか、頭を強く横に振ってから、アレンは立ち上がろうとした。

「いや、失敗ではない。少なくとも、お前達はビリオンスヒューマンなのかも知れない。ただ、私があまりにも強過ぎるだけだな」

 ニコラスはニヤリとして、ジョー、アレン、ルイを順番に眺めた。

「ヤロウ……」

 ジョーは勝ち誇るニコラスを見上げ、歯軋りした。

「アンドロメダ銀河のビリオンスヒューマン達の部隊がこの銀河系に攻め込んでくるかも知れんと急いだが、所詮、人工的に造り出したビリオンスヒューマンはそれ程強くはないとわかった。だが、心配は不要のようだよ、ゼモ」

 ニコラスはフッと笑ってゼモ・ガルイを見た。ゼモは顎の髭を撫でながら、

「はて、それはどういう事でしょうか?」

 ニコラスは笑ったままで、

「私がビリオンスヒューマンの中のビリオンスヒューマンと言われているトリリオンスヒューマン(一兆分の一の人間)だからだ」

 その言葉にゼモは目を見開いた。そして、

「ニコラス様が五百年前に誕生を予言されたトリリオンスヒューマンですか」

「そうだ。それがこの私だという事だ」

 ニコラスはもう一度ジョー達を見渡して言った。

「お前達三人は、軍隊などの組織で訓練を受け、戦いに精通した者なのであろう? だから強い。しかし、私は生まれてこのかた、戦った事などない。それどころか、身体を鍛えた事もない。何もしなくても、強靭な肉体であり、優れた運動神経を持ち合わせている。だから、圧倒的に強いのだ」

 ニコラスの演説に苛立ちを覚えたジョーは遂に立ち上がった。

「うるせえよ、ジジイ。寿命の何倍も生きたんだ、そろそろ消えろ」

 ジョーはふらつきながらもニコラスを挑発した。するとニコラスは大声で笑い、

「それで私をあおっているつもりか? 煽るとは、こういう事だぞ」

 右手に持っていた銃を突然ケント・ストラッグルに向け、彼の右膝を撃ち抜いた。

「ぐあっ!」

 鎮静剤で意識が朦朧としているケントであったが、さすがに激痛を感じたのか、叫び声をあげて地面に倒れ、転げ回った。

「てめえ!」

 ジョーはニコラスに向かって走り出した。ニコラスは転げ回るケントを楽しそうに観察していたが、

「何度やっても同じ事だ」

 ジョーの右ストレートを容易くかわすと、アッパーカットを顎に叩き込んだ。

「ぐわあ!」

 ジョーはもんどり打って仰向けに倒れた。ニコラスはアレンとルイを見て、

「同時に仕掛けてきても構わんぞ。卑怯だとは思わん。それくらいの優位はあっても差し支えないぞ」

 アレンは表情を変えなかったが、ルイは怒りをにじませた。

「自惚れるな、化け物。ジョー・ウルフはその程度でやられはしないぞ」

 誰よりもジョーと戦っているルイはニコラスに反論した。ところがニコラスは、

「もちろん理解している。私は手加減したのだ。その程度で倒れるようでは、私に刃向かう権利はないよ、ルイ・ド・ジャーマン」

「何?」

 ルイはニコラスの言葉に眉をひそめた。

「だったら、少しは警戒しろよ!」

 ジョーはスッと立ち上がると、ニコラスの両足をスライディングでなぎ払った。

「そう来ると思ったよ」

 ニコラスは倒れる事なく、側転すると態勢を立て直して、ジョーの後ろに回り込み、背中にローキックを放った。

「うお!」

 ジョーは前のめりに倒れた。そこへ更にニコラスの攻撃が続く。彼は右脚を高く振り上げ、ジョーの背中に踵落としを叩き込んだ。

「がはっ!」

 ジョーは口から血を吐き、また地面に這いつくばってしまった。

「そうか。何なら、三人で同時に仕掛けてきてもいいぞ。これでは弱い者いじめになってしまうのでね」

 ニコラスはジョーの頭を踏みつけてから、アレンとルイを見た。二人は互いをチラッと見ただけで、何も言わなかった。


 エレンは激怒していた。

(何を考えているの!? ゲルサレムの管理長がヤコイムはいないと言ったから撤退したって、ふざけないで!)

 彼女はゲルサレムの立ち位置がどんなものなのか、理解していなかった。

「すぐに艦隊を編成しなさい。指揮は私が執ります。急いでください」

 エレンは唇を震わせてインターフォンに命令した。

「了解しました」

 返事を聞くと、エレンは最高司令官の椅子に身を沈めた。

(何故、こうも私の思い通りにならないの!?)

 彼女は机を右足で蹴飛ばした。だが、思いの外重量があったので、全く動かず、自分の足が痛くなっただけだった。


『母上、父上が危険です』

 カタリーナが涙を拭っていると、またお腹の子が語りかけてきた。

「え?」

 それを聞きつけたのか、アメア・カリングもハッとしてカタリーナを見た。

「ああ!」

 アメアもジョーに迫っている危機を感じ取っていた。彼女はカタリーナを見て、

「母上、ニコラス・グレイが父上を殺してしまいそうです。すぐに助けに行かないと!」

「ええっ!?」

 カタリーナはアメアの言葉に仰天した。

「どうした、何かあったのか?」

 カタリーナ達がいつまで経っても戻らないので、心配したサンド・バーとエミーが出てきた。

「ごめんなさい、何でもないの。私がちょっと気分が悪くなったので……」

 カタリーナがとっさにそう言うと、エミーが、

「え? もしかして、私のせい?」 

 言いかけたのをサンド・バーが遮り、

「何か感じるのか? ビリオンスヒューマンは互いを感じる事ができるって聞いた事がある」

 真剣な眼差しでカタリーナとアメアを見た。エミーはサンド・バーの右手で口を塞がれていたが、もがいて離れ、

「ジョーに何かあったの?」

 不安そうな顔で尋ねた。

「私が行きます。母上をお願いします」

 アメアはサンド・バーに告げると、一人で戦艦へと駆け出した。

「アメア!」

 カタリーナが追いかけようとしたが、

「俺が行くよ」

 サンド・バーに押しとどめられた。


「ぐうう……」

 ジョーはニコラスに強く頭を踏みつけられて呻いた。アレンはルイを見て微かに頷いた。ルイも頷き返した。

「ほお。ようやく、作戦会議が終了したか? さて、どうする?」

 ニコラスは更にジョーの頭を踏みつけて、アレンとルイを見た。アレンはサンダーボルトソードを出して、ニコラスに向かった。ルイは無駄だと思いながらも、ストラッグルを携えて、ニコラスに向かった。

「また突進か。他に戦術はないのか、愚か者共が!」

 ニコラスは苛立たしそうに歯軋りをして、アレンとルイが走ってくるのを見た。

「はあ!」

 アレンはニコラスの手前数メートルで立ち止まるとサンダーボルトソードを振り下ろした。

「む?」

 ニコラスはその行動の真意を測りかねたが、

「終わりだ!」

 ルイが同じく立ち止まり、ストラッグルを撃った時、二人の戦術に気づいた。

「そういう事か!」

 ニコラスはルイが放った光束を一瞬の差でかわした。それでもかわし切れず、彼の軍服の右脇が焼け焦げた。

「アレン・ケイム、貴様もこの装置を使っているのだったな。抜かったよ」

 ニコラスは軍服の内側に仕込まれた小型の機械を取り出すと、投げ捨てた。

「……」

 アレンは作戦が失敗に終わったのを知り、ニコラスを睨みつけた。

(そうか。そういう事か)

 ルイは何故ストラッグルの光束が消えてしまったのかを知った。

「ならば!」

 そして、更に間合いを詰め、もう一度ストラッグルを放った。

「舐めるな!」

 ニコラスは簡単に光束をかわし、ルイに向かってきた。

「何!?」

 ところが、ニコラスはルイに攻撃を仕掛けられなかった。立ち上がったジョーがニコラスの背中にストラッグルの光束を放ったからだ。それもかろうじてかわしたニコラスは、

「死に損ないが!」

 反転してジョーに向かった。そして、ルイがストラッグルを構えるのを見越して、更に振り返ると、ルイを右の拳で殴り倒した。

「くう……」

 ルイは地面に顔から倒れて、突っ伏してしまった。

「許さんぞ、貴様ら! この偉大なる私にここまで刃向かうとは!」

 ニコラスが怒りの感情を露わにして、ジョーに仕掛けた。

「くっ!」

 ジョーはニコラスの左のミドルキックをストラッグルの銃身で受け止め、次に襲いかかってきた右の後ろ回し蹴りを後ろに飛び退いてかわした。

「逃げられると思ったのか!」

 ニコラスのその次の攻撃は右の裏拳だった。ジョーはそれを交わす事ができず、左の顔面を殴られて、数メートル吹っ飛ばされて倒れた。

「おっと!」

 そこへアレンのサンダーボルトソードが突き出されたが、それすらニコラスは見切っており、かわしてしまった。

「弱過ぎるよ」

 ニコラスは哀れんだ目でアレンを見ると、次の瞬間、アレンの腹に右フックを叩き込んでいた。

「ぐはっ……」

 アレンは胃液を吐きながら膝から崩れて地面に倒れた。

「つまらん。つまらな過ぎるぞ。何だ、貴様らは。期待外れもここまでくると笑う事もできない。腹が立ってくるぞ」

 ニコラスは乱れた軍服を整えると、

「すでに銀河系はもちろん、アンドロメダ銀河にも私に敵う者はいないだろう。逆にこちらから攻め入り、アンドロメダ銀河に我が帝国を築くとするか」

 上機嫌で言った。すると、

「さて、それはどうでしょうか?」

 ゼモが微笑んだままで呟いた。ニコラスは聞こえないふりをしようと思ったが、

「今、何か言ったか、ゼモ?」

 いつの間にかケントの脚の治療を終えていたゼモを睨みつけた。


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