第四十八話 バトルロイヤル開始
そこにはえも言われぬ緊張感が漂っていた。
「何をした!?」
ジョーはアレン・ケイムを睨みつけて怒鳴った。ケント達三人の様子は明らかに通常な状態ではなかったからだ。
「定期的に鎮静剤を投与させているだけだ。意識が朦朧としているだけで、精神が破綻しているとかではない」
アレンは目を細めてごく平坦な口調で答えた。ジョーはもう一度ケント、アルミス、カミーラの三人を順番に見た。アレンの言う通り、三人は夢うつつのような状態である事が何となくわかった。すると、
「アレン・ケイム、貴様が血相を変えてこの星へ来たのは、一番の人質であるストラッグル一族がいるからだろう?」
ニコラス・グレイが含み笑いをして言った。しかし、アレンは答えないばかりか、ニコラスを見ようともしない。ニコラスはニヤリとしてからジョーを見て、
「ジョー・ウルフ、あの三人の命はこの私が握っている。無事に返して欲しければ、アレン・ケイムを始末しろ」
突拍子もない事を言い出した。
「何だと?」
ジョーは眉をひそめたが、アレンは違った。
「その三人はゲルサレムの管理長であるゼモ・ガルイに預けたのだ。お前は口を出せる立場ではない、ニコラス・グレイ」
アレンは目を細めたままでニコラスに反論した。
「ニコラス・グレイ、だと?」
一番離れたところにいたルイ・ド・ジャーマンが呟いた。
(ニコラス・グレイとは、五百年以上前の人間だ。どういう事なのだ?)
事情を知らないルイは眉間にしわを寄せてニコラスと呼ばれた金髪痩躯の若い男を見た。
「なるほど。そうか。しかし、そのゼモ・ガルイは、私の忠実なる僕だとしたらどうだ?」
ニコラスは全く怯む事なく更に反論した。無表情だったアレンの顔が変わるのをジョーは見た。
(やはり繋がっていたのか。ゼモ・ガルイはニコラスの配下……)
ジョーは管理棟から戻ってくるゼモを見た。
「では、アレン・ケイムにも通告しよう。ストラッグル一族を返して欲しければ、ジョー・ウルフを殺せ」
ニコラスはフッと笑った。アレンはまた無表情に戻り、ゆっくりとジョーを見た。
「そんな簡単な事でいいのか?」
アレンはジョーを見たままでニコラスに尋ねた。ニコラスは大声で笑い出し、
「そうか、貴様にとっては、簡単な事か? ならばすぐに済ませてみせろ」
ついでジョーを睨みつけた。次の瞬間、アレンがジョーに向かって走り出した。
「チッ!」
ジョーは舌打ちをして身構えた。
(奴にはストラッグルの光束は通用しない。今は弾丸を持っていない……)
アレンは腰のベルトからアメア・カリングと同じサンダーボルトソードを取り出し、数千ボルトと思われる電流の刃を伸ばした。
「時代遅れのストラッグルにこだわったせいで、お前ばかりか、マイク・ストラッグル一族の命まで奪う事になるのだ、ジョー・ウルフ! 後悔しろ!」
アレンがサンダーボルトソードを大上段に振り上げた。
「誰が殺されるか!」
ジョーはストラッグルを抜き、銃身で電流の刃を受け止めようとした。その時、
「何!?」
アレンは自分の目を疑った。二人の間に突如としてアメアが現れたのだ。
『アレン・ケイム、我が父であるジョー・ウルフを傷つける事は私が許さない!』
その言葉にアレンは息を呑み、動きを止めてしまった。
「む?」
ジョーは急に動きを止めたアレンに眉をひそめた。アメアはアレンにしか見えていないのだ。
「どうした、アレン・ケイム? 早くジョー・ウルフを殺せ」
そして、ニコラスにもアメアは見えていなかった。
「おのれ!」
アレンはアメアが幻だと考え、再びジョーに向かって刃を振り下ろそうとした。
『許さない!』
アメアの幻は消えるどころか、アレンに詰め寄り、睨みつけて来た。
「閣下……」
アレンはアメアが只の幻ではない事に気づいた。
(私にしか閣下が見えていない。どういう事なのだ?)
ニコラスはアレンの様子がおかしい事に気づいた。
「何をしている、アレン・ケイム?」
苛立ったニコラスが怒鳴った。ジョーもアレンの異変に気づいていたが、手を出そうとはしなかった。
(今、あいつは『閣下』って言ったぞ。アメアの事か? 何があった?)
ジョーはアレンの「閣下」という呟きを聞き逃さなかった。
(閣下はジョー・ウルフの事を我が父であるとおっしゃった。まさか……?)
アレンは電流の刃を消して、剣を下げてしまった。
「アレン・ケイム、貴様がジョー・ウルフを殺さなければ、私が殺すぞ。そして次は貴様だ」
ニコラスはアレンが戦意を喪失してしまっているのを察して、脅しをかけた。
「……」
アレンはニコラスの恫喝に反応して、右手に握られたサンダーボルトソードの柄を見つめた。
「どうしたの、アメア?」
歓迎会が始まろうとしていた時、アメアが立ち上がり、外に出て行ったのに驚き、カタリーナが追いかけた。
「母上、今、私の父上の事がわかりました」
アメアが振り返って言った。カタリーナはビクッとして、
「え?」
一歩退いた。アメアは涙を流して、
「私の父上は、ジョー・ウルフ。母上の最愛の人です」
あまりにも意外な事を告げられ、カタリーナは唖然としてしまった。
(アメアの父親が、ジョー? それってどういう事なの?)
カタリーナは混乱してしまい、その場に崩れ落ちそうになった。
「危ねえ!」
ちょうど駆けつけたサンド・バーがカタリーナを支え、彼女は無事だった。
「ありがとう」
カタリーナはまだ呆然としたままだったが、サンド・バーに礼を言って立ち上がった。
「どういう事なの、アメア? どうしてそう思ったの?」
カタリーナはアメアにすがるように尋ねた。アメアは、
「思ったのではありません。私の妹が教えてくれたのです」
「でもそれって、ニコラス・グレイなのでは?」
カタリーナは不信に思って更に尋ねた。するとアメアは首を横に振り、
「違います。あの時はニコラス・グレイの罠だと思いましたが、違うのです。全て私の妹の声でした」
カタリーナは目を見開き、
「あの時の事も? 何故そう思えるの?」
アメアはまた崩れてしまいそうになるカタリーナを支えて、
「より正確に言えば、妹が話しているのではありません。妹を通じて、誰かが教えてくれているのです」
「だから、それがニコラス・グレイなのでしょう?」
カタリーナはアメアがまた混乱していると思ったが、
「違います。ニコラスではありません。ニコラスに実際に会って、それがわかるようになりました。あの男の意志は悪意に満ちていて、妹から伝わる声とは異質なものです」
アメアの瞳は混乱しているものではなかった。それがカタリーナにははっきりわかった。そして同時に、カタリーナ自身も、自分の腹にいる新しい命からの声を聞いた。
『母上、姉上の言葉は本当です。私はニコラス・グレイに操られているのではありません』
カタリーナの両目から止め処なく涙が流れ落ちた。
「タイムアウトだ」
ニコラスが言った。彼は銃を抜くと、ジョーに向けた。ジョーはそれに素早く反応した。が、そこまでだった。
「私がそれ程真っ当な戦いをすると思ったかね、ジョー・ウルフ?」
ニコラスが銃口を向けたのはケントであった。意識が完全ではないケントは銃口を向けられている事すら理解していないため、全く無反応だった。
「さあ、戦え、アレン・ケイム、ジョー・ウルフ。貴様らが戦わなければ、まず死ぬのはこの男だ」
ニコラスは右の口角を吊り上げて、ケントを見た。
「という事だ、ジョー・ウルフ」
アレンはアメアの姿が急に消えたので、不思議に思っていたが、好機と捉え、再び電流の刃を出して剣を構えた。
(やるしかねえのか……)
ジョーはアレンの反応と「閣下」という呟きが気になったが、忘れるしかないと判断した。
その頃、ゲルサレムの衛星軌道で管理長からの返答を待っている反共和国同盟軍の艦隊は、ゼモ・ガルイからの通信映像をキャッチしていた。
「惑星ゲルサレムの管理長のゼモ・ガルイです。ヤコイム・エレス様はこちらにはいらっしゃいません。そして、当方はヤコイム・エレス様の所在も存じ上げません」
それを聞いた艦隊の司令官はホッとしていた。
(ヤコイム・エレスを匿うようであれば、殲滅せよとの最高司令官からの命令だったが、ゲルサレムにいないのであれば、その必要はない)
銀河系の多くの民にとって、ゲルサレムは平和の象徴である。エレン・ラトキアの謀略で死んだバーム・スプリングのような粗暴な人間でない限り、理由もなくゲルサレムを攻撃したりしないのだ。
「全艦、ゲルサレムの衛星軌道から離脱する。最高司令官には私から報告しておく」
司令官は艦隊全体に通信し、キャプテンシートに座った。エレンが激怒する顔が目に浮かぶようだった。
(私は悪くすると失脚か?)
それでもいいと司令官は思った。
「お前は誰だ?」
ニコラスはルイを見て言った。ルイはニコラスに近づきながら、
「ルイ・ド・ジャーマンだ。お前がニコラス・グレイだというのは真実か?」
ニコラスはフッと笑ってから後ろにいるゼモを見た。ゼモは会釈をして応じてルイを見ると、
「間違いございません。このお方はニコラス・グレイ様です、ルイ様」
お辞儀をした。ルイはゼモを一瞥してからもう一度ニコラスを見て、
「そうか。ならば話は簡単だ。お前を殺せば、全て片がつくという事だ」
ストラッグルを抜くと、間髪入れずに撃った。しかし、光束はニコラスの直前で消し飛んでしまった。
「何?」
ルイは呆然としてしまった。かわされるのならともかく、消えてしまうとは思わなかったからだ。
「愚か者め」
ニコラスが言ったのをルイは聞き取れなかった。ニコラスの銃撃でストラッグルを弾き飛ばされ、その次の瞬間ニコラスの右拳で殴り倒されていたからだ。
「ルイ!」
ジョーはアレンとの戦いで一進一退を繰り返しながら、ルイの身を案じた。
「戦いに集中しろ、アレン・ケイム」
ニコラスに隙ができたと思ったアレンがケントのそばへ行こうとすると、それよりも速くニコラスが動き、アレンをハイキックでなぎ倒していた。
「弱過ぎて話にならんな、貴様らは」
ニコラスは乱れた髪をかき上げて、吐き捨てた。




