第四話 強行突破
分隊長のプライベートルームを出た包帯男はヘコヘコしながら、副隊長に銃を突きつけられた状態で廊下を歩いていた。
(すまないな、ちょっと痛くするぞ)
包帯男ことジョー・ウルフは不意にしゃがみ込んだ。
「おい、どうした?」
包帯男の正体を知らない副隊長は銃口で彼の頭を小突いた。その次の瞬間、包帯男は副隊長の視界から消え、副隊長は首の後ろを手刀で強打されて、前のめりに倒れた。ジョーは包帯を解いて副隊長を肩に担ぐと、廊下を走った。そして、監禁室まで一気に辿り着き、副隊長が持っていた鍵を彼の制服のポケットから取り出すと、ロックを解除した。
「おい、出ろ。この船を脱出するぞ」
ジョーは中で意気消沈している「銀河の狼」の幹部達に呼びかけた。
「え?」
彼らは廊下からの光のせいでジョーの顔が見えていないので、誰かが助けに来てくれたと勘違いした。
「どこの部隊の者だ?」
涙目幹部が嬉しそうに駆け寄って尋ね、近づいたお陰でその救出者の顔を判別できるようになり、アッと息を呑んだ。彼らが誰よりも頼りにし、心待ちにしていたジョー・ウルフなのに気づいたのだ。
「あ、貴方は……」
涙目幹部は遂に両目からポロポロと涙を零し始めた。他の幹部も一体誰なんだと思いながら、ジョーに近づき、その正体を知って驚愕した。
「こいつをここに閉じ込めて、廊下に出ろ。一気に脱出用の小型艇がある格納庫まで走るぞ」
ジョーは副隊長から奪った銃で幹部達の手錠を破壊して告げた。
「はい!」
幹部達はジョーが助けに来てくれたと思っているので、大喜びで廊下に出ると、副隊長を監禁室に放り込み、ジョーの先導で廊下を走った。
「あ、お前達!」
そこへ異変を感じたのか、三人の隊員達が駆けつけてきた。しかし、彼らはホルスターに手を掛ける暇もなく、ジョーの銃撃で銃を弾き飛ばされていた。
「すまんな」
ジョーは一瞬にして三人を気絶させると、更に廊下を走った。
「む?」
その頃、惑星アラトスにある近衛隊総司令部の一室にいた金髪の男が窓の外に目を向けた。
(遂に動いたか、ジョー・ウルフ。ここまで早く来い。時代が変わったのだという事を思い知らせてやる)
金髪の男はニヤリとして窓に近づき、雲一つない青い空を見上げた。
「私だ。もうすぐ反乱軍の愚か者共を乗せた護衛艦が到着する。総員第一戦闘配置にて待機せよ」
金髪の男はそばにあったテーブルの上の通信機のマイクを取り、告げた。
「第一戦闘配置、でありますか?」
通信兵の声が怪訝そうに尋ね返した。すると金髪の男は目を細めて、
「聞こえなかったのか?」
「いえ、そのような事はありません! 第一戦闘配置で待機させます!」
通信兵は慌てた様子で応じた。金髪の男はフッと笑った。
「あの、もう一人いるんですが、そいつは助けないんですか?」
古株の幹部がジョーに言った。するとジョーはニヤリとして、
「大丈夫だ。ここにいるよ」
包帯を軍服のポケットから取り出して見せた。幹部達は包帯男がジョーだったと知り、更に仰天した。
「こっちだ」
ジョーは廊下の角を曲がり、すぐ脇にある螺旋階段を駆け下りる。幹部達も必死になってそれを追いかけた。
「あ、貴様ら!」
螺旋階段の途中で、下のフロアにいた隊員七人に見つかった。しかし、彼らもやはり何もする事ができないまま、ジョーに銃を弾き飛ばされてしまった。
「ひいい!」
近衛隊の隊員ともなれば、お尋ね者の最高峰であるジョー・ウルフの顔は知っている。自分達がとんでもない男と戦おうとしていたとわかったのか、皆恐怖で硬直してしまった。
「おとなしくしていれば、何もしない」
ジョーのその言葉に首が折れてしまうのではないかという勢いで何度も頷き、彼らは両手を挙げて応じた。ジョーはその反応に苦笑いして、また走り出した。弾き飛ばされた銃を拾い、幹部達六人が慌てて追いかける。
「ここを左に行けば、格納庫だ。そこから先は自力で脱出してくれ」
ジョーが二又に分かれるところで立ち止まって振り返った。
「え?」
六人の顔に途端に不安の色が過る。しかし、ジョーは、
「じゃあな」
それだけ言うと、まっすぐに廊下を走って行った。
「どうする?」
涙目幹部がまた涙目になって他の五人に尋ねた。
「行くしかないだろう? ここにこうしていても、また見つかるだけだ」
古株の幹部が言った。
「だけど、格納庫だって、誰かいるだろう? 銃撃戦になったらどうするんだよ?」
顎を蹴られた幹部が銃を握りしめて誰にともなく言う。
「俺達は仮にも『銀河の狼』を名乗っているんだ。こんなところでオロオロしてたら、ジョーさんに顔向けできないだろ?」
古株の幹部が一人一人を見ながら諭した。他の五人は顔を見合わせてから、頷き合った。
「そうだな。ジョーさんに肖って『銀河の狼』を名乗ったんだからな」
六人はすぐに角を左に曲がり、格納庫へと続く下の廊下を走った。格納庫はそこから僅かの距離で、すぐに見通しがいい場所に出た。
「あ、お前ら!」
やはり予想通り、格納庫にも見張りの隊員達が五人いた。
「こっちの方が有利だ!」
彼らは銃を構え、先制攻撃を仕掛けた。
「うわ!」
隊員達は、まさか銃を持っているとは思っていなかったのか、対応が遅れた上、人数で一人だけだが負けていたので、撃ち合いにもならないままで、降参した。念のため、幹部達は隊員達を近くにあった荷紐で縛り上げて退避用の個室に押し込めた。そして、宇宙服を探して着込み、小型艇に二班に分かれて乗り組んだ。小型艇は脱出用なので、武器は何も搭載されていない。敵に発見されたら命はない。皆、運を天に任せて、発信レバーを引き、護衛艦から飛び出した。
「うまく脱出できたようだな」
ジョーはその様子を廊下の小窓から確認すると、ブリッジに続く螺旋階段を駆け上がった。ブリッジに辿り着くまで、隊員に出くわさなかったのは、分隊長が配置換えをしたからである。だからこそ、ジョーはできる限り隊員達の命を奪うのを避けたのである。
「お待ちしていました」
ブリッジに入ると、そこには分隊長と航海長しかいなかった。他の隊員は全て、脱出した「銀河の狼」の追跡に向かわせたのだ。だが、それもポーズで、しばらくしたら、帰艦命令を出す事になっている。
「助かったよ、分隊長。ここから先は付き合う必要はない。脱出してくれ」
ジョーがいきなり言ったので、分隊長と航海長は面食らってしまった。
「え? いいんですか? お一人で行かれるのですか?」
分隊長は半分ホッとしたが、半分空恐ろしくなっていた。
「最初からそのつもりだ」
ジョーはブリッジのドアを開き、二人に退室を促した。
「他の連中も脱出させろ。下手をすると、大気圏突入と共に標的にされる可能性もある」
分隊長は航海長と顔を見合わせてから、
「わかりました。ご武運を」
ジョーはフッと笑って、
「俺はあんた達の敵だぜ。その言葉はおかしいだろう?」
すると分隊長は、
「誰も彼もが、今の共和国のやり方に賛同している訳ではありませんよ。では」
本音を漏らし、敬礼すると航海長と共にブリッジを出て行った。
「なるほどな。強固な一枚岩という訳ではなさそうだな」
ジョーは操縦席に着きながら呟いた。
「銀河の狼」達の小型艇を追跡していた隊員達は、分隊長からの救難信号を受け、護衛艦に戻ってきた。
「ジョー・ウルフにブリッジを占拠された。全員直ちに脱出せよ」
分隊長は真剣な眼差しで乗組員一同に告げた。ジョー・ウルフの名を聞き、多くの者は震え上がり、慌てて脱出用の小型艇に走った。慣れているせいか、「銀河の狼」の幹部達より人数が多いにも関わらず、全員が素早く脱出した。監禁室に閉じ込められていた副隊長も、分隊長の指示で他の隊員に救出されて無事脱出した。
「さてと。これからが本番だな」
ジョーは全員が護衛艦から離れたのを確認すると、速度を上げ、惑星アラトスを目指した。